30 取り戻された後継者 (3)
伯父さまはジムさんたちの調査に協力する傍ら、王さまの治療のために頻繁に王宮に通う必要もあって忙しそうだった。私たちの計画のためには、王さまの健康状態も重要だったからだ。余命が少ないのは自業自得なのだけど、それはそれとして計画がすべて完了する前に崩御されるといろいろな催し物がすべて延期されることになり、計画を立て直す羽目に陥る。
だから封印が終わるまでは、何としても生きながらえていただく必要があった。
一度だけ、伯父さまが治療のため王宮に上がるのに同伴した。王さまの治療にどうしても浄化の上級魔法が必要だったからだ。
私はそ知らぬふりで「お初にお目にかかります」と挨拶をした。
ほっとしたことに、王さまはこれが初対面だと信じたようだった。
天使の振りをして部屋を訪ねたときから半月も経っていないのに、王さまは随分と老けて小さくなってしまったような印象を受けた。
「そなたがウィリアムとジュリアの娘か。ジュリアの面影もあるが、父親似だな」
「はい。よくそう言われます」
王さまからかけられた言葉に、私は笑顔になって返事をした。
伯父さまやご領主さまには「容姿が母の若い頃に生き写し」と言われているけれども、実は私は子どもの頃から周りからは父親似だとよく言われていた。だから母に生き写しと言われても、あまりピンと来ていなかった。
もちろん親子だから顔立ちに似たところはあるだろうけど、性格は断然父親似なのだ。几帳面そうでいて、案外いろいろなところが大雑把。お茶目で人なつこい母に似たのは、弟のほうだった。そうした性格の違いは、表情や雰囲気にも表れているはずだ。
初めて顔を合わせたときには母と見間違えていたくせに、今は父親似と言われるのが何だか不思議でおかしかった。
王さまは少しの間じっと私の顔を見つめてから、言葉を続けた。
「そなたは、さぞや余を恨んでいるのだろうな」
「え? どうしてですか?」
質問内容に驚いて目を丸くし、反射的に質問を返してしまった私に、王さまは不可解そうな顔をした。
そんな顔をされても、別に私は王さまに個人的な恨みはない。好きか嫌いかで言ったら決して好きにはなれないけれど、かといって恨んでいるわけでもないのだ。
「そなたは両親の話を聞いていないのか」
「伯父に引き取られる前に、簡単な事情は聞かされています」
「だったら普通は恨むだろう」
「そうですか? 確かに陛下と両親の間にはいろいろあったのでしょう。でも私は両親から愛情をたっぷり注がれて、しあわせな家庭で育ちました。だから私が生まれる前に何かあったのだとしても、特に恨む理由にはなりませんよ」
王さまはなぜか呆然として「しあわせ、だったのか……」とつぶやいた。
そのつぶやきに対して「はい」とうなずくと、王さまは納得していない顔で私に尋ねた。
「だが暮らしは貧しかったのだろう?」
「とりたてて裕福ではありませんでしたけど、貧しくもありませんでしたよ。平民の中ではどちらかというと余裕のあるほうだったと思います」
王さまの質問に答えながら、私の頭の中には「恨む」という言葉から連想してひとつの顔が浮かんできてしまった。私から家族を奪った、あの魔獣ハンターの男の顔だ。あの男のことなら、確かに恨んでいる。何があろうとも許せる気がしない。
私がほとんど無意識に顔をしかめてしまったのを見て、王さまが嘆息した。
「やはり恨んでいるのであろう」
「あ、いえ。今のはちょっと、全然別のことを思い出してしまっただけです」
「そんな顔をするような何を思い出した?」
王さまにうながされて、あの魔獣ハンターの男のことと、家族を失ったときのことを話した。
「ああ。ウィリアムも言っていたな。余に殺された、と」
