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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第二章 調査

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34 救助隊 (2)

 ライナスは私の声に気づいて顔を上げ、辺りを見回した。でも、まさか上とは思っていないのか、ちっともこちらを見ない。だから私はさらに声を張り上げて、手を振った。


「ライ! 上よ! こっち!」


 ライナスは、やっと私のほうを見た。


「フィー! けがはしてない?」

「うん、大丈夫! ヒュー博士も一緒にいるの」


 ライナスと一緒にいるのは、イーデンとマイクだった。当初から先遣隊に任命されていたメンバーだ。私の返事に、ライナスはホッとしたような顔で手を振り返した。


 その間にもイーデンとマイクは馬を進めて、ライナスの両脇にぴったりと横付けにする。まるで、あらかじめ相談してあったかのように滑らかな動きだ。

 ライナスは両手を伸ばして、両脇にいる二人の馬の手綱を握る。それとほぼ同時に、彼の馬の足もとに魔法陣が現れた。祝福された結婚指輪による転移の魔法陣だ。でもきっと、また不発に終わるのだろう。そう思いながらも見ていると、魔法陣がひときわ輝いてから消えていき、それとともにライナスたち三人の姿が消えた。


 背後から「おお……」という感嘆の声が聞こえる。

 驚いて振り向くと、ライナスたち三人と馬の姿がそこにあった。予想外の出来事に、私は目を丸くする。ライナスは「やっと転移できた……」とつぶやくと、馬から飛び降りて私に抱きついてきた。ライナスの手は、かすかに震えている。何とも言えない気持ちがあふれてきて、私もライナスの背中に手を回した。

 ほんのひと晩ほどしか離れていなかったのに、ずいぶん長いこと引き離されていたかのようだ。


 しばらく二人でそうしていると、後ろからわざとらしい大きな咳払いが聞こえた。

 振り向いてみれば、咳払いの主はヒュー博士だった。馬から降りているイーデンとマイクは、私が振り向いたとたんに不自然に視線をそらして、それぞれ別の方向へそっぽを向いている。「見ていない振り」がしらじらしすぎて、笑っちゃいそうになった。というか、笑ってしまった。

 私はライナスの背中を軽く叩いてから、身を離す。


「さて、お互い、状況説明をしましょうか」

「そうだね」


 馬を水場に連れて行って水を飲ませ、後はつながずに放牧する。

 どこで話をしようか悩んでいると、ヒュー博士が提案した。


「図書室に行こうか」

「図書室?」


 博士の言葉に、イーデンとマイクは首をかしげる。

 イーデンとマイクの疑問は実にもっともなのだけど、私はそれより気になることがあった。


「馬を置いて行って、大丈夫ですか? 昨日はここにトラ型の魔獣がいましたよね」

「それはもう大丈夫だよ」


 私の疑問に答えてくれたのは、ヒュー博士だ。

 何をもって大丈夫と判断したのだろうと思ったら、なんと博士が対処済みの案件だった。昨夜、私が寝ている間に、中庭を探索したのだそうだ。そのときちょうどよく魔獣が中庭から姿を消していたので、三つの扉すべてを閉めた上に結界を付与しておいたのだとか。

 私が「すごい」と目を丸くすると、博士は笑顔を浮かべた。


「できる限り、安全地帯を確保しておきたかったからね」


 博士の先導で、図書室に向かう。

 図書室に入ると、イーデンとマイクは驚いた表情できょろきょろと部屋の中を見回していた。外側の見た目が荒れ果てた印象なのとは裏腹に、内部はいかにも城らしく装飾が施されているから、違和感がすごいんだろう。「巨大なもぐらの巣かと思ったら、中は宮殿だった」みたいな感じだから。


 荷物を置いて、それぞれテーブルにつく。

 さっそくライナスが切り出した。


「いったい何が起きたのか、説明してくれる?」

「うん」


 私が話を始めようとしたとき、隣に座っているヒュー博士のほうから、お腹の鳴る音がした。まるでそれにつられたかのように、私のお腹も切ない音をたてる。私と博士は、顔を見合わせて笑ってしまう。

 ライナスたちと合流できたからには、残った食事も平らげてしまって問題ないはずだ。私はきまりの悪さも手伝って、くすくす笑いながらライナスに尋ねた。


「ええっと、食事しながらでもいい? 昨日からまともに食事できてなくて、お腹ぺこぺこなの」

「ああ、そうだよな。ごめん、気が回らなくて」


 ライナスたちは、私とヒュー博士の分まで含めて、一週間分の食料を携帯していた。私のバスケットには、もう焼き菓子とチーズしか残っていない。だけどとっておく必要もないので、五人で分けてしまった。


 テーブルの上に食事を広げながら、私は簡単に前日の出来事を説明する。厩舎の裏手で、不審なガラス板状のものを見つけ、ヒイラギの茂みの下からつま先で蹴り出したら、突然魔法陣が現れて、魔王城の中庭に転移させられた、と。

 ライナスは難しい顔をしたまま、ガラス板について尋ねてきた。


「そのガラス板って、どんな大きさだった?」

「これくらいかな」


 私は両手の人差し指と親指で、円を作ってみせる。

 紅茶椀の口径よりは少し大きく、受け皿よりは小さいくらいの大きさだ。


「村の中はくまなく捜索したけど、そんなものは見た覚えがないなあ」

「博士が踏み潰して、砕いちゃったからね」


 ヒュー博士は、元凶を破壊すれば魔法陣も消えるかと思って、とっさに行動したそう。でも残念ながら、すでに発動済みの魔法陣には効果がなかった。


 もし村で残骸が見つかるとしたら、無色透明なガラスっぽい破片だろう。見つけたときには魔王と同じ色だったけれども、割れたときに色が抜けてしまっていたから。いずれにしても、探すつもりで探さなければ、打ち捨てられたごみにしか見えないだろうと思う。ライナスたちが見落としていても、何の不思議もない。

 それに、たとえ見つけていたとしても、それが私と博士の失踪に関係しているなんて、誰も思わないだろうし。


 転移させられた後のことも、簡単に説明した。中庭でトラ型の大型魔獣三体と遭遇したため、図書室に逃げ込み、そこで「解除」の魔法を使って居場所を知らせようとした、と。

 ところがそんな中、外から爆音が聞こえた。何か不測の事態が発生したと判断して、状況確認のために中庭に出てきたわけだ。そう説明すると、ライナスは「なるほど」とうなずいた。

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