14 二番目の宿泊地 (4)
ライナスは照れたような困惑顔のまま、何も言わずにいる。たぶん、こんなふうに照れてはにかむから、よけいにからかわれるんだと思う。
その点、私は絡まれることがあまりない。何しろ繊細なライナスと違って、私は図太いから。からかわれることが全然ないわけじゃないけど、あいにく私はライナスみたいに恥じらったりしない。からかわれてもすぐ終わるのは、たぶん、そんな反応が面白くないからじゃないかと思う。
さらっとからかってすぐ終わるなら、笑いのネタとしてはそう悪くない。
ただ、中にはしつこくからかって、相手の反応を楽しむタイプの人がいる。ライナスを餌食にしがちなのは、そういう人だ。控えめに言っても、あまり趣味がよろしくない。だって普通は、からかわれて喜ぶ人なんていないから。いるとしたら、それは恥じらう振りをして何かを狙っているあざとい人物か、特殊性癖の持ち主か、とにかく普通じゃない人だ。
もし、これ以上あまりからかわれるようなら、間に入ってあげよう。そう思って様子見していると、さすがに社交性で選ばれた人たちは、引き際がきれいだった。
ただし、すっかり打ち解けたのか、遠慮もない。
魔獣ハンターたちは酔った勢いのまま、質問を浴びせてきた。
「そう言えば、隊長たちは新婚旅行はどこに行ったの?」
「そんなものに出かける余裕なんて、あったと思います?」
ライナスに代わって私がしらけた声で返すと、彼らは苦笑いした。
「うん、まあ、そうだよねえ。式が二か月前だっけか」
「そうですよ。家を継ぐ勉強をして、調査の準備をしてたら、二か月なんてあっという間でした」
「継ぐ家があるのはうらやましいけど、名家の跡継ぎも大変そうだねえ」
私が魔獣ハンターたちとやり取りしているのを、ライナスは黙って所在なげに耳を傾けている。でもやがて、手にしたグラスを見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「本当は、これが新婚旅行になるはずだったのに……」
誰に聞かせるつもりもなかった、ただのひとり言だっただろうと思う。けれども幸か不幸か、そのつぶやきは全員の耳に届いてしまった。一瞬、テーブルがしんと静まり返る。それから、どっと笑いに包まれた。
「新婚旅行の行き先が魔王城とか、野趣にあふれすぎだろ!」
「もっと楽しいとこに行こうよ」
自分のひとり言を拾われたことに気づき、戸惑ったように目をパチクリさせてからほんのりと赤面するライナスに、また笑う。みんなで大笑いしているうちに、料理が運び込まれてきた。
食事が始まるとそれぞれ料理に夢中で、少しの間、テーブルは静かになる。
しばらく料理に舌鼓を打ってから、国外参加の魔獣ハンターたちのリーダー格であるジュードが、身を乗り出して話しかけてきた。
「この調査の旅が終わったらさ、うちの国に新婚旅行に来ない?」
これはまた、返答に困る質問だ。
何と返事をしたものか、少し悩む。同じように悩んでいるらしいライナスと目が合った。長旅が終わった後に出かける場所としては、ちょっと遠いなあ。きっとライナスも同じようなことを考えている、と思う。
ライナスと私に交互に視線を合わせ、ジュードはにこにこと続ける。
「この国には内海がないだろ? うちの国の、内海に面した海岸は、海の色がものすごくきれいなんだ。深い青から明るい青まで、青は青でもいろんな色であふれてるんだよ。新婚旅行でのんびりするには、もってこいの景勝地だと思うんだけど。どう? 案内するよー。なんなら、手配だって引き受けるし」
「ジュードの指名依頼だなんて、すごく高くつきそう」
私が笑って返すと、ジュードは「そんなのは『隊長ご夫妻の招待費』として国からふんだくるさ」と、くったくがない。
ジュードに触発されたのか、他のメンバーたちまで口々に売り込みを始めた。
「景勝地なら、うちだって負けてないぞ。王都からちょっと外れたところに、外海に面した岸壁で有名な観光地があるんだ。迫力あるし、海の幸に恵まれてるから、魚介料理も種類が豊富で、すごくうまいよ。ぜひ食いに来てみて」
「景勝地もいいけど、うちの首都は『芸術の都』として知られてるんだ。音楽や芝居だけでなく、常設のサーカスもあるよ。首都だから、もちろん宿もハイグレードなところがいろいろあるし、贅沢に過ごす新婚旅行ってのもいいんじゃない? おいでよ」
まるでみんな、旅行の斡旋業者からの回し者みたいじゃないの。しかも、妙に口上にそつがない。その上、何かこう、行ってみたいと思わせてしまうような、魅力的な誘い文句がちりばめられている。
だけど、うかつに「行きたい」などと口にすると、それはそれで何か面倒なことになりそうな予感がした。だから、行くとも行かないとも言わずに話を聞く。それでも、お国自慢を聞くのは楽しかった。
食事が終わり、それぞれ部屋へ引き上げていく。
私とライナスも自分たちの部屋へ引き上げ、朝からの出来事を紙にまとめた。伯父さまへの報告に使うためだ。だいたいまとめ終わった頃、部屋の扉を叩く音がする。ジムさんだ。
打ち合わせのために、部屋に招き入れる。ジムさんは私に封筒を渡しながら、食事のときの話題について尋ねてきた。
「ずいぶん盛り上がってたみたいだけど、どんな話をしてたの?」
「新婚旅行の行き先について、お薦めしてもらってました」
「へえ。どんなお薦めがあった?」
「やっぱり、みんな自分の国を勧めますねえ」
私の答えに、ジムさんは「ああ」と苦笑した。
「どこが一番よかった?」
「どこも魅力的でしたよ。どれが一番って言われても、選べないかなあ」
「行きたいところはあった?」
「そりゃ、行けるものなら全部行ってみたいですけど、無理な話ですよね」
あれだけ熱のこもったお国自慢を聞かされて、心惹かれるものがないわけがない。ジムさんは「無理ってこともないんじゃないかな」と笑うけど、あの四か国をすべて観光して回ったら、少なくとも一年はかかりそう。さすがにいくら新婚旅行と称しても、そこまで遊んで暮らすのはどうかと思う。小鳥みたいに、一日で飛んでいけたらいいのに。
「ジムさんは、外国に行ったことはあるんですか?」
「あるよー。と言っても、留学だけどね。三年間、隣国の寄宿学校で勉強してきた」
「おお」
とても興味を引かれたけれども、あまりおしゃべりしている時間はない。ジムさんから必要な伝言を聞いてから、私は定期連絡のために伯父さまのもとに転移した。




