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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第一章 帰還

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34 勇者の婚礼 (4)

 屋外の光景がいつもどおりに戻ると、王太子さまが大きく手を打ち鳴らした。

 外の景色に夢中になっていた人々は、その音によって夢から覚めたかのように注意を屋内に引き戻される。人々の注目が集まるのを待ってから、王太子さまは高らかに宣言した。


「ここに史上初めて魔王が真実封印された」


 王太子さまが拍手をすると、参加者たちも戸惑った表情ながらそれに続いて拍手する。


「そしてたった今、みなが目にしたとおり、魔王を封印した者こそが勇者ライナスの伴侶にしてローデン家の後継者、聖女フィミアだ」


 そして王太子さまは、これまでの魔王討伐の真実について語り始めた。つまり魔王が勇者の姿形を盗み、それに惑わされて間違ったほうを封印してきたという、魔王討伐の歴史を明らかにしたのだ。


 もっともこの説明の仕方だと、聞いた人は間違いなく「お姫さまも騙されてしまったのだな」と思うだろう。要するに、王家に都合よく話を切り取って説明しているわけなのだ。とは言え少々説明不足ではあるものの、嘘は言ってない。お姫さまはともかく、少なくとも最初の討伐では本当に単純な取り違えだったのだから。


 王太子さまの話が終わる頃、「そう言えば王女殿下はどちらに……?」とお姫さまの所在を気にかける声が出始めた。ここでもジムさんはそつがなかった。王女さまのことを話題にした人に対して、周りにも聞こえる程度の声量でこう説明したのだ。


「あの子は伴侶だと信じていたものが魔王だったことに衝撃を受けて倒れてしまったので、さきほどホールから連れ出しました。今は別室で休ませています」


 話している内容の八割がたはまんざら嘘じゃないところがすごい。

 周囲の人々の口から口へ、またたく間にホール中の人々に話が伝わっていた。


 今日の捕り物というか封印をお姫さまが知らなかった件は「封印に失敗した責任もあるので、かわいそうだが、魔王を油断させるために今日まで彼女には真実を伏せてあった」と説明していた。

 実際そのとおりなのだけど、それだけ聞いた人は「お姫さまはあれが魔王だとはご存じなかった」と誤解するだろう。何と言うか、印象操作に隙がない。それでいてほとんど嘘は言っていない。優秀な王族の本気の話術は、さすがとしか言いようがなかった。

 これまで「気のいいお茶目なお兄さん」でしかなかったジムさんの印象が、私の中でがらりと変わった瞬間だった。


 王太子さまが「魔王を真実封印したことの祝賀会とローデン家の後継者のお披露目を兼ねて、勇者と聖女の婚姻披露を行う」と宣言し、この後はライナスと私がこの場での主役となった。


 いろいろな人たちが入れ替わり立ち替わり話しかけていく。

 以前伯父さまから名前と簡単な人物評を教わっていたおかげで、要注意人物に対しては心の準備をすることができた。


 けれどもやはり、社交の場というものにライナスも私も慣れていない。うかつなことを口にしないよう細心の注意を払った結果、我ながら大変に口数が少なくなってしまった。


 後日、この場にいた人たちからは「『寡黙な勇者』の奥方は、慎ましやかで奥ゆかしい」と言われていたと聞いて大笑いした。ライナスが別に寡黙じゃないのと同様に、私だって奥ゆかしくも何ともないのに。ライナスが「寡黙な勇者」と呼ばれるようになった経緯を聞いたときには面白がっていたものだけど、実際に同じ立場に立ってみれば私も似たようなものだった。


 それでもライナスが勇者として王都に来たときとは違い、私の近くには常に伯父さまやご領主さまがついていてくださる。お兄さまやジムさんも、私たちが対応に困りそうになるたびにさりげなく声をかけて話題を引き取ってくれた。

 これを誰にも助けてもらえず全部ひとりで対応していたライナスは、どれほど大変だったことだろう。


 とは言え、ぶしつけな質問をされたり、図々しい申し入れをされたりといった、対応に困ることがあったのは最初のうちだけだった。

 次第に当たり障りのないことしか話しかけられなくなる。理由は、ジムさんが世間話を装ってこんなことを話したせいだ。


「彼女の持っている本は、なんと『裁きの書』という神聖具なんだよ。裁きの天使が持つと言われている本と同じ名前だね」


 ジムさんは本当のことしか言っていない。

 確かに名前は一緒なのだ。中身は違うけど。


 天使の持つ「裁きの書」にはすべての魂の善行と悪行が記されていると言うが、これには王さまのことしか書かれていない。少なくとも今のところは。

 でもジムさんの言葉を聞いた人は、たぶん中身も一緒だと思ったはずだ。後ろ暗いところのある人や、よからぬ下心を持つ人ほど、これを聞いて私たちに対する姿勢を改めたのだと思う。下手に不興を買って、自分の行いを暴かれてはたまらないから。


 おかげで、後半は比較的平穏だった。

 でも疲れた。


 宴席がお開きになった後、王宮内に用意された客室で着替えた。けれども、まだ帰れない。

 王太子さまから晩餐に招かれているからだ。


 封印の段取りに関わった者たちだけの晩餐会だ。

 参加者は王太子さまご夫妻とジムさん、ご領主さまご夫妻とお兄さま、伯父さま、そしてライナスと私だけ。「身内ばかりの気軽な食事会だから、平服でどうぞ」と聞いてはいるけれども、場所が場所なので平民の感覚で服を選ぶわけにいかず、ご領主さまの奥方さまにお願いして選んでいただき、持参した。選ばれたのは、やっぱり私から見たら立派に豪華なよそ行きだった。


 着替え終わってしばらくしたら、ライナスが部屋へやって来た。

 彼もすでに着替えている。軍服っぽい仕立ての服から、準礼装の服に変わっていた。


「ライ、こういうのもすてきね」

「かっこいい?」

「うん。婚礼衣装もよかったけど、これも同じくらいかっこいい」


 襟元のスカーフを、ひだがきれいに見えるよう少しだけ直してあげる。こういう世話を焼いてあげると、なぜかいつもすごくうれしそうな顔をするのがかわいい。本人には絶対に言わないけど。「かわいい」は禁句なのだ。どうも褒め言葉として「かわいい」はお気に召さないらしい。


「もう終わったんだから、キスしてもいいよな」

「いいと思う」


 ライナスは私を抱き寄せて顔を近づけてくる。私が目を閉じようとしたその瞬間、部屋の扉を叩く音がした。不意をつかれたライナスと私は、身体を跳ねさせる。

 何と言う既視感。


 返事をすると、扉が開いて王宮の侍従が声をかけてきた。


「お待たせいたしました。お食事の準備が整ってございます。今からご案内できますが、いかがでしょうか」

「はい、お願いします」


 私が侍従に返事をすると、ライナスは目を伏せて、軽くうつむいたまま口もとをわずかにムッとへの字に曲げた。

 あ、すねた。


 ライナスの腕をとって侍従の後ろをついて行きながら、私は内緒話をするときのように反対の手でライナスに向かって小さく手招きした。彼は怪訝そうに首をかしげながら、顔を寄せてくる。その頬に手を添えて、さっと素早く触れるだけのキスをした。いたずらが成功したときの得意顔をライナスに向けると、彼も口もとに小さく笑みを浮かべた。

 ご機嫌は直ったようだ。

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