35 救助隊 (3)
私の話が終わると、今度はライナスが話し始めた。
「フィーと博士がいなくなったことに気づいたのは、博士が結界付与の確認に行ってから、二時間ほどしてからのことだった──」
* * *
確認結果をなかなか連絡しにこないから、どうしたんだろうと思ったんだよ。
それで、博士を探しに行った。
ところが、村の外壁沿いに一周しても見つからないし、宿屋の客室にもいない。
変だなとは思ったけど、まずは一緒に作業していたはずのフィーに聞いてみようと思った。なのに、どうしたわけかフィーもどこにもいない。
ここで、初めて焦りを感じたよ。
村の人や隊員たちに、目撃情報を聞いてまわった。でも居場所を知っている人は誰もいなかった。ヒュー博士の最後の目撃情報は、結界付与の最終確認に出たときだったし、フィーを最後に見た人は、フィーは厩舎に向かって歩いていたと言う。
結局、全員総出で村の中を探し回ったけど、二人とも見つからなかった。
でも、村から出て行ったはずはないから、おかしいんだ。
だって、村には出入り口が二か所しかなくて、どっちの出入り口でも二人が出ていったなんて目撃情報はなかった。
昨日は、二つの出入り口には両方とも、門の修繕と通用口の取り付けのために、何人もで作業してたからね。出入り口が無人になった瞬間なんて、ないはずなんだ。だから、もし通っていれば、必ず誰かが目撃してる。なのに誰も見てないと言う。
だったら、通ってるはずがないんだよ。ということは、村から出ていない。なのに、村の中にいない。
もう明らかにおかしいだろ。
事ここに及んで、俺は結婚指輪の転移を試すことにした。けど、何度試しても、転移ができない。魔法陣は出るのに、何も起きずに消えてしまうんだ。
何かとんでもないことが起きた、というのが、これで確定した。
胃が痛くなったよ。
何が起きたかはわからないけど、転移できない場所に二人が連れ去られてしまったらしいことだけはわかった。とはいえ、誰によって、どこへ連れ去られたのかは、まったく見当がついてない。
そんな状態では、やみくもに探しに出るわけにもいかなかった。下手に動き回るほうが、見つかる確率を下げるだろうからね。
仕方なく、状況を知らせる小鳥の速達便を王都に出すにとどめて、連絡を待つことにした。少々時間はかかってしまうけど、王都から国中に目撃情報を問い合わせてもらうのが確実かと思ったんだ。
そうは言っても、何もしないで待ってる気にはとてもなれない。だから無駄と知りつつ、日のあるうちは、村の中や村の周辺を回って手がかりを探し続けた。
日が落ちてからは、いつでもすぐ出られるよう、荷物の整理だけはしておいた。
少しは寝ておくべきだとわかっていたのに、結局まんじりともせずに夜を明かしてしまった。
ところが今朝になって、重要な目撃情報が上がってきた。
魔王城の方角に、今まで見たことのない、白い光の柱が数回立ったのを目撃したって言うんだ。聞いてすぐに、「解除」の魔法を思い浮かべた。詳しく聞けば聞くほど、そうとしか思えない。
それで、即座に魔王城行きを決定した。
もともと先遣隊としてメンバーを決めてあったからね。出発を決めてしまえば、あとは早かった。予定どおりのメンバーで出発したよ。イーデンもマイクも、いつでも出られるよう荷物をまとめておいてくれたから、すぐに出発できた。
魔王城に向かう道すがら、定期的に「解除」の白い光が見えた。それが見えると、フィーは無事でいるはずだと思えて、少し安心できた。でも、光が見えるたびに指輪の転移を試してみたのに、結局、一度も成功しなかった。
そもそも転移できるなら、フィーのほうから転移してきてたはずだから、成功しないのも道理なんだけど。
魔王城の門は、開いたままになっていた。
時間経過で勝手に閉まるだろうと思ってたんだけど。開いてたのは、意外だった。
それと、門付近から魔獣が何体もうろうろしてるのが、以前とは違った。フィーと一緒に探索したときには、魔王城の中には魔獣なんて一体もいなかったのにな。まるで、魔王討伐の遠征で来たときみたいだった。
いや、あのときよりも明らかに多かった気がする。そうだよな、マイク?
城門の中にも、大型魔獣が何体かいた。もちろん片っ端から始末した。
そのとき、フィーの声が聞こえたんだ。最初は幻聴でも聞こえたかと思った。でも本物だった。本物だとわかった瞬間、反射的に転移を試してたよ。そしたら、今度はちゃんと飛べたんだ。わけがわからない。
* * *
「──でも転移できて、よかった。本当によかった」
ライナスの話を聞いて、私は心の中でひそかに深く懺悔した。ライナスは一睡もできなかったというのに、私ときたら、たっぷり六時間も、しっかり睡眠をとっている。図太くてごめん。でもよけいなことは言わずに、黙っておこう。
お互いの情報交換が終わる頃には、とっくに食事も終わっていた。
食事の後、私はライナスたちに不思議なトイレについて教えてあげた。イーデンとマイクは、トイレにも振り子のない時計にも興味津々だ。マイクは、魔王討伐のときにこの場所をライナスと一緒に訪れてはいるものの、そのときには図書室なんてものが存在するとは気づかなかったそうだ。
その後は、翌日の予定について話し合う。
その結果、ひととおり見て回ってから最果ての村に戻ろう、というだけの極めて単純な結論に行き着いた。
話し合いが終わってテーブルの上を片づけていると、ライナスが手を叩いた。
「さて、明日に備えて、今日は早く寝よう」
「寝ずの番は、俺がしよう」
不寝番にマイクが手を挙げると、イーデンが「じゃあ、後半は俺が」と引き受けた。そのまま今度は、マイクが寝る場所について尋ねた。
「どこで寝る? ここ? それとも、中庭で野営する?」
「ここでいいんじゃない? 博士たちも、ずっとここで過ごしたんだろ?」
イーデンの意見にマイクもライナスも異を唱えず、図書室で休むことになった。雨風の心配をしなくてよいから、というのが大きい。
椅子は全部で二十四脚あるから、五脚を使う簡易ベッドは四人分作れる。ひとりは不寝番をするから、ちょうどよかった。
私はライナスが持参してくれた毛布にくるまって、簡易ベッドの上に横になる。椅子の硬いクッションも、厚手の毛布があるだけで全然違う。ヒュー博士の分の荷物は、マイクが運んでくれていた。
ライナスは、私のすぐ隣にぴったり寄せてベッドを作っていた。
私は横になって目を閉じたら、すぐに意識が落ちていきそうになる。前日、それなりにしっかり寝たはずなのに、自分で思ったよりも疲れていたらしい。だけど、落ちていきそうだった意識は、毛布の下をごそごそと探る気配に少しだけ引き戻された。
ライナスだ。伸ばされてきた手に触れると、キュッと指先を握られた。温かな体温を指先に感じながら、私は眠りに落ちていた。




