一年後
塔の街の第十区域、繁華街。再建中のある建物の屋上に俺はいた。
「あーあ、いい天気だなぁ」
あまりにいい天気に、寝転がりながら俺は思わず空を見上げる。
雲一つない晴天なんて久し振りだったから、思わずテンションが上がる。
あの夜からかれこれもう一年。
真っ青な空の下、俺や皆は一連の騒動で半壊した繁華街の復興に尽力していた。
あの夜の事はあれから三日間ずっとニュースや新聞、ネットでトップニュースとして扱われた。
ここの現状についての公式見解は、表向きのカバーストーリーとして、九頭龍の崩壊を目論むテロリスト集団による大規模なテロ攻撃と、治安維持組織による激しい掃討戦の結果、という事になった。
ま、確かに当たらずも遠からず、と言った感じだと思う。
繁華街の皆も、クロイヌさん達と話を合わせていた。何にせよ、事実を公表することは出来ない。
テロ集団が、軍用に開発されたドラッグの亜種で、無理矢理それを投与されたアンダーの住人達という事。正気を失わせ凶暴化させられたその集団を、たった一人の云わば【強化人間】の脳波を応用して統制していただなんて、そんな話を誰が信用するだろうか、って事で。
俺としても賛成だ。殆どSFの世界みたいな話だし。
今回の件はあまりにも多くの事が起きすぎた。
色んな事が変わっちまった。
多分、これから時間が経っても消えない傷跡は出るだろう。それが、何かは今の俺達には分からないけれど。
「おーい、リス。早く戻ってこいよな」
ウサギの声が聞こえる。
いつの間にか昼過ぎだったらしい、そろそろ戻らなきゃな。
「ごめん、今、下に降りるよ」
繁華街の復興は随分と進んでおり、見た目は一年前の姿を取り戻しつつあった。
一時期は随分と目減りしてしまった、ここを訪れる観光客や街の住人の数も大分戻ってきた。
それから、この一年で変わった事が一つ。
大通りにいくつかの露店が立っている。
「あ、リスさんじゃないか、今日はいい品が入ってるよ」
ここいらの露店を仕切っている、代田さんが俺に声をかけてきた。その肌はよく日に焼けていて浅黒い。
代田さんも随分と変わった。
最初にここに来た時は肌の色は真っ白で、病人なんじゃないのかと心配になった位だったんだから。
「後で、店の仕事が終わってから伺うよ」
「あいよー、じゃ待ってるからね」
代田さんは元々は【アンダー】の住人だ。
そう、この一年で大きく変わった点と言うのは、繁華街にアンダーの人々が店を出すようになった事だ。
クロイヌさんが、アンダーの住人の支援活動の一環として、この第十区域の決められた場所で商売を認めたのだ。
最初は、繁華街の皆もアンダーからここに露店を出すという話を聞き、代田さんを始めとした露店商に対して、疑いの目を向けていた。
アンダーと言えば、塔の街の掃き溜め。スラムの中のスラムであり、さらに付け加えるのなら、犯罪者予備軍という世間一般の評価は大きな足枷となった。
代田さん達がここでの仕事をしようにも、色々と嫌がらせを受けたし、時には暴力すら振るわれたらしい。
それでも、彼らは負けなかった。
多分、自分達がここで屈したり、暴力で反撃したりしたのなら、犯罪者予備軍、という評判を覆す事なんか到底出来ない、と思ったのだろう。ただひたすらに商売を続けた。
そうして少しずつだけど、繁華街の皆は真面目に商売をする代田さん達を認めていき、今に至っている、という訳だ。
とは言え、この一年良い事だけが起きた訳じゃない。
勿論、悪い事もあった。
さっきの代田さん達の事にも関連するが、アンダーとの人の往き来が公に認められた事により、犯罪件数が増えたのだ。
取り締まろうにも、犯人はすぐにアンダーに逃げ込んでしまい、警察は不慣れな場所での捜査を余儀なくなれ、検挙に苦労。
その結果を受けて、さらに多くの犯罪者が個々人で【上の街】へと上がって来ては事件を引き起こした。
勿論、俺達も動いて幾つかの事件は食い止めたし、犯人を警察にも引き渡した。それでも、全てを防ぐのは到底無理だった。
事態が変わったのは、半年前だった。
アンダーに新しい【治安維持組織】が設立されたのだ。
ここに所属するのは様々な経歴の人物達。
例えば、【隻腕の居合い使い】や【弓の達人】等の裏社会で名を馳せた人物がいた。
真っ当な警察官とは到底思えない様な彼らだが、いざ動き出すや否や、アンダーに巣くっていた犯罪者達を続々と検挙していく。
