25 裁きの天使 (2)
消え失せたはずの私たちと顔を付き合わせた王さまは、驚愕に目を見開いて息をのんだ。
もし悲鳴を上げようものなら補助魔法の「沈黙」をかけてやるつもりだったのに、王さまはぱくぱくと口を開けたり閉じたりしながらも声は出さなかった。しばらくその様子を黙って見てみると、やがて王さまは一度口を引き結んでから、じろりとこちらをにらみながら尋ねてきた。
「お前たちは何者だ」
答える代わりに、ライナスと私はフードを外して顔をさらした。今のライナスは、父の姿をとっている。
王さまは再び目をむいた。
「ジュリア!」
私に向かって伸ばされた王さまの手を、ライナスは容赦なく叩き落とした。
「ウィリアムか? 何をしに来た?」
「お前に、天の裁定を告げに」
「は?」
王さまに指一本触れられたくない私は、手を伸ばされただけでも気持ちが悪く、眉間にしわが寄るのを抑えられなかった。でも不快な気持ちを隠せなくても、役割の上では何も問題ない。
私は表情を取りつくろうことなく、割り当てられた台詞を口にした。
「あなたはもうじき死にます。そのときあなたの魂がどこへ行くのか、あなたに知らせに来たのです」
「何だ、天使気取りか。余の前から消えてどこへ行っていた?」
「答える義理はありませんが、教えてあげましょう。もちろんウィリアムのもとへです」
「どうやって?」
「天に願い、天の祝福によって。私たち二人は、天に祝福されていますからね」
私とライナスは顔を見合わせ、微笑みを交わした。
台詞を口にしながら、結婚指輪を祝福してもらうためのタペストリーを母が私に遺してくれたことを思い出した。私がライナスを助けに行けたのは、あのタペストリーのおかげだ。母は自分自身が祝福の恩恵を受けたから、私にも遺してくれたのだろう。その心情を思うと、じんと胸にくるものがある。
そんな私の感傷をよそに、王さまは苛立たしそうにこちらへ詰め寄ろうとするそぶりを見せた。
近づかれるのも不快なので、そっと「鈍足」の補助魔法をかける。それに気づいたライナスが王さまの肩を軽く突き飛ばすと、王さまはバランスを崩してたたらを踏み、しりもちをつくようにしてソファーに倒れ込んだ。もうそのまま動かないでいてほしい。
ライナスは数歩下がって王さまと距離をとってから、天使になりきって厳かに告げた。
「さて、無駄話はここまでにして、裁定を告げよう。お前の死後の行き先は、地獄だ」
「ばかな!」
「当然の結果だろう?」
「生まれてこのかた、悪いことなどひとつもしたことのない余が、地獄に落ちるわけがなかろう」
「え」
王さまの言葉に心の底からびっくりして、思わず素のままの声が出てしまった。
本気で「悪いことなどひとつもしたことがない」と思っているのだろうか。王さまの顔を探るようにじっと見てみたけれども、どうも真剣にそう思っていそうな気がしてきた。手に負えない。呆れて私は言葉を失ったが、ライナスはあまり彼らしくない、まるで父のような静かな声で会話を続けた。
「裁きの天秤を見てみるがいい。さおが垂直に傾くほどお前の悪行は多く、善行は少ない」
「そんなはずがあるまい」
「ならば聞け。お前のしてきたことと、その結果を」
ライナスに目配せされて、私は手にしていた厚い本を開いた。
この本は、ジムさんと伯父さまがまとめ上げたものだ。王さまの犯してきた間違いとそれが引き起こした結果が、時系列に書かれている。なかなかすごい量だ。その中ほどには、両親の死に関わった例の魔獣ハンターの件も含まれている。
これを全部読むのかと思うと気が遠くなりそうだ。でもこのために今日という機会を設けてもらったのだから、頑張らなくては。
少々げんなりしながら最初のページを開いて、私は目をまたたいた。
そこには集計値が書かれていた。とりあえず、素直に読み上げる。
「殺された者の数、五百十三人。人生を破壊された者の数、のべ二万九千三百十四人」
具体的すぎる数字に、ちょっと引く。どうやって算出したのか知らないけど、執念がすごい。
ちらりと視界の端に王さまの姿を確認すると、見るからに物言いたげで、食ってかかって来そうな気配がびしばしする。読み上げる間くらい暴れず静かに聞いてほしいので、補助魔法の「沈黙」と「麻痺」をかけておいた。上級の補助魔法には、使いようによっては凶悪なものが結構ある。
「『殺された者の数』には、違法な行為により直接的または間接的に命を奪われた人間の数を計上した。法にのっとって処罰することにより命を奪われた人間の数は含まれない」
注意書きまで、妙に厳格だ。
でも今は、そんなことを気にしている場合じゃない。とにかく読み上げる。
王さまの最初の罪は、一番目のお妃さまを冤罪で処刑したこと。
現在の王妃さまである大国の王女を迎えるため、当時のお妃さまを不義密通および、国王暗殺の反逆罪という冤罪をかぶせて処刑した。しかも実家の力をそぐために、不義密通の相手として彼女の実兄を挙げ、一緒に処刑した。
彼女との間には娘がひとりいたが、実際にはれっきとした嫡出子であったにもかかわらず、近親相姦による私生子として彼女の処刑後に実家に引き渡した。この後、彼女の実家の者たちは生活に困窮することとなる。
この件で王さまに殺された者の数は二人、人生を破壊された者の数は九人。
こんな調子で、罪の記録が延々と続く。
よくもこれで「悪いことなどひとつもしたことがない」なんて言えるものだ。
それをひたすら読み上げる。
母を無理やり召し上げた件も、もちろん出てくる。
ただしこの件に関しては殺された者はなし、人生を破壊された者が七名いるだけ。
やがて両親と弟の死にかかわる例の魔獣ハンターが登場した。
あのハンターが初犯でなかったことは聞いていたけれども、本の記述によれば私たちの村で起きたあの事件の前にも、別の村で同様の事件を起こしていた。そしてそちらの村では、私たちの村とは比較にならない規模で被害が出ていた。
このハンターを、王さまが法を曲げて見逃したことで被害に遭って亡くなった者の数は二十六人、人生が破壊された者の数は七十五人。
目は本の文字を追っていたのに、私の口は勝手に言葉をつむいでいた。
「この死者二十六名のうちには、私たち夫婦と十一才だった息子が含まれています」
「つまり私たちはお前に人生を破壊された末に、殺されたというわけだ」
私のあとに流れるようにライナスが言葉を続けた。
その言葉を聞いた王さまは、顔色を悪くして目を見開き、何かを言おうとして口を開いたけれども「沈黙」が効いているから声は出なかった。




