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決闘一本目


「これは、作法ですのよ? 決闘を申し込む際、手袋を投げつけるのが、作法ですの。おわかり?」


 ティアは手袋を震えるほど強く握り締めながら、教えてくれた。


「なるほど。教えてくれてありがとう」


「いーぃえ、どういたしまして?」


 ウォルターはできるだけ黙っていようと、改めて思った。


「とはいえ、自由にも限度がある。本格的な決闘は、認められないよ」


 と、アレイナが言った。


 途端、ティアは理性を取り戻したように落ち着いた声音で返した。


「もちろんです。半分は、子どものお遊びのようなものです。礼儀を知らぬ子どものための。もっとも半分は」


 ティアはウォルターをにらみつけた。


「本気、ですけれどね」


 ウォルターは黙っておいた。

 そこで口を挟んだのは、レベッカだった。


「ティア、やめておいたほうがいいと思うなあ」


「止めないでレベッカ。これしかないんですの」


「そうかなあ。ティアは1人で突っ走ったり抱え込んだりするから。いまだって、ちゃんと説明すれば、ウォルターさんはわかってくれそうだったよ」


「吐いた唾は飲み込めません」


「そういうティアの勇ましいとこ、私は好きだけど、頭に血が昇っていてもわかるでしょ?」


 ちらりと、レベッカがウォルターに視線を向ける。

 正しくは、ウォルターとその周囲全体を、だ。


「この人の自然放出魔力量、とんでもないよ。ティアはただでさえ魔力量が少ないのに、こんなのと比べたらクジラの前の稚魚だよ」


「わたくし、レベッカとは親友ですけれど、あなたは薬と見せかけて毒を吐く点については好きになれませんわ」


「ええ? ごめんね、ティア」


 悪気はレベッカにないらしい。

 もともとティアが怒りっぽいのかもしれない。それにしても、レベッカとウォルターに挟まれた際、彼女の血管が若いながらに切れてしまわないか、となるほどの取り合わせになるのは違いない。


「よいハンデ、いえ、魔力量に差があってこそ対等というものですわ。何しろ私は先達にしてナンバー2。入学したての新入生を相手どるのです、ハンデがなくては」


「それじゃあ、私が決闘の立会人を務めて、決闘方法を決めるとしようかねえ。ケガのないよう、安全な方法だ。それで2人ともいいね?」


 アレイナが腰を上げつつ言う。


 ティアのほうに異論はないようだった。

 しかしウォルターのほうには言いたいことがある。


「決闘なんてものをする必要、ないと思うんですけど」


「決闘に勝てば、ウォルターはティアに無礼を働いても基本的に許される。まあ、10回に9回は許す、とでもしようか」


「それなら、まあ、ありがたい、です」


「逆に負ければ、ウォルターはティアの犬だ」


「えっ!?」


「あら、いいですわね」


 全然よくない。ウォルターは慌てた。


「いやいや、勝ち負けの代償がつりあってない!」


「つりあってるとも。あのねえウォルター。知らない、悪気がない、それでも罪は罪だってこと、5歳の子どもでもわかることだ。情状酌量の余地はあっても、罪は罪だ。無礼は罪だ」


「んぐ……」


「それにティアはあれで優しい子だ」


「優しい?」


 ウォルターはティアをちらりと見た。

 いまの彼女はまるで悪鬼のようである。金髪もなんだか逆立っている。


「何か言いたいことがありまして?」


「厳しい、鬼の間違いじゃ、いやなんでもないなんでもない」


 ティアの怒気が膨らんだので、さっさとウォルターは撤回した。


「もう異存はないね? あっても続けるけれどね。勝負は3本、2本先取で勝ちだ。後腐れのないよう、すっぱりやるとしようじゃないか」


 アレイナは二度打ち鳴らし、話し合いを打ち切った。





* * *



 決闘の第一勝負は、訓練場にて行われることとなった。


「100メートル先の的に、魔術の火を当てて燃やす。わかりやすいだろう?」



 訓練場の広さは、横10メートル、縦100メートルと少し。

 ほとんどぎりぎり一杯を使った勝負だった。


 四方は石積みの壁に囲われ、天井はない。


 壁を背に、向こう側の壁際にある丸太に当てろというのだ。


「あらあら、アレイナ先生。そんな勝負でよろしいんですの?」


「ちょっと待ってくださいよ。オレは魔術なんて使ったこともないのに」


「ティアに対してはその通り。ウォルターに対しては、いいからやれ、だよ」


 扱いがひどい。

 何か怒らせることをしただろうか、とウォルターは考えを巡らせた。まさか年齢のことを指摘したのをまだ根に持っているのか。だとすれば執念深すぎる。あれから4ヶ月は経っているのだ。