単なる小物の犯罪者はもとより、潜伏中の大物や、外の街から入り込んだ犯罪組織のメンバーに、テロリスト集団。そういった連中を続々と検挙、または排除していった。
それに合わせて、アンダーでは【教育機関】も設立、住人に対して無償で教育を行った。その授業は一般常識から、様々な職業訓練も含めた多岐に渡るらしい。
そうした地道な活動により、アンダー自体が少しずつだけど変わりつつあった。単なる吹き溜まりの場所だったこの場所が、生産的な活動を行う新たな【区域】となるべく動き出したのだ。
元々、塔の街に張り巡らされた【地下道】や【シェルター】等には有事の際に備えたある程度の施設があった。そこには非常時に備えた【生活プラント】もあったらしい。
これ迄は治安の悪さ等から近づけなかったそうした施設が、事態の変化を受けて稼働し始めた。その結果、これ迄は食料自給の大部分を上の街からの支給に依存していたアンダーでも、食料を生産出来る様になり、何よりも安全な水も確保出来る様になった。
今じゃ、アンダーにも上の街から技術者が往き来しているらしく、そこはそう遠くない先にこう呼ばれる事だろう、【第十一区域】と。
アンダーを仕切っているのはあのジェミニだ。
彼があの混乱の後で、ヤアンスウの組織の残党を受け入れ、九頭龍及びに、塔の組織と交渉。
あの一件で弱体化した九頭龍はこれ以上の事態の悪化を望まなかったらしい。最も、九頭龍内でのパワーバランスも変化し、クロイヌさんが、中心になった事も大きかった事だろう。
塔の組織は、というより塔の区域の人々はそもそも下の街の諍い等どうでもよかったのだろう、特に問題もなく、アンダーの変革は承認された。
「……何だよ」
「フフ、何でもないよ」
「気になるなぁ、俺の顔に何か付いてる?」
「べっつにぃ、ただリスも変わったよなぁ、ってさ」
「そうかな、確かに二十歳になったから、酒を飲めるようにはなったけどさ」
「そうじゃないよ」
ウサギも随分と変わった。何というか、明るくなった。
前よりも女の子らしくなった感じだ。
今じゃ、俺達は一緒に暮らしている。
最初はよくケンカしたっけ、歯みがき粉のチューブの使い方とか、出かける前にコンセントを全部抜くとか、小さな事で。
でも、一緒に暮らすって事はその小さな差異を理解し、受け入れる事なのかもな。だって前とは違って、今は二人で暮らしているんだから。
◆◆◆
「うん、今日もいい天気」
ここのとこいい天気が続いている。九頭龍じゃ珍しい位に週間天気予報も晴れがずっと続いている。
アタシも今日は久し振りにじっくり寝れた。
「ハイハイ起きろ」
相変わらず、同居人は朝に弱いのか、うーー、と唸り、なかなかベッドから起き上がらない。
「さっさと起きないと、遅刻するぜ。今日はいよいよなんだろ?」
アタシの言葉が聞こえたのか、「あっっ」という声があがる。慌てて起き上がると、洗面所に一直線。バシャバシャと顔を洗う水の音にうがいの声。そうして、数分後。出てきた同居人に声をかける。
「おはよ。ようやくシャキッとしたな、リス」
「ウサギおはよう、ごめんな。今日も朝ごはん作らせちゃって」
「いいよ、アンタは昨日もしっかり働いたんだ。こっちこそゴメンな、アンタに働かせてさ」
「気にすんなって、俺が好きでやってんだからさ。……そんな事より冷めちまう前に食べよう、ほら」
そう、アタシは今じゃリスの奴と一緒に暮らしていた。
きっかけは何だったんだろうか? リスが話の流れで切り出したんだけど。流れはよく覚えてないけど、アタシは承諾して、あれよあれよという間に、気がついたらこうなっていた。
一緒に暮らしてみると、それまで分からなかった事が顕在化する。今じゃホントどうでもいい事で、よくケンカしたっけ。
あれから一年ちょっと。
ギルドで拷問を受けて重傷を負ったアタシは入院。一ヶ月程して退院して驚いた。
繁華街が半ば壊滅状態だったから。
ビルの窓は叩き割られ、飲食店は焼け落ちた様はリスから話は聞いていたけど、もうここはダメなんじゃないのか、と思う程だった。
軒を連ねていた余所者はそそくさと逃げ出したらしい。
そうした結果が、無数のビルが事件当時のまま放置という現状に繋がっているらしい。
