人の心の限界値
リヴァイアサンを喰ったからといって特に体に変化は無かった。
むしろ今は変化してしまった体を人の姿に戻さなくてはいけない。
いや、元の姿が化物なのだからこの場合変化させなくてはいけないと言うべきか。
実にややこしい。
落ち着いて人の形を思い浮かべると、僕の体は人の姿を形成しだした。
ずいぶんと楽に出来るようになったものだと自分に感心する。
あるいはやはりリヴァイアサンを取り込んだことで力が増しているのだろうか。
自分の体が人になった事を確認するとアリサの方へ向き直る。
「アリサ、すぐに外に出よう。手当が必要だ、……アリサ?」
「ぁぁぁぁ…、ぁああああ!やだ!やだ!やだ!クオンくんを返して!クオンくんに化けるなこの化物ぉ…、ああぁぁぁ、やだぁ、やだよぉ」
「アリサ、目隠しが…」
目隠しは破けて落ちていた。いつからだろうか。
それは考えるまでも無かった、岩壁に叩き付けられた時だろう。
服は無事でも目隠しはただの布だったのだから破れて当然だ。
「アリサ、僕がクオンだよ」
「きゃぁぁあ!近付かないで!いやぁぁああ」
「離れる、離れるから…」
アリサは正気では無かった。
僕の邪神になりかけた姿を見て精神が壊れてしまったのだろう。
化物二体とその解体ショーだ、人間の心で耐えれる訳が無かった。
言葉を発する事が出来ているだけでも奇跡的なくらいだ。
以前クロを見た山賊は行動すら狂っていたのだからアリサは強い方だと思う。
「助けて…、助けてよクオンくん…、どこ行ったの…」
ここにいる、僕はここにいる。
しかしアリサが求めてるのは僕では無いのだろう。
僕の幻影を心の支えに今の状態を保っている。触れれば完全に壊れてしまう…。
僕には、化物である僕にはどうすることもできなかった。
その時、ふと懐かしい声が聞こえた。
「ほらね、こうなるのよ。人間なんて理解者になり得ない」
その声はこの世界に来て初めて聞いた声。
黒いゴシックロリータが似合う黒髪の女の子の声。
しかしその声の主はこの場に居ない、その声は妖精のチェルシーから発せられていた。
「クロ?クロなの?」
「そうよ、未熟な副王さん。チェルシーは私の使い魔よ。クオンを追跡させてたの。まぁ、すぐ見つかっちゃったけど自然に同行できたし良しとするわ」
「クロはまだあの森にいるの?」
「そうよ、私は森と相性良いみたい」
「どうして…、僕を見張っていたの?」
「こうなると思っていたからよ。私の所に帰っておいで。この売女は特別に見逃してあげる、今回の事で思い知ったでしょうしね」
海水が波打ち、中から一頭の馬が出てくる。
形状は確かに馬なのだが手足や体にヒレが生えていた、明らかに普通の馬では無い。
海水を泳がされた事が不服なのか、不機嫌そうに体に付いた海水をふるい落とす。
「その子はケルピー。この女を安全なとこまで運んでくれるわ」
「…信用して良いの?」
「私のとこに帰ってくるならね。なんならこの女に護衛も付けてあげる」
「分かった、クロのとこに戻るよ。僕も思い知った…。人間に化物を理解する事はできない。クロが正しいんだ、初めからクロが正しかったんだ」
「ええ、…そうね」
ケルピーはアリサの前に行くと姿勢を低くするがアリサは乗ろうとしない。
「アリサ、外で本物のクオンが待ってる、その馬が案内してくれるよ」
本物のクオンは僕だ、でもアリサの中のクオンでは無い。
正気に戻ればそのうちきっと僕以外の拠り所が見つかるはずだ。
「あぁ…、クオンくん、クオンくん、…やっと会える、クオンくん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん…、ごめんね、クオンくん」
「何に謝ってるのさ…、ばかだな、早く行きなよ。元気でね」
アリサはケルピーに乗り、その背中にしがみつく。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
遠ざかるアリサはその姿が見えなくなるまでずっと謝っていた。
何に対して謝っているのか、僕には分からないままだった。
アリサは元々ギリギリで心を保っていました。
邪神の視点を貫きつつそれも表現したかったのですがなかなか難しいものですね。
至らぬところが多いですが頑張ります。




