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蘇生薬


 ウォルターは、1匹のネズミの死骸を檻から出し、地上の診療所に持っていった。推測が正しいことを、ティアやカーティスの前で確かめるためだった。


「そのネズミは何ですウォルター。まさか錬金術の素材にするつもりで?」


 眉をひそめるティアに、ウォルターは否定を返した。


「違う。確かめたいことがあるんだ。こいつ、死んでるよな?」


「ちょっと失礼」


 カーティスが、ネズミの体に触れる。うなずいた。


「ええ、確かに。間違いなく死んでいます。が、まさか」


 そのまさかだった。


 およそ30分後、死んでいたはずのネズミが再び動き出したのである。

 暴れて、噛みつこうとまでしたのである。


「死んだものを蘇らせる薬。オーロックってやつは、それを開発していたんだと思う」


 ネズミは、動き続けた。いつまでも、いつまでもだ。


 これまでの死骸のように、2、3分で動かなくなる、ということがなかったのである。オーロックの蘇生薬は、完成に近づいている。いや、完成しているのかもしれない。


 完成していないこと、完成していても誰にも投与されていないことを、願うしかなかった。



* * *



 オーロックは逮捕された。


 その際の受け答えは、実に簡素だった。


「私がやりました。ええ、すべて。それ以外、何も答えることはありませんよ」


 かの薬師は、一見して線の細い、優男だった。

 殺人と騒乱、及び禁じられた死霊魔術に手を出した罪。これらを犯した男とは思えないほど、穏やかだった。


 これらを以て死刑を告げられてもなお、彼は同じ態度だった。


「何も、答えることはありません」


 オーロックは、3日後に死刑が執行されると決まった。


 これに慌て、戸惑い、怒ったのは、街の人々だった。


「オーロックさんが捕まったのは何かの間違いだ」


「あの人がそんなことするはずがない」


「誰かに貶められたんだ、ハメられたんだ」


「もしかして、あのウォルター・ストキナーという貴族の身代わりにさせられたんじゃ」


「こら、誰かに聞かれたらまずい」


 おおむねこうしたやり取りが、街中で行われた。


 顔役の屋敷の客間にて、ティアは頭を悩ませていた。


 それを見かねて、ウォルターがクッキー片手に尋ねた。


「何を悩んでるんだ? 犯人は捕まった。処刑される。もうこの先なにも……」


「まさにそこですわ」


 ウォルターは、ソファに座るよう、うながされた。

 ティアとは向かい合って話すことになる。


「この先なにかが起こる。わたくしにはそう思えてならないのです」


 ティアは指先が冷えたのか、両手を握り合う。


「オーロックの所持していた薬を調べたところ、2つ、引っかかる点がありました」


「そんなことしてたのか」


 犯人が捕まって終わり。そう思っていたウォルターには、意外だった。用心深いことである。


「まず、薬は、魔力を感じる薬——魔術薬でした」


「魔術師にしか作れない。だよな?」


 ウォルターはうろ覚えの知識を口にする。

 ティアからはうなずきが返ってきた。


「ええ。それからもう1つ。地下の木箱や瓶、刃物の形状に、帝国製の特徴が見られました。帝国の紋章を消した跡のあるものも」


「輸入品を持ってるのが、そんなに引っかかるのか?」


「帝国と接する西部、あるいは王都とその周辺であればわたくしも気に留めませんでしたわ。あるいは、貴族や裕福な商人ならば気にしませんでした。けれど薬師オーロックはそのいずれでもない」


「たまたま、ということはないのか?」


 ふ、とティアは笑った。


「帝国製品には厳しく関税がかけられています。入ってくる絶対量がとても少ないのです。たまたま譲り受けた空の木箱や瓶がほとんどすべて帝国製——ということはありえません。品質は王国製のほうが優れていますし」


 帝国と繋がりでもなければ、そうはならない。


「オーロックの背後には帝国がいる……?」


「わたくしはそう確信しています。とはいえ」


 ティアはため息をつく。


「公式には抗議さえできませんけれどね。国際的に見たとき、根拠が弱すぎます。やったことが重罪だけに、帝国は絶対に認めないでしょう」


「なんで帝国はそんなことを」


「隣国の優位に立ちたがるのは、国の本能というものです。歴史がそれを証明しています」


 ウォルターは、反論はしなかった。逆に肯定もしなかった。

 自分よりティアのほうが詳しいのはわかりきっている。ティアの言っていることはおそらく正しい。それでも、知らないことわからないことを肯定することもまた、できなかったのである。


「帝国が糸を引いている。そうだとして、どうするんだ? どうなるんだ?」


「……わかりません」


 ティアは唇の前で手のひらを合わせて、眉間にしわを作る。

 考えるべき問題はわかっているのに、答えは一向に出ないのだ。悩みもするだろう。


 ウォルターもせめて学友として、一緒になって考えてみて——何かをつかみかけた。思い出していたのは、地下室の檻とネズミ。地下室にあった薬の量と数十本の瓶で——。


 コンコン、というノックの音に、集中がかき乱された。


 失礼します、と入ってきたのは、沈んだ顔のカーティスだった。


「大変な事態となりました」


「どうしたんだ?」


「その、ですね」


 カーティスはウォルターの顔も見られないようだった。それだけ、ウォルターにまずい状況ということである。


「新たに6体の死体が蘇りました」


「それは、まさか」


「はい。おそらくは完成品を投与されており、30分経過してなお、動き続けている模様です」


 つまり、いま檻に入れている、蘇ったネズミと同じなのだ。

 いつ動かなくなるかはわからない。

 それだけでなく、


「突然、人に噛みつこうとまでするのです。重傷者が1名、軽傷は20名以上。それに生きているのか死んでいるのか、そんな混乱も起きている始末で。何しろ一見したところでは無気力な人間と見分けがつかず——手が足りません。さらに死人が増え、動き出すようになる可能性もあります」


「オーロックから薬をもらっていた、つまり、蘇生薬を投与された可能性のある人間はどれくらいいるのです」


「ここ3日で少なくとも30人にはなるかと」


「しっ、失礼します」


 10歳そこそこの少年が部屋に飛び込んできた。


「あのっ、ぼくっ、自警団の人に頼まれて!」


「わかってる。緊急時だ、無礼な物言いをしたとしても責任はこのわしが持つ。遠慮なく報告を」


「はい」


 少年は一生懸命、途切れがちになりながらも報告した。


「あの、死んじゃった人が、蘇りました」


「それはわかっている。それだけか?」


「い、いえっ、だかりゃああ、あの」


 緊張で、少年は舌がうまく回らないらしい。

 ティアが前に出て、少年を諭した。


「落ち着きなさい。役目を任されたのでしょう? ゆっくり、言われたとおりのことをそのまま話せばいいのです。そうですね、呼吸を、深く、ゆっくり。よろしい。さ、報告は?」


「死者にかっ、噛み殺された人が、蘇りました!」


 およそ最悪の報告だった。


 理解が追いついていないウォルター以外、ティアとカーティスの2人が、この世の終わりが近づいたような表情をするのだった。





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