01 コイントスで決める旅
ついにまともな新婚旅行に出かけます。
間が空きすぎて、伏線どころかあらすじも忘れられてそうなので、簡単なあらすじをつけてみました。
【二章までの雑なあらすじ】
フィミアは、魔王の代わりに封印されちゃったライナスを救い出し、魔王の封印に成功した。けれども封印された水晶が行方不明になった挙げ句、周辺諸国で目撃情報が相次ぐという怪現象が発生。目撃情報を確認するため、二人は周辺諸国を回ることに────。
今度こそやっと二人で旅行ができる。新婚旅行と呼ぶにふさわしい甘い旅になるかはさておき、とにかく二人きりだ。
出発するにあたり、何より大事なのが旅程の計画。何しろ、荒れ地を囲む国々をすべて回るつもりなのだから。かなりの長旅になるだろう。
魔王城のある荒れ地には、五か国が国境を接している。荒れ地の北側にあるのが、私たちの暮らすリース王国。そこから反時計回りに、ダーケイア連合王国、シャーロン王国、ボイクート共和国、アムリオン王国となっている。
この五か国は、公用語が共通している。魔王城の調査隊を組むに当たって言葉の問題がなかったのは、そのおかげだ。逆に言うと、近隣諸国と言葉が共通なせいで、外国語を覚える動機が薄い。だって、それで何も困らないから。
国の広さは、ダーケイアを除いた四か国がほぼ一緒くらい。
ダーケイアだけが、突出して大きい。ダーケイア連合王国は、三つの国が合わさって出来た国なのだ。それぞれ西ダーケイア、中央ダーケイア、東ダーケイアと呼ばれている。三つの地域は、風土も文化もかなり違うと言う。ダーケイアは、荒れ地の北西に面している。
荒れ地の南西に国境を接しているのが、シャーロン王国。ジュードの国だ。広い内海を抱えているのが特徴。景勝地として知られていて、ここの風景画は人気がある。タペストリーの柄や、陶器の絵付けに使われることも多い。一度もシャーロンに行ったことのない私でも、絵を見れば「シャーロンだ」とわかるほどだ。
荒れ地の南に面しているのが、ボイクート共和国。ここは政治体制が少し変わっている。君主と同じ役割を持つ人はいるけれども、国王とは呼ばれない。代わりに「総督」と呼ばれている。国王と呼ばれていない理由は、世襲制ではないから。選挙で選ぶのだそうだ。
荒れ地の東に面しているのが、アムリオン王国。南北に細長い国で、国の半分以上が山岳地帯になっている。畜産業と織物が盛んな国で、人口よりも家畜の数のほうが多いと聞いた。
五か国の載った地図を広げ、図書室のテーブルに隣り合って座った私とライナスは、一緒に頭を悩ませていた。
「時計回りか、反時計回りか。それが問題よね」
「もういっそ荒れ地を突っ切って、シャーロンから行くか」
効率を無視したライナスの乱暴な案に、思わず笑ってしまう。確かに心惹かれるものはあるのだけど。真っ先にジュードの観光案内を楽しめるというのは、とても魅力的だ。ただし移動距離の観点からは、あまりよい案とは言えない。
私たちが二人で思い悩んでいるのは、国を回る順番だ。
国外の四か国をすべて回ることだけは決めている。荒れ地を囲む国々なので、荒れ地を中心にしてぐるりと一周するのが最も合理的だとは思う。
となると、決めるべきは回る方向だけ。時計回り、すなわち東側のアムリオン王国から最初に回るか、反時計回り、つまり西側のダーケイア連合王国から回るか、ということになる。
ところが困ったことに、この二つの国は、できれば後回しにしたい国なのだ。
アムリオンは国土の大半が山岳地帯になっている。しかも険しい。五か国の中で最も標高が高く険しい山脈を抱えているのが、アムリオンという国だった。その山脈は、東方の大陸との間を遮るように横たわっている。いわば国そのものが地域の要塞の役割を果たしていた。
五か国の中で人口が最少であるにもかかわらず、非常に戦力が高いとも言われている。国民全員が戦士なのだそうだ。農夫も羊飼いも、みんな戦士。
