43 本調査 (2)
翌日の朝、調査のための班分けをライナスが発表した。
いつものような兵士チーム、国外チーム、国内研究者チームという分け方ではなく、今回は混成だ。班は上層チーム、中層チーム、下層チームと、層別に三つに分けた。
リーダーはマイク、イーデン、ヒュー博士にお願いした。他のメンバーに先立って、魔王城内の調査に関わったメンバーだから。
混成にした理由は、なるべく戦力を均等に分けたかったから。
魔獣に対応するためだ。
一応、魔王城内の魔獣はすべて駆除済みのつもりではあるものの、絶対に残っていないという保証はない。
それに、転移用の水晶を探してもらう都合でもある。
転移先によっては、危険な目に遭わないとも限らないからだ。転移先が魔王城内に限られている保証もないので、万が一に備えて完全装備で調査に臨んでもらう。身軽じゃないけど、命には代えられない。
研究者チームをばらけさせたおかげで、調査の精度も上がりそう、という利点もあった。
ライナスと私とジムさんの三人は、調査チームには参加せず、図書室で待機する。
何かあったときのための保険だ。
でも、することがなくて暇だった。
ライナスからは、各チームに見取り図を渡した。これがあれば、ライナスが一緒にいなくても、道に迷うことなく調査ができる、というわけだ。
かなり地道な作業のはずなのに、意外なことに昼頃までにはずいぶん色々な新発見があった。いずれも転移用の水晶に関する発見だ。
これまでに見つかっている転移用の水晶は、いずれもヒイラギの茂みの下に隠されている。私はただ単に「ヒイラギの茂み」としか認識していなかったけど、ヒイラギはヒイラギでも、いろいろ品種がある。さすが研究者たちは、目の付け所が違った。
最初に気づいたのは、ヒュー博士だ。
「どうやら層ごとに、ヒイラギの品種が違うようだね」
博士は中庭のヒイラギから葉を摘んできて、私たちの目の前に並べてみせた。
上層のヒイラギの葉は、黄緑色に近い明るい緑色で、葉の周囲に細く白い縁取りがある。
中層のヒイラギは、広葉樹によくある普通の緑色。
下層のヒイラギは暗い緑色で、葉に厚みと光沢がある。
正直、中層と下層のヒイラギの葉の違いなんて、言われなきゃ自分じゃ気づかない。並べて見せられて、初めて違いがわかったくらいだ。それに上層のヒイラギなんて、枯れかけてるだけかと思っていた。でも違った。ああいう品種なのだそうだ。
それぞれのチームは、中庭に転移してくるたびに図書室に顔を出して、中間報告をしていく。各チームともせいぜい一日で一回か二回ほど立ち寄るだけだろうと思っていたのに、三チームとも一時間もしないうちに顔を出すので、びっくりした。
なんと私とライナスが見つけた以外にも、転移用の水晶がちょこちょこ見つかっていると言う。しかも確認した限りでは、いずれも中庭に転移したそうだ。
そこで、私はライナスとジムさんに提案した。
「中庭に行きませんか」
「ああ。そうしようか」
「そうだね」
二人とも、即座に同意してくれた。
中庭と図書室は、たいして離れてはいない。でも頻繁に中庭に戻るというなら、わざわざそこから図書室まで移動してもらうより、私たちが中庭にいるほうが効率がよさそうだった。
新しい転移用の水晶を見つけた場所は、見取り図上に記録しておく。
新しく見つけるたびに、隊員たちはそこのヒイラギの葉を標本として摘んできてくれる。そのうち、隊員のひとりが面白いことに気がついた。水晶の置かれている場所ごとに、ヒイラギの葉の形状が違うと言うのだ。トゲの位置や数は、場所ごとに決まっている。
よくそんなことに気づくなあ、と感心した。
この日は、各層とも見取り図の上で半分弱の調査を終えた。
先遣隊が魔獣駆除をしながら回ったときに比べると、だいぶペースが遅い。遅い理由は、転移用の水晶を見つけるたびに転移先を確認していたから。その都度、中庭に転移してしまうので、出直さなくてはならず、移動に時間をとられていたらしい。
一応、転移先の確認をするかしないかはチームごとの選択にまかせてあったのだけど、確認しないことを選んだチームはいなかった。
夜は全員、図書室で寝る。雑魚寝だ。
ただし私とヒュー博士は、椅子で作った簡易ベッドで寝ている。隊員たちの満場一致で譲られた。
簡易ベッドは四つ作れるから、あと二人分ある。隊員たちはライナスとジムさんに使うよう勧めていたけど、二人とも固辞していた。だからといって、使わないのももったいない。結局、私とヒュー博士を除いた十八名の中からくじ引きで決めていた。
一応、念のため不寝番も置いている。ひと晩ごとに二人ずつ交代で。
調査二日目は、さらに新しい発見があった。
転移先を指定する方法があると言うのだ。
きっかけは、ちょっとした偶然だった。
中層を担当しているイーデンのチームが、中庭から最奥の部屋に転移しようとしたとき、なぜか直前にヒイラギの葉を採集した場所に転移してしまった。手にしていたはずのヒイラギの葉が消えているので、もう一度採集してから中庭に戻り、転移し直すと、また同じ場所に戻る。
そうしてたびたび中庭に転移してくるイーデンたちを不審に思い、私は声をかけてみた。
「どうしたの? どうして行ったり来たりしてるの?」
「いや、なんか転移先がおかしくてさ。ちょっと確認してるとこ」
「どんなふうにおかしいの?」
転移水晶を踏む人によって、最奥の部屋の前に転移したり、ヒイラギの葉を採集した場所に転移したりすると聞き、私はイーデンたちを見ながら考え込んだ。そして、隊員のひとりがヒイラギの葉を手にしているのが目に入った。
「それ、人によるわけじゃないかもよ」
「どういうこと?」
「ヒイラギの葉を手に持っているかどうか、かもしれないってこと」
私の推測に、イーデンは「あー!」と大きな声を上げる。
「それでヒイラギの葉が消えるのか!」
「消えたの?」
「うん。転移すると消えることがあって、何でだろって話してたんだよ」
検証した結果、ヒイラギの葉を手にした状態で転移水晶を踏むと、その葉を持つヒイラギのところに転移できることがわかった。中庭からでなくても、同じ層の中からならどこからでも転移できる。
ただし、別の層への転移はできない。
これがわかってから、調査は一気に加速した。




