41 二人きりの先遣隊 (2)
確認したかったことをひととおり確認し終えた後は、図書室にこもって報告書作りをした。ライナスが作っていたのは、報告書というより、魔王城の見取り図のようなものだったけど。
作成する報告書は、伯父さまに渡すためのものだ。
ライナスと二人きりになれたから、数日ぶりに伯父さまに報告に行ける。
「裁きの書」はライナスが持ってきてくれていたけれど、これを使って王都に転移できることは極秘事項なので、ヒュー博士やイーデンがいるところでは使えなかったのだ。
伯父さまは、きっと心配しているだろう。
でも伯父さまと会っても、ゆっくり言葉を交わしている余裕はない。何しろ、鍵穴が現れている時間は限られている。その限られた時間内で、王都へ行って戻って来なくてはならないのだ。だから話さなくても用件が伝わるよう、報告だけでなくお願い事まで含めて、すべて紙の上にまとめておく必要があった。
しかも数日分まとめて報告することになるので、いつもより報告内容も多い。現状をきちんと把握してもらうために、不足のないよう文章を組み立てるのは、それなりに神経を使う必要があって大変だった。
報告書をまとめ上げた頃には、すっかり日が暮れていた。
夕食を済ませてから、ライナスと一緒に城門へ向かう。
門を開閉できるのは、四時、八時、十二時。もっとも、実を言えば、開けるだけならいつでも開けられる。だけど決まった時間以外だと、聖剣を抜いた瞬間に振り子が落ちてしまうので、すぐには閉められなくなってしまうのだ。
伯父さまのところへの転移は夜九時と決めてあったけれども、門を閉める都合により、約束よりも一時間早く転移することにした。
「伯父さま、書斎にいてくださるかしら」
「どうだろう。まあ、他人に見られたときには、頑張ってとぼけるしかないな」
もう。人ごとだと思って。
一応、見られてしまったときには「天の奇跡が……」とだけ言って、後は何を聞かれても困った顔で首をかしげて何もわからない振りをし、とことんしらを切り通すという方針だけは固めてある。できればやりたくない。
「裁きの書」で転移すると、ホッとしたことに、そこは伯父さまの書斎だった。
私が転移してきたことに気づくと、伯父さまは大きく目を見開き、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「ただいま」
「おかえり。──よかった、無事だったんだね」
「はい。ちょっと事故がありましたけど」
伯父さまの目の下にはくまが出来ていて、顔色も悪い。よく眠れないほど心配をかけてしまったかと思うと、申し訳なかった。とりあえず、私もライナスも無事でいることだけは、強調しておく。
そして伯父さまに報告書を手渡し、何があったかを口頭でも簡単に説明した。ここで、砂時計の砂は落ちきってしまった。時間切れだ。
「明日また、朝八時に転移してきます」
「わかった。その時間には、ここにいるようにしておくよ」
「お願いします」
ライナスのところに戻り、門前で仁王立ちしている彼に、念のため尋ねる。
「魔獣は来なかった?」
「うん」
ライナスなら大型の魔獣が来ても、ひとりで余裕で対処できそうではある。それより心配なのは、闇夜に紛れて忍び込まれたりしないだろうか、ということかもしれない。それを防ぐには、城門を閉じておくのが一番だ。
ライナスは私に向かって「もう閉めていい?」と確認し、私がうなずくのを待ってから魔王城の城門を閉めた。
寝る時間までは図書室で、ライナスと私はそれぞれ書き物に没頭した。
何もすることがないようでいて、意外に時間がない。
ライナスは城内の地図を作成していて、一枚の紙に収まりそうもなくて苦戦している。特に下層は、広い上に入り組んでいて、図にするのも大変そうだった。
何しろ「下層」と呼んではいるけれども、建物の階とは違って、下層の中でも高低差がある。低い位置にある通路の上を、またぐように横切る通路もあったりして、図に描き起こすならわかりやすくするための工夫が必要だ。それを考えながら図を起こしていると、気がついたら紙からはみ出しちゃうらしい。
「もう、無理に一枚にしなくてもいいんじゃない?」
「でも、一枚のほうが見やすいだろ」
「うん。だから、出来上がってから貼り合わせたらどうかな」
「ああ、そうか。そうしよう」
翌朝、私は伯父さまにお願いして、のりを拝借した。
伯父さまは快く貸してくださった上、大きなバスケットを渡された。
「食事に不自由してそうだからね。お昼にまた来なさい」
「伯父さま、ありがとう!」
中身をのぞいてみれば、二人分の食事だった。作りたてで、まだ温かい。味気ない携行食が数日続いていたので、とてもうれしかった。
ライナスのもとに転移するなり、私はバスケットを高々と掲げて、彼の目の前に差し出す。
「ライ、ただいま。見て!」
「ん?」
何とも言えず食欲をそそる焼きたてパンの柔らかい匂いに、ライナスはクンクンと鼻を鳴らしながら顔を寄せる。そしてバスケットにかぶせられたナプキンの端をめくり、中身を見て「お」と声を上げた。
「おいしそうだ」
「でしょ? 早く門を閉じて、ご飯にしましょうよ」
「うん」
バスケットの中身は温かいパンや料理だけでなく、牛乳と新鮮な果物まで添えてある。ひさしぶりに贅沢な朝食だ。図書室のテーブルの上に食事を広げ、しっかり堪能した。食休みの後は、午前中の活動開始だ。
前日のうちに転移用水晶の位置を確認しておいたおかげで、確認作業がはかどる。
確認したのは、指輪を使った転移ができる場所はどこかということだ。
その結果、図書室だけでなく、上層にある水晶の部屋と、中層にある最奥の部屋も、入り口の扉を閉めてしまうと転移ができないことがわかった。要するに、部屋として閉じた場所では、出入り口の扉越しには転移ができないらしい。
そしてこれは、中庭に面した扉も同じ。
上層と中層へは、扉を閉めてしまうと指輪では転移ができない。下層だけはちょっと特殊で、中庭への扉を閉めただけなら転移可能。ただしそれは、城門前の入り口の扉が開いていれば、という条件つきである。中庭の扉と、城門前の扉の両方が閉まっていると、下層も転移できなくなる。
そんなことをあれこれ調べているうちに、お昼になった。
王都に転移して、空になった朝食のバスケットを返却すると、交換にまたバスケットを渡された。今度は昼食だ。ありがたく受け取り、伯父さまに今後の予定を伝えておく。
「今日の午後、調査隊と合流します。合流後はたぶん、しばらく転移してこられないと思います」
「そうか、わかった。でも、時間にはここにいるようにしておくよ」
「はい」
実は、伯父さまに「お昼にまた来なさい」と言われた時点で、大いに昼食を期待していた。バスケットの中身は、その期待を裏切ることなくすばらしいものだった。
本当にすばらしかったのだけど、食事を終えた後で、少しだけ困ったことに気がついてしまった。この、贅沢な食事の痕跡をどうしよう。料理は胃袋に収めたからよいとして、公爵家の紋章入りの豪華な食器類が問題だ。あるべきでないものが、ここにある。どうにもごまかしようがない。
ライナスと二人で散々頭を悩ませた末、きれいに洗って図書室の倉庫に隠しておくことにした。調査隊のメンバーの目にとまらないことを祈るばかりだ。
もしかして:フラグ




