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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第二章 調査

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04 壮行会 (3)

 その後も、ライナスの暴露はとまらない。


「俺は短気だから、すぐカッとなるんだけど、鈍くさすぎて体がついていかなくて、くやしくてくやしくて、本当にしょっちゅう泣いてばかりいましたね」


 ここまで本人が赤裸々に暴露するに及んで、ついに私は軌道修正を諦めた。

 諦念のため息をこぼす私とは対照的に、魔獣ハンターたちは得心したようにうなずいている。社交性に優れた彼らは、ライナスの話を聞いても笑わないどころか、そこに美点を見いだした。


「勇者に選ばれるような人は、子どもの頃からそれくらい闘志にあふれてたんですね」


 魔獣ハンターたちのこの感想に、私は目からうろこが落ちる思いがした。

 短気でしようのないやつだと思っていたけれども、それを「闘志」と言い換えると、確かに勇者の資質のひとつのように思えてくるから不思議だ。きっと実際、そうなのだろう。だってすぐに諦めて自分から折れてしまうようでは、魔王と戦うなんて無理な話だ。

 その点ライナスは、人並み外れて負けず嫌いだ。こうと決めたらどれほど大変な思いをしようとも、必ずやり遂げる忍耐強さを持っているのは間違いない。


 それから話題は「勇者の覚醒」に移っていく。

 ライナスが覚醒したときの、天から光のしずくが降り注ぐ現象は、国外でも同様に見られたそうだ。ただし、さすがにライナスを包んだ白い光の柱までは見られなかったらしい。あれを目撃できたのは、国内限定だったようだ。


 魔獣ハンターたちは、あれは勇者が覚醒したときに起きる現象だと知って、興味深そうにしていた。彼らはこれまで、あれは勇者が見つかったときの現象なのだと思っていたそうだ。ライナスに限って言えば、そう間違ってもいない。彼は聖剣を抜いたのと同時に覚醒してしまったから。

 ライナス以外の勇者たちは全員、聖剣を抜いてから覚醒するまでに数年の鍛錬が必要だった。そう説明すると、魔獣ハンターたちは口々に「すごいな」と感嘆の声を上げる。


「俺には、勇者なんて絶対なれないわ」

「俺も無理」

「覚醒するほどの鍛錬を、勇者に選ばれる前からしてたってところが、すごすぎる」


 彼らの賛辞に、ライナスは苦笑した。


「もとが大きく人並み以下だったから。せめて人並みを目指していたら、覚醒しちゃったってだけです」


 これは、初めて聞いた。そんなことを考えて、あんなに頑張っていたのか。

 それを聞いて、ふと思い出したことがあり、ライナスに尋ねてみる。


「そう言えば、ライは子どもの頃から馬に乗ってたわよね。それも足が遅かったから?」

「うん。まあ、そうだね」


 ライナスがうなずくと、魔獣ハンターたちから「おお、さすが貴族のお坊ちゃま」と茶化すような声が聞こえてきた。平民だと、なかなか馬を子どもに与えるほどの財力はないから、茶化したくなる気持ちはわかる。

 話を聞いていて、ライナスにとっては、読書も乗馬と同じようなものだったのだろうか、と思った。読書なら、足が遅くても関係なく、人並みにできるから。ハンデがなくて楽しかったのかもしれない。


 そのまま、今度は乗馬が話題になった。

 魔王城からの帰途で、私が付け焼き刃の乗馬術でとても苦労したことを話すと、「馬は結構、乗り手を見るよねえ」と笑いながら同情してくれた。魔獣ハンターたちは全員、大人になってから馬の乗り方を覚えたくちだから、私の苦労も実体験として理解できるようだ。


 彼らは、魔獣ハンターとしてもレベルの高い人たちだった。それは「馬に乗れること」が入っていたせいらしい。というのも、駆け出しのハンターには馬を持てるほどの稼ぎなんてないからだ。馬を持っていなければ、乗馬の必要もないから覚えることもない。

 だから「馬に乗れる者」とは、「馬を持てるだけの稼ぎがある者」という意味でもある。そして「稼ぎのあるハンター」とは、当然ながら「それなりに腕に覚えのあるハンター」なのだ。


 彼らも乗馬を習いたての頃には、馬になめられることもよくあったと言う。いろいろな笑い話を聞かせてくれた。道端の草を食べに行っちゃう、なんていうのは、割と定番の失敗らしい。自分だけじゃないと聞くと、少し安心する。

 それに、魔王城から帰ってくるひと月の旅の間に、私の乗馬技術もそれなりに向上していると思う。まあ、あくまでも「それなり」でしかないんだけど。やっぱり、ライナスには遠く及ばない。あれはもう、次元が違う。


 こんなふうに私たちが魔獣ハンターたちと楽しく談笑している間、ジムさんはあちこちの話の輪に如才なく均等に顔を出していた。さすが雑用係を自称するだけあって、働き者だ。

 本当ならライナスや私にそういう気配りができるとよいのだろうが、少しでも政治的な思惑が絡みそうな場所では、うかつに手を出さないことにしている。だって、無能な働き者ほど始末の悪いものはない。だから政治的に無能な自覚がある私たちは、よけいな手も口も出さないのだ。ジムさん、がんばって。


 壮行会が終わった後、ライナスと私は隊員たちが帰るのを見送ってから、少しだけジムさんと話をした。ちゃんと社交をこなしたジムさんと、情報を交換するためだ。交換すると言っても、私たちに出せる情報なんて大してないから、基本的にはもらうだけ。それから必要に応じて、アドバイスという名の指示を受ける。


 ジムさんの所感は、こうだ。


「二名派遣してきた国は、一応、要注意かなあ」

「そうなんですか?」

「うん。まあ、あくまで『一応』念のためね」


 要注意って、何に注意すればいいんだろう。警戒すべき点に見当がつかず、顔を見合わせるライナスと私に、ジムさんは笑いながら説明してくれた。


「魔獣ハンターたちは、もう心配してないんだよ。聖女が既婚者とわかった時点で、彼らはもう調査に専念する方向に舵を切ったはずだからね」


 思ってもみないことを言われて、私は目をパチクリさせる。

 確かに言われてみれば、「平民出身の聖女だと聞いてたのに、結婚しててがっかり」みたいなことを何か言っていた。でもあれは、社交辞令というものじゃないのかな。男の人って、そういう冗談を褒め言葉の代わりによく言うじゃない?

 でもジムさんは、そうは思っていないようだ。


「あわよくば聖女を取り込みたい、という思惑は各国ともあったと思うよ」


 だから魔獣ハンターたちは全員二十代という、聖女との婚姻に適した年齢層であり、容姿、性格ともに女性受けしそうな人物が選び抜かれているはずだ、とジムさんは言う。なるほど、思ってもみない視点だった。でもそう言われてみれば納得してしまいそうなほど、人好きのする人たちではある。


 ただ、一般的な話として、女性受けする人というのは、協調性や社交性が高い人でもある。だからジムさんの言うとおりなのか、ただ単にライナスの出した条件を満たす人が選ばれただけなのかは、私には判断がつかなかった。

 そして全然わかってないながらも、ジムさんの「一応、念のため要注意」という警告に神妙にうなずいておいたのだった。

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