42 本調査 (1)
夕方までには調査隊が到着するだろうとの予測のもと、午後四時になる少し前に城門を開けた。みんなが到着するまで、門を開けたまま待っている予定だ。
全員を迎え入れたら、夜八時に閉める。そういう予定だったのに──。
城門を開いた瞬間、調査隊のみんなが門前にそろっていて、びっくりした。
驚きで目をパチクリさせている私とライナスの前で、ジムさんが声を張り上げる。
「さあ、早く中に入っちゃって! 鍵穴が見えてるうちに閉めないといけないからね」
私とライナスの馬も、連れて来てくれていた。
しかも四時までに城門前に到着できるよう、早めに出発してきたらしい。おかげで、城門で番をする必要がなく、すぐに門を閉められた。
ライナスと二人きりでしんとしていた城内は、急に賑やかになった。
だだっ広いと思っていた門内の広場も、二十名の隊員と、二十頭の馬がいると、何だか狭くなったように感じる。でもとりあえず、二十頭の馬を放牧しておける程度には広くて、助かった。
馬から降りた隊員たちを、図書室に案内する。
そのためにはまず、転移用の水晶の場所を教えた。説明しながら、私が実践してみせる。
「このヒイラギの茂みの下にある水晶を踏むと、移動できます」
私の足もとに魔法陣が現れると、どよめきが広がった。
私に続いて中庭に、ひとり、二人と、ぽつぽつ隊員たちが転移してくる。それを下層に続く扉のほうに誘導していると、突然、残りの隊員たちが一斉に現れた。ライナスが全員をまとめて連れてきたらしい。全員に手をつながせてから、ライナスが水晶を踏んだのだそうだ。
全員を図書室に連れて行き、荷物を下ろしてもらう。
緊張が解けてがやがやと賑やかな隊員たちの中、ヒュー博士に声をかけられた。
「あんなものを、いつ見つけたのかね」
「博士たちが出発した後に、探してみたら見つかっちゃったんですよ」
私の答えに、博士はゆっくり「ふむ」とうなずいた。
「だったら、他にも見つかるかもしれないな」
「いくつかは見つけました。でも、もっとあるんじゃないかと思ってます」
「うん。こうしてせっかく頭数がそろってるんだから、人海戦術で探したいね」
「はい」
私が博士と話している間、ライナスはジムさんと何やら相談していた。
博士との話が終わってから、私もライナスのところに行って少しだけ話を聞く。
ジムさんたちは、魔王城での調査を五日から七日の予定で、最長でも十日と見積もって準備してきたそうだ。万が一、それ以上延びることがあれば、最果ての村に戻って食料などを調達した上で出直すことになる。
イーデンとマイクは、他の隊員たちにトイレの場所を説明したりしていた。トイレの入り口の扉を開けて内部を見せると、「え、トイレなんてあるの?」と、どよめきが広がる。
すると、隊員たちの中から声が上がった。
「おい、あっちにも同じような扉があるぞ」
「何だろ」
「開けてみようぜ」
彼らの視線は、倉庫の入り口の扉に向いている。まずい。昨日、バスケットと食器類を雑に隠したままになってるんだけど。私はライナスの腕を軽く叩き、「ライ」とささやき声で名を呼んだ。
「どうしたの?」
「あっち」
人だかりができてしまっている倉庫の入り口のほうへ、目配せしてみせる。ライナスは「あー……」と、うめき声ともつかない声を上げ、途方に暮れたように黙り込んでしまった。
そんな私たち二人の様子から、ジムさんは何かを察したようだ。「どれどれ」と倉庫のほうへ歩いて行った。
倉庫の中は、基本的には修繕の必要そうな本や、脚立などが置かれている。
その奥のほうにちょこんと置かれているバスケットは、明らかに他のものとは異質で、人目を引いた。
「何だろう、これだけ妙に新しくてきれいだな」
「中身は何だ?」
「食器」
人目を引くどころか、すでに手に取られているじゃないの。どうしよう。
ヒュー博士も騒ぎに興味を引かれたらしく、倉庫のほうへ歩いて行った。そして、隊員たちが手にしている食器を見て、目を見張る。のぞき込むようにして、紋章を確認していた。──うん、バレたな。博士にとっては生家の紋章だもの、見間違えるはずがない。
片眉を上げてヒュー博士がこちらを振り向くのが見えたので、目が合う前に私はそっと視線をそらした。
ジムさんはバスケットを目にしただけで、状況を完璧に理解したらしい。
社交用のどこかうさんくさい微笑を貼りつけて、自然な動作で手を伸ばしてバスケットを受け取った。
「ああ、これはうちの国のものだよ。紋章でわかる」
「そうなんですか?」
「うん。たぶん、討伐で遠征してきたときに、置いてっちゃったんじゃないかな」
「なーんだ」
ジムさんの言葉に、群がっていた隊員たちは一気にバスケットへの興味を失ったようだ。一方で、マイクが怪訝そうな顔をして「え?」と声を上げる。彼は魔王討伐隊のひとりだったから、討伐隊が図書室に立ち寄ったことがないのを知っていて、疑問に思ったのだろう。
でもジムさんがにこやかに首をかしげて「うん?」と聞き返すと、その笑顔に何かを感じ取ったらしい。マイクは「いえ、何でもありません」とすぐさま首を横に振り、それ以上、特に何も口にすることはなかった。
ジムさんとマイクの声なきやり取りを、ヒュー博士は不思議そうに眺めている。そしてジムさんがバスケットを手にしてその場を離れたのを見て、少しだけ首をひねってから、肩をすくめた。
私もライナスも、知らないうちに息を詰めていた。騒動が落ち着いたのを見届けて、深く息を吐き出す。そのとき、ライナスも同時に息を吐き出しているのに気づいてしまった。思わずお互いに顔を見合わせ、くすくすと笑い出す。ホッとしたせいか、どちらも笑いがとまらない。
周りの隊員たちから「まーた、仲がいいねえ」と冷やかされたけど、バスケットについて追及されるより、ずっといい。
その夜、伯父さまから託された王宮からの手紙をジムさんに渡したとき、ジムさんはにこにこと笑顔で尋ねてきた。
「おいしかった?」
「はい」
きまりが悪く、つい上目遣いに返事をする。するとジムさんは吹き出して、「まあ、こういうこともあるよね」と慰めてくれた。尻拭いさせたのに、申し訳ない。「大丈夫。この程度なら何とでもするから」とジムさんは請け合ってくれたけど、ごちそうに目がくらんで後先考えられなくて、ごめんなさい。次は気をつけよう。