 恨まれているなら、この勝負、非常に危うい。


「先にやってもよろしくて?」


「……好きにしてくれ」


 犬かあ、どうなるやら、とウォルターは考えていた。いざとなったら脱走しようとも。犬ならそういうこともある。


「『火よ。き上がれ。我は火を統べる者。我が指先にて集え灼熱、友を守り敵を焼き滅ぼすため、我が放つは』」


 ティアの指先で、眼球ほどの大きさの火球ができ、形を変える。


「『火の矢なり』」


 呪文の詠唱が完成し、火球は矢の形となって、飛ぶ。

 軌道ははじめ直線を描き、残り4分の1ほどの距離となって軌道がぶれた。へろへろしたものとなり、まるで道に迷うかのようだ。

 それでも目的地、的にはたどり着き、突き刺さった。

 火の矢はまもなく消え、丸太からは細く黒い煙が上がった。


「成功ですわ!」


「すごーいティア、魔力の制御コントロールだけ(・・)は素晴らしいよね」


「だからあなた毒を吐かない」


「へ?」


 かわいらしい少女が2人、喜び合って手を握り合う。10人が9人、ほほえましいと見る光景であった。


 ウォルターはその10人の1人、例外だった。

 少なくともこの勝負、勝てる気がまったくしない。純粋にほほえましく思ってなどいられない、不安だ。


「アレイナさん」


 ウォルターは、壁の上にいるアレイナを見て声をかける。

 壁は厚みがあり、上部は城壁と同じように、人が落ちずに動ける空間となっている。


「アレイナ先生だ」


「アレイナ先生。オレが勝つ方法は? 魔術で当てるも何も、魔術なんてオレには使えないんですけど?」


「何も難しいことはない。ティアのやったことを思い出しながら、真似するんだ。それで使えなければそこまで。指導は以上だ。そこのお嬢さん2人は、こっちに上がってきな」


 え、とティアやレベッカが疑問すると、いいから、とアレイナは自分のいるところに招いた。2人ともその通りにする。


 訓練場に1人残ったウォルターは、なんとかティアのやったことを思い出していた。ティアは指を構え、呪文を詠唱した。すると火球が生じて火の矢となって、的に当たった。


 時間が経つほど、あやふやになる。

 とりあえずさっさとやってみよう、とウォルターは真似してみた。やるだけやったなら諦めもつく。



 目を、閉じる。

 イメージする。ティアのやったことを。


「『火よ』」


 まずい、とウォルターは思う。

 さっそく続きを忘れた。


「……めちゃくちゃですわ」


 というティアの声が聞こえる。

 めちゃくちゃも何も、初心者なのだ、こうして魔術を使ってみようとするのも初めてなのだ。うるさいな、と投げやりな気持ちで、ウォルターは呪文の最後を口にする。


「『行け火の矢』」


 こんなだったっけ。違う気がする。

 ウォルターは顔に熱風を感じて、目を開けた。

 ティアやレベッカの悲鳴と、ほぼ同時だった。


 訓練場が炎で満ちていたのである。

 それだけに留まらず、向こう側の壁で火は立ち上り、空高くに吸い込まれていった。


 ものの3秒のことではあった。

 それでも、その場の全員が1分ほど沈黙するには十分な出来事だった。


 ようやく口を開いたのは、アレイナだった。


「いやはや。凄まじいね。こっちに避難していてよかったろう?」


 もし訓練場にのほほんと立っていれば、巻き込まれていた。壁の上にいたことで、防御魔術なしに難を逃れたのだ。


「ど、ど、ど」


「ど?」


「どういうことですの!? 魔術学院に来るのは皆落ちこぼれのはずでしてよ!?」


「それ、あんたも入ってるわけなんですけど」


「当然ですわ!」


「当然なのか……」


 ウォルターはげんなりする。

 とはいえ、ティアとほぼ同意見でもあった。


「オレはどうしてあんな魔術を使えたんですか?」


「さっきのを魔術と呼ぶのはためらいがあるけどね。理屈は後にして勝負を続けよう。両方、的には当てた。どちらか一方だけが外すまでが勝負だ。ティア?」


「いいえ。アレイナ先生。わかっています」


 ティアは毅然と言い放った。


「この勝負。悔しいですが、私の敗北です」


「……いい子だ。では第一勝負、ウォルターの勝ち」


 アレイナが手を挙げて、はっきりと宣言してくれる。


 ウォルターは勝った気がしなかった。

 魔術を使えた理屈がわからないし、実感もない。

 ティアのやったことを思い出し、真似した。それだけなのだ。


 勝った、と納得するのは難しい。

 とりあえず犬になることから遠ざかった、それだけは喜ばしかった。





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