間接的には確かにそのとおりなのだけど、わざわざ言うことでもないので私は黙って聞いていた。この件に関して、私が恨んでいるのはたぶんあの男だけだ。あの男をかばいだてした親族や、それを王さまにねだった愛妾や、おねだりに気前よく法を曲げた王さまについては、腹が立つし許せないとは思うものの、恨むとまで言うには少し因果が遠いような気がした。
王さまはじっと何か考え込んでいたが、しばらくすると私に深々と頭を下げた。
「すまなかった」
王さまの行動に当惑した私は、隣で静かに立っている伯父さまの顔を見上げた。伯父さまは眉を上げて小さく首をかしげてから、肩をすくめてみせただけだった。
何と言ってよいのかわからず黙ったままでいると、王さまは頭を上げてから言葉を続けた。
「余がそなたにできる償いが何かあれば、教えてくれないか」
「そうおっしゃられても……。何をしてくださったところで、両親も弟ももう帰っては来ませんし」
「そうだな。ウィリアムも同じようなことを言っていた」
返答に困って伯父さまの顔をもう一度うかがうと、かすかに皮肉げな笑みを浮かべ、勇気づけるように私の背中を軽く叩いた。私よりもずっと伯父さまのほうが物申したいことがありそうな気がした。けれども、尋ねられたのは私だ。伯父さまの気持ちを慮りながら、ゆっくりと言葉を探した。
「もしもお願いを聞いていただけるなら……」
「何だ? 申してみよ」
「犯人を法にのっとって裁いてください」
「そんなことでよいのか」
私の答えに、王さまは意外そうな顔をした。
「はい。そして犯人をかばいだてした者たちも、殺人幇助の罪できちんと裁いてください。その上で、その者たちの財産の中から被害者やその家族に対して、今後の生活に困ることのないよう相応の慰謝料を払わせてくださるとありがたく思います」
「わかった。約束しよう」
王さまの素直な返事に、何だか拍子抜けした。
なぜなら、自分でもずけずけと言いたいことを言った自覚があったから。王さまが怒り出したらどうしようかと、内心では少々身構えていたのだ。
初めて顔を合わせたときとは打って変わってまともに話ができそうな様子に、少しだけ王さまを哀れに思う気持ちがわいた。それでつい、言わなくてもよい言葉を口にしていた。
「陛下、大丈夫です。天はすべて見ていますから」
「そのようだな」
「陛下は神殿の鑑定板に手をかざしたことはおありですか?」
「ああ、あるぞ。結婚したときに」
「では犯人を裁いた後に、かざしてごらんになるとよいかもしれません」
怪訝そうな表情の王さまに、最近ライナスと一緒に発見した鑑定板の情報について簡単に説明した。
鑑定板に手をかざすと、かざした者の名前とその伴侶の名前が表示される。この名前の表示色には、意味があった。たいていの者は白い文字で表示されるが、ごく稀に名前に色がついていることがある。
救った命の数が多いほど青く、奪った命の数が多いほど赤く色がつく。少々のことでは色が変わらないので、赤く色づいているのはよほどの凶悪犯だ。一方で、薬師は名前が青くなりやすい。ライナスは勇者として覚醒したばかりの頃は名前が白かったけれども、討伐が終わった後は青くなっていた。
だから王さまに償う気持ちがあってしかるべき行動を積み重ねていけば、名前の色が変わる可能性があると思ったのだ。あくまで私は、王さまを励まそうと思って言ったことだった。まさかそれが、王さまを改めて絶望の淵に突き落とすことになるだなんて、思ってもみなかった。
後日、大神殿の鑑定板に手をかざした王さまは、ご自分の名前の色が血に濡れたように真っ赤なことに衝撃を受け、今にも倒れそうなほど顔色を失っていたとジムさんから聞いた。
ジムさんはその話をしながら「さすが裁きの天使。優しそうな顔して、情け容赦もないな」と大笑いだった。情け容赦もないのは、ご自分のお父さまのことなのに笑い話にしちゃってるジムさんのほうだと思う。
私は追い打ちをかけるつもりなんて、全然なかったのに。結果的にそうなっちゃったみたいだけど。




