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落ちこぼれの反証


「お世話になりました」


 と、ウォルターは最後にアレイナにあいさつに行った。


 朝方、十ノ刻前後。

 学院長室でのことだった。

 アレイナは執務机についていて、ウォルターはその正面に立っている。


「学院の生活はどうだった?」


「とても新鮮で、楽しいものでした」


「そうかい。それはよかった。他の生徒たちにはもうあいさつは済ませてきたのかい?」


「学院にいる全員に。アレイナ先生が最後です」


「ならいい。それで?」


 アレイナは机を指先で叩く。魔術を使ったのだろう。金貨の詰まった袋が飛んできた。

 50枚が入った袋と、1000枚入った袋の2つである。


「学院を去りたいと思ってます。金貨は、もともともらう予定だった50枚だけもらっていきます。残り1000枚は、預かってもらえませんか」


「金貨についてはわかった。しかし学院を去る前に話がある」


 アレイナは1000枚が詰まったほうを魔術でしまい直しつつ話す。


「私は、錬金術師かつ魔術師であってもいいと、私は思うんだけどねえ。あんたが前に、魔術を使えた理由。話したろう?」


「オレが錬金術と呼んでたものは、魔術が深く関わっていた。無意識に魔術のようなものを使って、実のところ魔導具を作り出していた。ちゃんと覚えてます」


「だからこそ、荒削りでも魔術を使える素養がちゃんと育っていた。覚えてるならいいんだ」


 アレイナはため息をつく。


「あんな無軌道で歴史上の誰も真似できないようなもの、魔術と呼びたくはないけどね。魔術ってのは、もっと安全で確実でなくちゃ」


「訓練場の壁を壊した件については申し訳ありませんでした」


 錬金術の研究は、魔術の修行のかたわらも続けていた。

 結果、訓練場を半壊させることになったし、唯一まともにできたのは動物の霊が出てくるだけの笛だ。見世物くらいしか使い道がなさそうな代物である。あとは正真正銘のごみしか生み出せなかった。


「魔獣の骨は、それなりにいい魔術素材になるんだけどね。ひとりで使い切ってしまうし。もったいない」


「研究に必要な犠牲でしたとも」


 ウォルターは胸を張って言った。

 アレイナは小さく笑う。


「魔獣をまた狩りやすくなったのは確かめられましたし、オレがここでやりたいことは済みました。申し訳ないとは、本当に思ってますけど」


「いいさ。最初から、それだけがあんたを繋ぎとめうるものだった。錬金術師でありつつ魔術師になる。そのつもりはないんだね?」


「ありません。もっとも」


 ウォルターは苦笑いが顔に出た。


「錬金術の研究が、魔導具を作ることが、魔術師の行いだというなら、仕方ありません」


「あんたを魔術師だ、と強弁することはできなくもない」


「はい」


「けれど、魔導具を作るのが魔術師だ、なんてとても言えないよ。魔導具なんて魔力と貴重な素材を食う割りに大したことができない、というのが通説だしね。それは学院であんたも学んだろう?」


