登山
修道女になってから数日後の朝、この日はいつもと違っていた。
修道院の人達がみんな集まって登山の準備をしている。
岩山の最も高い平地の断崖に立てられた礼拝堂に行く為だ。
どれだけ高いか、測った人はいないが雲より高い事は間違い無い。
もちろん普段一般の人が行く礼拝堂はもっと低い場所にある。
これから行くのは最初に作られた礼拝堂、神鳥ジズ謁見の場。
そう、土地神であるジズを実際に見ることが出来る神聖な場所なのだ。
もちろん会えない事も多いらしいが、修道士達は定期的に山に登る。
別に体一つで登れとかそういう類いのものではない。装備は整える。
神聖な礼拝堂を掃除し、お祈りをしてから帰るとの事だった。
マルタ曰く、山登り後のご飯が美味しいらしい。
カーリー曰く、山登り後は疲れてご飯を食べる気力が無いらしい。
はたして私はどっち派なのか、二人は楽しみにしているようだ。
「アリサは私に付いておいで。自分のペースで行けば良いから疲れたら言っておくれ」
「有り難うございます。でも大丈夫、意外と歩くのは得意なんです」
何かと面倒を見てくれるマルタ、私を拾った責任感なのだろうか。
元々そういう性格なのかもしれないが、いつか恩返しができたら良いなと思っている。
そしていざ歩きだすと私は先頭集団に難なく付いていけてしまった。
マルタが後ろの方で息を切らしているのが見えて速度を落とす。
「はぁー、はぁー、すまないねぇ、アリサは見た目によらず体力あるんだねぇ」
私の父は学者だ。
土地神が土地にもたらす恩恵等を調べていたらしいが私には良く理解できなかった。
土地神が住んでる険しい秘境に現地調査に行く事も多い。
母親は早くに亡くなっていたため私はそんな父と一緒に各地に出かけていた。
そんな生活を続けていれば体力が付くのも当然だと言える。
「そういえば、カーリーさん見てないですね」
細身のカーリーは見るからに体力が無さそうに見える、大丈夫だろうか。
「ああ、カーリーならいつも最後尾さ」
心配ではあるがいつもの事だと言うのならばきっと大丈夫なのだろう。
むしろ新参者に気を遣われる方が堪えるかもしれない。
「そうですか、…では礼拝堂で待ちましょう、降りる時は一緒が良いです」
「お?そうだね、そうしようか」
その後も険しい道が続く、山はほぼ岩で出来ていて剥き出しの岩肌が絶壁を作り出す。
その絶壁に沿いながら歩き、時には登る。先駆者達が張ってくれた鎖を頼りに進んでいく。
こんな険しい道を登り、造り上げた礼拝堂とはどのような物なのだろうか。
物資を運ぶだけで重労働のはずだ、見るのが楽しみになってきてしまう。
そんな事を思う私はやはり父の娘なんだなと実感し少しだけ笑みがこぼれた。
「どうしたんだい?楽しそうだねぇ」
「あ、いえ。…その、楽しいです」
「はははは、変わった娘だ」
次第に酸素が薄くなり呼吸が難しくなる。体に触れる空気も冷たくなりだした。
だいぶ高い所まできたようだ。流石にしんどい。
ここは急な斜面が多い上に岩だらけ、滑落でもしようものなら命は無いだろう。
危険な場所では張ってある鎖にロープを通し命綱にした。
「流石に疲れたろ?でもあと少しだから頑張ろうかねぇ」
「もうすぐなんですか、早く見たいです」
「はは、意外と元気だね。まぁ、もうそろそろさ、ほら、今先頭集団が曲がったとこ、あそこを越えれば礼拝堂が見えるよ」
そう言われると気持ちが逸る、ついつい早足になっていた。
「良いよ、行ってきな」
「すみません、行ってきます」
マルタを追い抜いて先に進む。そしてとうとう眼前にその景色が広がった。
…、広がっ…た。
期待していない、こんなものは期待していなかった。
広がった赤い液体状の絨毯、修道士の服を纏った肉塊のオブジェ。
そしてそれを造り上げた生き物が修道士達の亡骸を運ぶ。
まるで締めた後血抜きして運ばれる精肉前の家畜を思わせる光景。
そんな異常な死体よりも目を引くのがそれを実行している生き物だった。
五芒星の形に開いたヒトデのような頭部、太い胴体から枝分かれしたような手足、まるで花が咲いた大きな植物だ。そして背中だと思われる場所には羽が折り畳まれていた。
そんな生き物が見えるだけで三体は居る。
「ひあ…、あ、ぁぁぁああああ!」
なんだこの生き物は、理解が遠く及ばない。
自分をいつでも殺せそうな生き物が無造作にそこにいる恐怖。
どのように殺すのか、見本となった修道士達の死体。
怖い、怖くて足が震える。怖い、怖くて顔が引きつる。怖い、怖い怖い怖い。
「なんだい、アリサは精神まで頑丈だねえ。普通は狂っちまうよ?」
声がした方にゆっくりと首を振る、そこには恰幅の良い修道女、マルタが居た。
伏線張ってるし気付いた人もいるかと思いますが、そう、奴です。
不幸体質アリサちゃん。




