血塗られた地下室の研究内容とは
地下には何かがある。
しかし同時に、地下に何があるか、わかったものではない。
「まずわしが行って調べます」
カーティスが自分から言い出した。
貴族であるウォルターやティアには任せられない。部下になら任せられたかもしれないが、そこはカーティスの人柄があったのだろう。危険は自分だけで背負うつもりなのだ。
「その前に、わたくしが使い魔に調べさせましょう」
ティアが呪文を唱えた。すると梟がどこからか飛んできて、彼女のそばで空中飛行する。
「罠と人間、この2つを調べてきなさい」
命じると、梟は地下に落ちていった。
地面に叩きつけられたような音はせず、その前に羽ばたいたらしい。
しばらく無音が続いて、それから梟が戻ってきた。
梟が耳元で鳴くのを聞いて、ティアはうなずいた。
「カーティス。問題はないはずですが」
「わかってます。ありがとうございます、お嬢様」
使い魔が問題ないと判断したところで、まだわからない。
おそらく大丈夫だが、悪辣な罠や仕掛けがあるかもしれない。その可能性を潰すためには、人間が実際に行って確かめるしかないのだ。
カーティスが燭台の明かりとともに、地下に行く。
ウォルターもティアも、反響する足音を聞きながら、じっと黙って待った。
まもなく、地下室のほうが明るくなる。
カーティスが壁掛けの燭台に火をつけたのだ。
直後、ネズミの鳴き声がたくさん聞こえてきた。
ティアが顔をしかめる。
大量のネズミは忌避すべきものだ。不衛生で、危険だし、あまり目にしたいものでもない。
「カーティス? 大丈夫なのですか?」
「問題ありません。ただ」
「何です? 何があったのです?」
「不愉快なものを、見ることになるかと」
ティアの態度には、ためらいがあった。答えるまでに間があったのである。それでも、直後に答えた彼女の様子は毅然としていて、怯えも嫌悪もないようだった。
「わたくしが下りねば始まらないでしょう。少なくとも魔力感知に関しては」
「オレにも調べさせてくれ」
地下に何があるのか、とても気になったのである。自分が蘇り事件の犯人として人々に扱われているのも納得いかない。濡れ衣が晴らせるなら、ぜひそうしたかった。
ウォルターが縄を解いてもらった上で、先に地下へ降りる。その後、ティアが降り立った。
そこは地下水道ではなく、地下室だった。
非常に、圧迫感があった。
広さは4メートル四方、高さ2メートル強。窓のつけようがない地下室である。さらに、生物の多さが、圧迫感をさらに強めていた。
棚に並べられた檻の数々。
その中には、数十匹のネズミがいた。
「うっ」
ティアが口元を押さえて、くずおれそうになる。
とっさにウォルターが支えとなって、それを防いだ。
「大丈夫かティア。気分が悪いなら」
ロウソクの火に照らされたティアの肌は、青ざめていた。額には汗も浮かんでいる。
「大丈夫です。いえ、大丈夫ではありませんが、大丈夫です」
「どっちなんだ」
「大丈夫だと言っているのです。ただ、少しだけ、このまま。すぐに立ち直ります」
言葉通り、ものの1分で、ティアは1人で立てるようになった。
顔色が悪いのは変わらないが、体にはちゃんと力が入っているようだ。
「なんという、気味の悪い魔力。魔力には色というものがありますが、これは、汚濁を混ぜてなお不自然に白が浮き上がったような……」
「それって、まずいのか?」
「そうですわね。わかりません。今のところ、気分が悪くなる以外は、魔力そのものに問題はありません。ただ」
また気分の悪さの揺り戻しがあったようで、ティアは口元を押さえる。
カーティスが、口を開いた。
「わしに魔力はわかりませんが、イヤなところだというのは感じます。じめじめした、大量のネズミがいるからってだけじゃない」
カーティスは、中央の机の上に、手をかざす。
机には、革のベルトが固定されてあり、机の上に人を固定できそうだった。
「この机。人間を拘束できる上に、血痕があります。1人の致死量じゃ足りませんね。オーロックさんは……いや、オーロックは、いつ街から消えてもおかしくない貧乏人や悪人も、治療をしていました。昼となく、夜となく」
つまり、オーロックが診療所に招き入れた人間で実験して、死体を処分していても、明るみに出ない。
地下室には、扉があった。それは開かれたままとなっている。
扉の先は、地下水道と繋がっていて、段差がある。段差には板が渡されていて、斜面となっている。
その板にも、べったりと赤黒い汚れがついていた。
「あそこから、地下水道に死体を処分できますね。ネズミが骨にでもしてくれるでしょうし」
「カーティス」
ティアがさすがにたしなめる。顔色がますます悪くなっていた。カーティスの言った内容をまざまざと想像してしまったのだろう。
「や、申し訳ありません。ですが、確かめてきます」
カーティスが地下水道のほうに行き、すぐに戻ってきた。
嫌悪感まるだしで、首を振ってみせた。
想像通り、死体が地下水道に処分されていたということだ。
「オーロックが、まさかこんなことをしていたとは。死体が動き出すよりなお、吐き気がしますよ」
「もうたくさんです。わたくしは戻るとします」
ティアが限界のようで、2人の答えを待つことなく、梯子で地上に戻っていった。
「オレはもう少し、1人でここを調べていくことにする。あんたも上がってくれ」
「ウォルター様……わかりました。お気をつけて」
ティアほどではないにしても、カーティスも気分が悪そうだった。ムリもない。
ウォルターは1人、地下室で調査を進めた。
ティアは魔力の色、カーティスは血痕と死体の処理を気にしていた。
ではウォルターは何が気になったのか。
檻と、ネズミである。
ネズミを大量に詰め込んだ檻がある一方で、空っぽの檻もある。
1つの檻にネズミを詰める必要性はあまりない。ネズミとてストレスを感じるし、広い場所で飼ったほうが、互いに傷つけあうこともない。
そもそもオーロックはなぜネズミを飼っていたのか。
いくつかの空っぽの檻と、ネズミが詰め込まれた檻。
その場で考えを巡らせてみたが、オーロックがネズミを飼っていた理由、それは——。
ペット。
これはない。檻にペットを大量に詰め込むのは愛玩から遠すぎる。1つの檻にはネズミの死骸を放置してさえいる。
人間の死体の処理のため。
これもない。地下水道にネズミはいくらでもいる。
薬の、実験のため。
これが、一番ありえそうだった。
人体実験ができる環境にあったとはいっても、いくらでも実験材料が調達できるわけではない。数には限りがある。
その点、ネズミは簡単に増える。数は気にしなくていい。
では、何の薬の実験材料にしていたのか?
病気やケガを治す薬、であったらどんなにいいだろうか。
ウォルターはとてもそうとは考えられなかった。
ほぼ直感になるが、オーロックはこんな薬を研究していたのではないか。
——死者を蘇らせる薬を。