それでも、不幸中の幸いだったのは、元々、繁華街に暮らしてきた皆が無事だった事だろう。あの事件で怪我をした人は大勢でたらしいけど、その入院費用はクロイヌが纏めて面倒を見たらしい。
皆が力を合わせてここを復興させようとしていて、リスもそれに協力していた。毎日毎日、建材を運んだりして随分と逞しくなったよ。
こうして今。ここまで色んな事があっという間に駆け抜けていった。
街は変わった……良くも悪くもだけど。
良い意味だと、アンダーからの交流で街に活気が出てきた。
一時は、事件の余波でここを訪れる人が激減し、繁華街はどうなるのかと、皆不安を覚えていたのが今じゃ嘘みたいだ。
悪い意味だと、街にある品物が流通している事だ。
【フォールン】が何処からか流通し、一時は、消えた様にも思えた売人達がまたここで闊歩しようとしていたのだ。
勿論、クロイヌとかが連中がのさばるのを黙っては見ているはずもない。
だけど、フォールンの依存者は怪力を発揮し、痛覚も麻痺する。
簡単に一掃出来ず、そうした間に少しずつだけど確実に街自体が薬によって汚されつつあった。
クロイヌやジェミニって奴が規制をかけ、上の街とアンダーの両面で取り締まってはいたけれど、どうやら製造元が街の外にいくつもあるらしく、流入を完全には防げないそうだ。
暴力沙汰がこの辺りでもちらほらと起きていたし、今は女子供が夜出歩くのは賢明じゃない。ま、アタシは平気だけどね、強いからさ。
「じゃ、行こう」
リスが着替えを済ませて、部屋から出てきた。
そう、今日は特別な日なんだ。
アタシも付いていくつもりだ。
今日こそは話そうと思う。アタシからも大事な話があるんだって。アンタにしか頼めない、大事な話なんだって。
「にしても一年かぁ、何だかあっという間だったよな」
「そうだね、アタシはまさかアンタとこんなに長い間付き合うなんて思いもしなかったよ」
「そうだな」
「そうだな、って何だよ! こんなに美人な彼女に失礼だぞ」
思わず、横を歩く同居人の頭を小突く。
あいたた、と大袈裟に痛がるソイツの顔に浮かぶ笑顔。
そうだよ、アタシはアンタのこの表情が好きなんだ。
だから、アンタの笑顔が見たくて一緒に暮らそう、って言われた時に即答できたんだよ。
そのアタシの視線に気付くとリスは頬を真っ赤にした。そして目を反らすと指先で赤い頬を掻きながら口を開く。
「いや、そのさ。俺みたいな平凡な男にさ、ウサギみたいなキレイな彼女がいるなんて信じられなくてさ。たまに思うんだよ……」
「……何を思うの?」
「…………これが夢なんじゃないかって、さ。スッゴくいい夢を見てるんじゃ無いのかって」
「……夢なんかじゃ――」
「――ないよ」
そう言うとリスはアタシの唇を覆った。
時間にして数秒程だったと思う。だけど、長い長い時間を感じた。ずっとこうしていたい、そう思えた。
「ば、バカッッ。ここは外だぞ!」
「ゴメン、でも間違いなくこれは夢なんかじゃない。……だろ?」
ば、バカ。何でこんなにいい笑顔を見せるんだよ。これじゃ怒れないじゃないかよ。
それにもうすぐ着いちゃうじゃないか、どうしよう。話を切り出せない。
「見えてきたよ」
リスの言葉にアタシは前を見る。
そこに建っていたのは、一軒の鉄筋コンクリートの三階建てのビル。前よりも少し大きめに作られたその建物は、地下が備品とか食料とか酒の貯蔵庫になっている。
一階が職場になる。ここは夜になると大勢の常連客が集う事だろう。陽気に飲み食いしながら、賑やかに。
二階と三階が住人の居住区だ。ここの二階にいた住人のたっての願いで部屋が大きくなっている。尤も、リスがここには住まないからその住人は二部屋使えるぜっ、と喜んでいたっけ。
「あとは、あの人が帰ってきたらすぐにでも【開店】だよ」
リスが嬉しそうにそう言っている。
本当に楽しみなんだろう、ここで働くのが。
アタシも今度はここで働く事になっている。ここの【オーナー】たっての頼みで快諾したんだ。
「――!!」
声が聞こえた。
バーの入口が開かれ、二階の住人がこっちに声をかけたみたいだ。
リスが、バーへと駆け出そうとした。
その上着の袖をアタシが掴む。今しかない、そう思った。
「どうしたんだよ? 早く行かなくちゃ――」
「あ、あのさ……アタシ――」
これ以上は勘弁な。ただ、リスは驚いたけど、本当に嬉しそうだったって事は教えておくよ。
そう、これから始まるんだ、何もかも。バーも、二人も。




