11 二番目の宿泊地 (1)
次の宿泊地までの道中も、最初の村までと似たような感じだった。
三回ほど、ライナスが魔獣を見つけて駆除をした。
「ねえ、ライ」
「うん?」
「前に遠征に出たときも、こんなに魔獣がいたの?」
「いや。多少はいたけど、たまに弱いのが出る程度だった」
ライナスによれば、魔王を封印する前と比べて、やはり出没する魔獣の種類が変わっているらしい。魔王討伐の遠征で通ったときには、こんな大型の魔獣が王都近郊で出た記憶はないそうだ。
私がライナスとそんな話をしていると、後ろからヒュー博士が馬を繰って近づいてきて、会話に加わった。
「差し支えなければ、前回の遠征のときのお話を聞かせてくださいませんか」
この質問に、ライナスはきょとんとする。質問の意図を推し量りかねたようだ。
ただ漠然と「遠征のときの話」と言われても、ライナスにしてみたら、他人に話して聞かせたいような思い出ではない。
お姫さまとそのお付きの者が大半で、まともに戦力になる人員が少なかったとか、お姫さまが途中の村々で傍若無人な振る舞いを見せたとか、そのお姫さまからライナスは逃げ回っていたとか、いろいろな意味で恥ずかしい話ばかりだ。ジムさんが相手なら、思い切り愚痴をこぼすこともできそうだけど、国外の人に国の恥をさらそうとは思わないだろう。
答えあぐねて困った顔をしているので、私は助け船を出した。
「前回、この辺りで見かけた魔獣は、具体的にはどんな魔獣だったの?」
「ああ、そういう意味か」
ライナスはホッとしたように、魔獣の名前を二つ挙げた。いずれも比較的小型で、害が少なく、群れずに単体で活動するため狩りやすい魔獣だ。
「他には?」
「それだけだよ」
私はびっくりした。それだけなの?
ヒュー博士も、ライナスの答えに驚いた顔をしている。
「もし他の地域でも、こんなふうに出没する魔獣が変わってしまっていたら、とんでもないことになるわね……」
「うん。この近辺に限った話なら、まだしもなんだけどなあ」
私たちの故郷はどうなっているのだろう。あそこはもともと、中型の魔獣が出ることのある地域だ。森の奥へ入ると、大型の魔獣もいる。だから魔獣の被害が出たときには、すぐにご領主さまや、ライナスのお兄さまが討伐隊を組んで、駆除してくださっていた。
もしもあの村の近辺に、大型の魔獣まで出るようになってしまっていたら、ご領主さまの手に負えるだろうか。たぶん、対処できないこともないけれども、それなりに苦戦しそう。何だか急に心配になってきてしまった。
「博士のお国もとでは、どうでしょうね」
「うん、心配なんですよね。次の村にはギルドがあるみたいだから、速達便を出しておきます」
ヒュー博士の口からは「速達便」という、聞き慣れない言葉が出てきた。
「速達便って、何ですか?」
「ああ、ギルドのサービスのひとつですよ」
ギルドにもよるが、少なくとも魔獣ハンターギルドは、拠点間で手紙を運ぶ小鳥を飼っているそうだ。以前、ジムさんが王宮との連絡に使っていたのと同じ種類の鳥らしい。地方のギルド拠点と、王都のギルド本部の間で小鳥を飛ばしている。さらに、各国の王都間でも、小鳥による通信が可能なのだそうだ。
だから、ギルドの拠点がある村からなら、小鳥を使った通信が可能となる。地方から地方宛てだと、王都を介した通信となるけれども、それでも普通の郵便に比べたら段違いに速い。
ただし、気軽に使えるものではない。
理由はいくつかあるけれども、まず、費用が高い。国内の拠点宛てに出すだけでも、宿屋にライナスと二人で一泊するより高いと聞いて、びっくりした。普通の郵便の十倍以上だ。しかもそれが国外宛てとなれば、一週間は泊まれるくらいの料金となるらしい。
次に、薄く小さな紙片しか送れない。まあ、これは小鳥が運ぶことを考えれば、当然だ。
そして最後に、人の目に触れて困るような文章は送れない。というのも、ギルド職員が手紙を取り次ぐ際に、どうしたって内容を目にしてしまうからだ。もちろん、職員には守秘義務がある。とはいえ、本当の極秘情報の場合には、暗号文にするなどの対策が利用者側に求められる。
「だから、恋文に使うのはお薦めできません」
ヒュー博士がこう締めくくったので、思わず私は吹き出した。
熱烈な求愛の言葉が書き連ねられた紙片を取り次ぐ、ギルド職員の微妙な表情を想像すると、笑いがとまらない。
息を整えてから、気になる配達速度を尋ねてみる。
「速達便だと、博士のお国もとまでどれくらいで届くんですか?」
「だいたい、二日か三日です」
すごい。たぶん、人間が移動するなら、ひと月以上はかかると思うのに。
この答えを聞いて、ふと思いついたことがあったので、ジムさんに質問した。
「ジムさん、もしかして、国と国の間でも小鳥を飛ばしてます?」
「うん。友好国とは、政府間通信に利用してるよ」
なるほど、そういうことだったのか。
調査隊の編成が決まった後、国外チームが派遣されてくるまでの期間がふた月ほどしかなかったのが、ずっと不思議だった。どうやら派遣前のやり取りには、小鳥の速達便を使っていたらしい。
国外チームが速達便を出せるのは、二泊目の村からとなる。
最初に宿泊した村は、宿屋もないような小さな村で、ギルドもなかったから。普通の旅であれば、最初の村は通過して、これから向かう二番目の村が最初の宿泊地となっただろう。
でもライナスの最初の遠征のときには、人数が多すぎて著しく機動性が低かった。そのせいで、宿場町を経由するだけでは足りず、宿屋もないような小さな村にも立ち寄っていた。今回は、前回の遠征で立ち寄った村すべてを訪ねていく予定なので、普通の旅に比べると、かなりのんびりした旅程となっている。
面白いことに、旅程がのんびりしていることに関して、ライナスは文句ひとつ言わない。調査隊の人数が増えることには、あれほど不満たらたらだったくせに。
基準が謎だ。




