アリサ
この章は主人公交代、アリサのお話です。
「あら?その子どうしたの?」
「それがね、協会の前で寝てたのよ、事情も聞きたいし修道院まで連れて来たの」
恰幅の良いシスターに支えてもらい重い足を前へと進ませる。
私は何故ここにいるのだろう、ここはどこだろう。
荒れた地面、剥き出しの岩肌、そして…とても高い岩山。
私は何故こんなに憔悴しているのだろう。
体からは異臭がし、喉は渇き上手く喋れず、体に力が入らない。
頭に靄がかかったように意識がハッキリとしない。
何よりも…、私は何故こんなにも悲しいのだろう。
「もうちょっと寝かしてあげた方が良さそうね」
「そうね」
次に目が覚めたのはベッドの上だった。
私は周りを見渡した、部屋の中には女性が二人、恰幅の良いシスターと細身のシスター。
壁の一部に岩肌が露出した歪な部屋、反対側の壁には窓が有り、光が射し込んでいた。
「あら、起きたの?」
私が起きたのに気付いた細身のシスターが水を持ってきてくれた。
「ほら、飲める?ここの水は美味しい事で有名なのよ」
水を受け取り口に運ぶ、なるほど、体に自然に溶け込むような美味しい水だ。
「私はカーリー、あっちの太めのおばちゃんがマルタ、あなたを拾ったのはあっちのおばちゃんよ、お礼言っときな」
「誰がおばちゃんよ、カーリーも大して変わらないでしょうが」
二人の仲の良さそうな会話を聞いていると緊張感が解けていく。
悪い人達では無さそうだった。
「あの…、助けていただいたようで…、ありがとうございます」
「あらあら、元気になった?あなたお名前は?」
「アリサ…です。ここはどこですか?」
「ここはジズ、断崖の町ジズよ」
「私は何故ここに…」
「こっちが聞きたいわね、こんな険しい岩山まで一人でどうやって来たの?」
「一人…、父はいませんでしたか?」
「お父さんと来たの?見てないわねぇ」
「父と一緒に…森に行くところだったんです」
「うーん、…アリサはどこから来たの?」
「港町リヴァイアサン」
そう言った途端にカーリーとマルタは硬直し顔を見合わせる。
私は何かおかしな事を言っただろうか。
「あの?リヴァイアサン、知りませんか?交易が盛んな有名な町のはずなのですが」
「え?あ、ああ!知ってるよ、知っているとも。…アリサは最近家には帰っていないのかい?だとしたら帰らない方が良い」
「え?いえ、最近父と出かけたばかりだったはずなのですが?ん?あれ?家出たのはいつだっけ…、父はどうしたんだっけ…、私は…」
頭を抱えて悩む私をマルタの厚い贅肉が覆う、柔らかい。
抱きしめられている?なんで?
「良い、良いの。思い出さなくて良い。大丈夫、もう大丈夫だから」
「え?…あの…、はい…」
何故か涙が止まらなかった。
落ち着いた頃にお風呂に入るよう薦められた。確かに臭い。
なんの臭いだろうか、賞味期限を過ぎて腐った肉がこんな臭いだった気がする。
服も乾くまではシスターの服を借りる事になった。
お風呂の中で考える、何か大事な事を忘れている。
シスター達は何かを察していたようだった、港町に何かあったのだろうか。
いや、私にも何かあったはずだ。忘れている。忘れているという事を覚えている。
自分の意思で蓋をしたような妙な空白が頭の中に沈んでいる。
思えば私は父がこの場に居ない事に疑問を感じていないのだ。
父は居ない、どうしてだったか思い出せない。思い出したくない。
その後の事まで…思い出してしまいそうだから。
私は、そんな葛藤ごと全て洗い流すつもりで頭をワシワシと洗った。
今作初の普通の人間が主人公です。
間が開きましたがちゃんと書きますので見捨てない方向でお願いします。




