38 魔王城の城門 (1)
夕方までには中層の調査をすべて終えた。
全員で図書室に戻り、食事と休憩にする。
これまでは図書室の扉を常に閉めておいたけれども、今後は開けておくことになった。魔獣の中層や上層への侵入を見逃さないためだ。
食事が終わると、ライナスが不寝番の相談をした。
「夜は、どうしたもんかな」
「不寝番は、まずはひとりずつでいいんじゃないかな。もし魔獣がちょくちょく来るようなら、そのとき二人態勢にしたらどう?」
案を出したのは、イーデンだ。
結局、イーデンの案が採用された。
イーデンによれば、昼の間に中庭でイーデンたちが倒した魔獣の数は、全部で五体だったとのこと。それも、すべてがクマ型の魔獣だったそうだ。クマ型の魔獣が昼行性であることを考えると、就寝中にやって来る確率はあまり高くない、というのが彼の考えだった。
幸いなことに、イーデンの予測は見事に当たった。
不寝番をしたのはイーデンとマイクの二人で、他の三人はしっかり休んだ。夜間に中庭に向かおうとした魔獣は、いなかったそうだ。
朝食をすませてから、今回は馬を連れて出発した。そのまま魔王城を離れる予定だからだ。魔獣と遭遇したときには、私が馬の番をする。
下層は広いけれども、構造が頭の中に入っているライナスにとってみると、比較的経路が単純らしい。ときどき二手に分かれたりしながら、さくさくと調査を進め、午後には城門前にたどり着いた。
城門前でも魔獣を掃討する。
城門付近で見つけた魔獣たちは、城門前でたむろしているというよりは、魔王城の内部を目指してやってきているように見えた。これはこのまま放置しておくと、また魔獣が卵を水晶の部屋に運んでしまうんじゃないだろうか。
ヒュー博士も同じことを思ったようだ。
「これは、このままじゃまずい気がするな」
「そうですね」
ライナスも難しい顔をしてうなずく。私は辺りを見回しながら、ライナスに尋ねた。
「門を閉められない?」
「開け方は教わったけど、閉め方は知らないなあ」
「開けるときは、どうしたの?」
ライナスは、城門の両脇にある巨大な石柱のうち、振り子のような飾りのついた左側の石柱に歩み寄った。その飾りは振り子と呼ぶにはだいぶ大きく、ひと抱えほどもありそうな金属製の円盤だ。けれども上方には金属製のあまり長くない棒が伸びていて、見た目のバランスはともかくとして、形状は振り子そのものだ。
その振り子についている大きな円盤を、ライナスは拳の裏側で叩きながら説明した。
「この振り子の裏に、門を開けるための鍵穴が隠されてるんだ」
「鍵穴は、どうやって出すの?」
「振り子の位置によって、一定時間ごとに勝手に現れる」
「一定時間って、どれくらい?」
「だいたい四時間くらいかな」
「そんなに長いの⁉」
「うん」
びっくりするくらい長かった。
ただの巨大な飾りに見えるその振り子は、実際に振り子で、とてもゆっくりながら左右に振れているのだそうだ。そう聞いてからじっと見てみれば、カタツムリ並みの速度で動いているように見える。カタツムリの中でも足の遅いほうだと思うけど。
幸いなことに、円盤はちょうど一番高い位置に近づきつつあった。しばらく待てば、鍵穴が見えそうだ。鍵穴が出てくる前に、鍵を手にいれておかなくちゃ。そう思って、再びライナスに質問する。
「鍵はどこにあるの?」
「そんなものは、ない」
「えっ」
ライナスの答えに、私は目をまたたいた。鍵がなくて、どうやって開けるの?
私がきょとんとしているのを見て、ライナスは笑いながら説明してくれた。
「聖剣を使うんだよ」
「鍵穴に?」
「うん。『貫通』スキルを使いながら聖剣を鍵穴に突っ込むと、開くんだ」
何のことはない、ただのごり押しだった。
話している間にも、振り子が一番高い位置に移動して、鍵穴が現れつつあった。「鍵穴」と呼んではいるものの、私の知っている鍵穴とはまったく形状が違う。形状が違うという以前に、穴じゃなかった。
丸い半透明なものがはめ込まれていて、それを「鍵穴」と呼んでいるだけだった。鍵穴の表面はつるりとしていて、ガラスめいている。
鍵穴があらかた姿を現してから、ライナスは「じゃあ、行くよ」と声をかけて、聖剣を突き立てた。鍵穴の表面は硬かったのに、聖剣はゼリーにフォークを突き刺したみたいに抵抗なくするりとのみ込まれて行く。剣身がほとんど埋まっても、何も起きない。
しばらくそのまま様子を見ていたけれども、城門には何も変化がなかった。ライナスは、今度はするりと聖剣を引き抜く。でも、やっぱり何も起きなかった。彼はため息をつき、「だめか」とこぼして肩をすくめる。
開ける手順を試したわけだから、閉まらなくても不思議ではないとは思う。でも、困った。どうしたら閉められるのだろう。
私たちが頭を悩ませていると、さっきから鍵穴のある石柱の周りをうろうろしていたイーデンが、城門の内側から声をかけてきた。
「内側にも鍵穴があるんだけどさ。こっちでも試してみない?」
「ああ、そうだな」
イーデンの案に、ライナスも同意した。
でも、もたもたしていると、また鍵穴が閉じてしまう。私たちは急いで内側に移動した。そして早くも振り子が戻りかけているところへ、ライナスがさっきと同じように聖剣を突き立てた。
すると、岩崩れが起きたかのような轟音とともに地面が揺れ、地中から岩壁が現れて城門を塞いだ。門というより、ただの分厚い壁だ。
ヒュー博士はあごに手を当てて、城門をにらみながら難しい顔をしている。
「内側からしか閉められないのか。やっかいだな」
博士の言葉を聞いて、私もハッとした。本当だ。内側からしか閉められなかったら、出られないではないか。
イーデンは鍵穴や振り子の周りを観察しながら、首をひねった。
「そもそも、内側からどうやったら開くんだ?」
「知らない。そうだなあ、もう一度、突き刺してみるか」
ライナスが鍵穴から聖剣を引き抜いた瞬間、再び轟音がして城門が開く。抜くと開くらしい。だったら、事は簡単だ。閉めてから転移すればいい。
私はヒュー博士の腕を引っ張り、城門の外へ向かいながらライナスに声をかけた。
「ライ、私たちが外に出たら、もう一度閉めて。それから転移してきて」
「わかった」
このとき私は、どうしてヒュー博士と二人で魔王城に一泊する羽目になったのかを忘れていた。ライナスと再会したときに彼が転移してきたものだから、それまで私も彼も転移が使えずにいたことを、すっかり忘れてしまっていたのだ。