「ティアにさんざん詰られながら、学びました」


『非常識ですわ、ありえませんわ!』


 と、杖や水筒、ローブを確かめさせた時、ティアが叫んだものだ。


「最後にもう一度だけ。魔術師になる気は?」


「この学院の人たちは好きです。学ぶ楽しさも、教わりました。それでも」


 ウォルターは、未練を残さぬよう、はっきりと言った。


「オレは錬金術師でありたいです」


「なぜだい?」


「政治や軍事、経済、貴族社会、魔術。そうしたものにあまり興味はありません。オレが興味あるのは、大切な人のこととか、錬金術の研究とかで……だから、です」


「そうかい。ま、仕方ない。ただ私も、あんたを魔術師にするのを諦めるわけじゃない。今は、送り出すだけだ」


「オレの意思は揺るぎませんよ」


「そういうことを言う時点で、あんたは甘いんだよ」


 疲れたように、アレイナは背もたれに身を預ける。


「いいだろう。学院を去ることを認めようじゃないか」


「ありがとうございます」


 許可を得られなくても、去るつもりではいた。

 しかし最初から許可を得ないで飛び出すのとは違う。大違いだ。


 それが礼儀というものなのだと、ウォルターは考える。


 こうしてウォルターは王立魔術学院を去った。


 学院に滞在したのはわずか1ヶ月のことだったが、得るものは多かった。気持ちよく去れる——と、思っていた。


 東の端で、1人の男と遭遇したのである。

 体格がよく、がっしりしている。顔かたちは四角く、目つきが臨戦態勢にあるように強烈だった。鷹を連想させる。


 分厚い生地に刺繍の行き届いた服からして、裕福なのもわかる。


「貴様、学院の生徒か? どこへ行く。いや帰るのか?」


 巨大な角笛のごとく低い声だった。

 ウォルターはのんびりとした口調で答えた。か弱い子どもでもないのだし、言葉も通じる。見た目に怖いところがあるからといって、何も怯える必要を感じない。


「旅しつつ、家に帰るつもりです、あなたは?」


「ストキナーに用があるだけのこと」


「はい。あ、アレイナ先生に」


 一応自分もストキナーであるので、ウォルターはうっかり返事をしてしまった。が、すぐにアレイナに会いに来たのだと気づく。


「それじゃオレはこれで」


「待て」


 ウォルターが頭を下げて立ち去ろうとすると、止められた。また失礼を働いたかと思うが、それにしても失礼にかけて一番実践して学んできた自負がある。

 ティアは貴族の礼儀に最も詳しい1人と自負していた。

 そのティアに教わってきたのだ。失礼を働いたはずはないのだが。


「ひどい魔力の流れだ。まるでなっていない」


「はあ」


「学院に入りさえできなかったのか。家の名は?」


「入りはできたんですが卒業する前に去ろうと思いまして。家の名は、その、ストキナー、です」


 男は息を吸い込んで止まった。

 かと思えば、弾けるように大声で笑った。


「ストキナー? 貴様が? 面白い。実に面白いな」


「はあ。どうもありがとうございます」


 ウォルターがのん気に返すと、今度は男は怒り出した。


「皮肉も通じないのか貴様は」


「あ、皮肉だったんですね」


 男が唇を噛んだ。ますます怒った、ということだけわかる。


「落ちこぼれの中の落ちこぼれめ。学院を卒業さえできずに去るとは情けない。旅の途中で不運にも死んだことにでもなりたいか?」


「死にたくはないんですが……」


 ウォルターは、学院の生活を通して、貴族への理解が進んだものと思っていた。しかしこの推定貴族の心理が、どうにもつかみかねていた。


「やはり学院など無用の長物なのだ。こんなモノの入学を許すとは。どうせ残る生徒も見込みのないとんだ落ちこぼれどもであろう、に——?」


 まったく、ウォルターにはこの貴族の心理がわからなかった。

 わかりたくもなかった。

 腹立たしさが、体の中で渦巻く。


「なん、だ貴様は……」


 突然、貴族の男が顔面蒼白になり、歯をかちかちと鳴らしだした。


 ウォルターにはわからない。

 どうして男がそこまで急に怯えだしたのか。


 実のところ、見る者が見れば明白だった。突然吹き荒れる、魔力の嵐。それが、先ほどまで軽んじていたウォルターから発せられた。

 魔力抑制を感情の乱れからうまくできなくなったがゆえに起きたこの現象は、貴族の男を大いに怯えさせた。魔力の差は優劣の決定的差ではないが、圧倒的魔力差は、力量の差にもなりうる。


 貴族の男は、「『風よ』」と魔術を使い、素早く森の中に消えて去ってしまった。


「言いたいこと、あったんだけどな」


 ウォルターはその姿を見送り、ぽつりと呟く。


 追いかけるか、追いかけないか。

 学友を侮辱されたことには腹が立つが、ウォルターが下手に動いても騒動を招くだけだ。

 あの貴族の男がアレイナに会うのなら、アレイナがどうにかしてくれるだろう。

 追いかけないほうがよさそうだ。


 ウォルターはそう信じて、旅立った。




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