21 二度目の最果ての村 (1)
およそ二週間後、私たちは最果ての村にたどり着いた。
その間、やはりと言うか、何と言うか、魔王を封印した水晶の目撃情報はひとつもない。
その代わり、あまり役に立つとは思えない、今さらな情報が得られた。それは、魔王討伐の前に、偽ライナスが出没した範囲。途中の村々で、ジムさんが補償のための聞き取りをするついでに、ライナスがお姫さまと一緒に食事していたかどうか、聞き出してくれたのだ。
遠征時は序盤をのぞいて、ライナスはお姫さまと食事を共にしたのは朝食だけ。もし夕食の席で一緒にいたとすれば、それは偽ライナスだ。
聞き取りの結果、荒れ地に入って以降、ほぼすべての村で偽ライナスがお姫さまと夕食を共にしていたことが判明した。この調査結果を聞いたとき、ライナスは絶句していた。
「そんなに前からか……」
「しかも、すこぶる仲よしに見えたらしいよ」
ジムさんは気の毒そうにしていたけど、ライナスは頭を抱えて落ち込んでしまった。だって自分がお姫さまから逃げ回っていたせいで、知らない間に偽ライナスがすっかり彼女と懇意になっていたわけだから。
討伐前から睦まじい姿を見せていたせいで、凱旋後に結婚すると聞いても、お姫さまのお付きの人たちは誰も不思議に思わなかったらしい。
でも、この話を聞いたとき、口には出さなかったけど不思議に思ったことがある。
どうして偽ライナスは、お姫さまを殺そうとしなかったのだろう。魔王の強力で多彩なスキルをもってすれば、たやすいことではないのか。封印役のお姫さまさえいなくなれば、戦うまでもなく封印手段を封じることができたのに。
もしかして魔王がスキルを使うには、何か条件があるのだろうか。
それはさておき、約一年ぶりに訪れた最果ての村は、以前とは様変わりしていた。主に悪い方向に。
最初に気づいた変化は、村の入り口付近が荒れていること。
村の入り口の門が、半分壊れかけていた。村は全体が塀で囲われていて、二か所に門がある。昼の間だけ開かれるはずの門が、壊れて防犯の役目を果たしていない。締めてもきちんと閉まらなくなっていて、隙間から入り込めてしまうのだ。人も、魔獣も。
次に気づいた変化は、村の中も荒れていること。
村の中にある、いくつかの小さな畑が、何者かに踏み荒らされている。これではとても収獲は望めないだろう。
宿に着いてから気づいた変化は、宿泊者で賑わっていること。
前回、ライナスと二人で泊まったときには、貸し切り状態だったのに。宿にとっては必ずしも悪い変化とは言えないものの、多くの魔獣ハンターが泊まりに来るほど周辺に魔獣が多いのだと考えると、決して歓迎できる変化ではない。
宿屋の主人は、前回と変わらない様子で迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
「お久しぶりです」
この村は小さいにもかかわらず、魔獣ハンターギルドの支部が置かれている。そのおかげで、小鳥を使った通信で宿の予約がとれていた。ただし、普通のギルド間の通信に比べて費用が三倍ほどになる。すべての物価が高いから、当然ながら小鳥の飼育費用も高くつくということらしい。
魔獣ハンターギルドの支部はあっても、村長は存在しない。何しろ、小さいから。この村で暮らしているのは、なんとたったの三世帯なのだ。それぞれ宿屋、雑貨屋、魔獣ハンターギルドを営んでいる。これ以上ないほどの最小構成だ。
この三世帯の中では、宿屋の主人が取りまとめ役となっている。つまり実質上の村長のわけだけど、規模が規模なので、あえて村長とは名乗っていない。
隊員たちがそれぞれ客室に散って行った後、私は宿屋の主人に声をかけた。
「畑が荒らされちゃってましたね」
「ああ。困ったもんです。この頃は魔獣が、村の中にまで入り込んでくるんですよねえ」
「あれは魔獣だったんですか」
「そうです。今のところはまだ農作物だけですが、いつ家畜に被害があるかと気が気じゃありませんやね」
出没する魔獣が増えたのにつれて、滞在する魔獣ハンターも増え、そのおかげで魔獣が村内に入り込んでもすぐに倒されてはいる。けれども村の中で狩りを始めれば、どうしたって畑は踏み荒らされてしまう。それで、この惨状となったそうだ。
魔獣を駆除してくれること自体はありがたいので、文句も言えず、困っているらしい。
私と宿屋の主人の会話を黙って聞いていたライナスが、ここで口を開いた。
「村の中では、原則的に戦闘禁止にしてみたらどうかな。いったん村の外まで誘導してから倒すよう、ルール化してさ」
「あ、それいいかも」
畑が踏み荒らされるという問題以前に、村の中で戦闘が行われるなんて、そもそもとても危険だ。そういう意味でも、ライナスの提案は理にかなっていると思われた。
てっきり宿屋の主人も喜んで同意するだろうとばかり思っていたのに、予想に反して、彼は困ったような微笑を浮かべた。
「難しいかもしれませんなあ」
「どうしてですか?」
びっくりして聞き返した私に、主人は「そうしてもらえたらありがたいのは、やまやまなんですがね」と前置きしてから説明した。
「すでに村の中で狩るのが常態化しちまってるから、今さらお願いすると気を悪くされかねんのが心配なんですよ」
なるほど。
確かに魔獣ハンターという職業の人たちは、粗野でけんかっ早い人が多い印象がある。調査隊にいるのは社交性と協調性でふるいにかけられた人たちだから、魔獣ハンターの中でもかなり上品な部類だろう。にもかかわらず、ハンターとして生計を立ててきた国外組は、貴族出身の国内組ハンターたちと比べると、口調や態度が荒っぽい。
一般的な魔獣ハンターたちは、彼らよりずっと粗野だ。しかもこのような辺境まで、大型魔獣を求めてやって来るような腕自慢のハンターならば、荒々しさもそれ相応だろう。
確かに機嫌を損ねずにお願いするのは、難しそうだ。
納得した私がため息をつく横で、ライナスは「ふむ」とうなずいた。
「なら、俺に考えがあります」
「おや」
「必ずうまくいくとは保証できませんが、たぶん大丈夫です」
「そりゃあ、ぜひお願いします」
いったいどうするつもりだろう。