アムリオンでも王都を訪問するだけなら、そこまで大変ではないと思う。けれども私たちの目的は、魔王を封印した水晶が目撃された場所を回ることなのだ。王都から離れた目撃地点へ移動するのは、ちょっとどころではなく大変そうだった。移動が。山間部には馬を連れて行けない場所が多く、そういう意味でもきつい。
ならばダーケイアから回れば楽かと言えば、それもない。何と言ってもダーケイアは広すぎる。他の四か国すべてを合わせたよりも、国土が広いのだ。
要するに、どっちも大変な国というわけ。大変さの質が違うだけで。
さらに身も蓋もないことを言ってしまうと、私たちが行くのを楽しみにしているのは、主にシャーロンとボイクートなのだった。シャーロンはジュードのいる国だし、ボイクートにはヒュー博士がいる。
ライナスが荒れ地を横断する案を出しちゃうのも、気持ちはよくわかる。煮詰まった私は、ライナスの案に乗ってみた。
「シャーロンから行っちゃう?」
「冗談だったのに」
ライナスは吹き出した。うん、知ってた。本気で言ってるはずないもんね。思わず私が遠くを見る目をすると、ライナスは笑いながらポケットをゴソゴソと探り出した。何を探しているんだろう。
怪訝に思いながら見ている私の目の前に、ライナスはポケットから取り出したコインをかざしてみせる。
「コイントスで決めよう」
「そうね。もうそれでいいわ」
「表ならどっち? フィーが決めて」
「うーん。じゃあ、表がダーケイア、裏がアムリオン」
なぜかライナスは笑みを深めて「よし。ダーケイアか」と言いながら指の上にコインを載せた。私は眉根を寄せる。「よし」って何? まるでコインを投げる前からダーケイアに決まったみたいな言い方じゃない?
ライナスは「いくよ」と言いながら親指をはじき、コインを回転させて空中に投げ上げた。落ちてきたコインを手の甲で受け止め、同時に反対の手でコインを上から覆う。
ライナスが覆った手を外せば、手の甲にはコインが表向きで載っていた。
「ダーケイアから回ろう」
「ねえ、さっきの『よし』って何?」
私の質問に、ライナスはあらぬ方向に視線をそらし、そらとぼけようとするそぶりを見せた。あやしすぎる。うろんげにじっとりとした視線を向けるうち、ライナスはチラリと横目でこちらを見てから「バレたか」と笑い出した。
「実はこのコイン、ほぼ確実に表が出るんだよね」
「えええ! 何それ。コイントスの意味がないじゃないの!」
「そのとおり。でも、意味はある。カラクリを説明しちゃったら、二度とは使えない手だけど」
「どういうこと?」
ライナスによれば、どちらに先に行きたいか、私の意見を引き出すためにこうしたのだそうだ。
どちらに先に行きたいかと問われても、いろいろなことが頭の中をよぎるせいで、私には決められない。だけどコインの表をどちらにするかなら、気軽に決められる。そのとき無意識に、本心では選びたいと思っているほうの国名を言うはずだ、とライナスは予測したのだ。
言われてみれば、そのとおりかもしれない。
移動に当たって制約や考えなくてはならないことの多いアムリオンよりも、ただ広いだけのダーケイアのほうがちょっと気分的に楽だと、どこかで思っていたような気がする。
だからライナスはこのコインを使った。このコインは彫られた模様のせいで重心に偏りがあり、回転のかけ方にちょっとしたコツはあるものの、ほぼ確実に表を出せると言う。本当に運まかせにしたいときには、別のコインを使う。
理由を知った私は、ライナスの首に抱きついて頬にキスをした。
「ライ、ありがとう」
「うん」
こうして私たちの旅は、ダーケイアから回ることに決まった。
活動報告に近隣諸国マップを載せています。
よろしかったらどうぞ。
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