23 ローデン公爵家 (4)
翌日、ご領主さまと王子さまがローデン家のお屋敷を訪ねていらした。
今後の相談のために集まる約束になっていたのだ。私とライナスをかくまうのに適した場所は、こうした相談に都合のよい場所でもあるのだった。
ライナスからご領主さまと王子さまに、王さまの健康状態についてお話しした。
話を聞くと、王子さまはあっけに取られたような顔をした。
「え、それ本当? 先が長くないって、寿命の話だよね? 『あと四十年くらいしかない』とか、そういう笑えない冗談じゃないんだよね……?」
「はい。私の見立てではあと二、三か月、もっても半年ほどかと」
王子さまが驚くのも無理はない。たぶん、ぱっと見にはお元気そうなのだろう。
回復魔法を使ったからだ。
感染症に対しても、回復魔法を使うと表面的には改善する。一時的には病状そのものも改善する。けれども回復魔法により病原体が活性化してしまうから、後から病状が悪化するのだ。しかも病状が表面に出にくくなるので、正確な診断をするためには魔法が必須になる。
けれども一般的に薬師は魔法など覚えていないものだし、魔法が使える貴族は薬師のような医療知識は持たないものだから、その状態の患者を正しく診断できる者は現実的にはほぼ存在しない。伯父さまのような例外を除いては。私にもできてしかるべきなのだけど、経験が乏しくてちょっと自信がない。
とにかくそんなわけで、悪化させるのみならず、一般的な薬師の手に負えない状態にしてしまうから病気に対して回復魔法を使うのは忌避されるのだ。
もちろん王子さまはそんなことをご存じなく、表面的な状態しか判断材料がない。だから王さまの病状がそこまで悪化しているとは、にわかに信じがたかったのだろう。
伯父さまから王子さまに、回復魔法を使うに至った経緯とその結果について説明すると、王子さまは呆れたように肩をすくめた。
「なるほど、父の自業自得だね。手を煩わせて申し訳なかったけど、感謝します。お礼に、というか昔のことのお詫びもあるし、僕にできることがあれば何でも言ってください」
「いや。お気持ちだけで結構ですよ」
せっかくの王子さまの申し出に伯父さまがあっさり返すのを見て、私は少しあわてた。
ここは協力していただかないと。
「伯父さま、せっかくですからジムさんに協力していただきましょうよ」
「うん? なになに?」
私の言葉に、ジムさんは好奇心で目をきらきらさせて尋ねてきた。
この気安すぎる王子さまは、もうすっかり私の中で「ジェームズ殿下」などではなく「お兄さまのお友だちのジムさん」となってしまっている。
「今さらでもいいから、国王陛下に今までご自分のしたことを振り返って心から悔いていただきたいんです。何かいい案はありませんか」
「ああ、なるほど」
好き放題した挙げ句に自業自得で死なれたら、被害者にしてみると怒りのやり場がないことは理解してくださったようだ。このかたは本当に、よい意味で普通だ。同じ両親から生まれた兄と妹でどうしてこんなに違うのか、不思議で仕方がない。
少しの間ジムさんはあごに手を当ててうつむき加減にじっと考え込んでいたが、やがて顔を上げると口の端をつり上げて皮肉げな笑みを浮かべた。
「父はね、あれでとても信心深いんだ」
「そうなんですか」
信心深くて行いがあれなら、もはや改心の余地などどこにもない気がする。私は肩を落としてため息をついた。
ところがジムさんの考えは違ったようだ。
「だから天使に罪を突きつけられたりしたら、心底震え上がるんじゃないかな」
「もっとこう、現実的な案でお願いします……」
「え。大真面目に現実的な案として言ってるんだけど」
まったく悪びれないジムさんに、うさんくさいものを見る目を向けてしまった。
「本物の天使にお出まし願う必要はないんだよ。父が天使だと信じ込めばそれで十分なんだ」
そう言われると、実現可能な案のような気がしてくるから不思議だ。
ただし騙しきるには、高度な演出と演技力が不可欠ではないかと思う。いったい誰が天使役をやるのか。役者でも引っ張ってくるつもりなのだろうか。
「執着したのに逃げられた女性が天使になって断罪に来るって、なかなかこたえそうじゃない?」
執着したのに逃げられた女性、と言われると母しか思い浮かばない。
私がジムさんの言葉の真意を量りかねて首をひねっていると、伯父さまがじっと私の顔を見つめてからうなずいた。
「なるほど。そしてちょうどジュリア役に適した娘がここにいる、というわけですね」
周りの視線が自分に集まっているのを感じて、私は目をまたたいた。
さすがに私もここまで言われれば「ジュリア役に適した娘」が自分のことを指しているのはわかった。でも、それに同意できるかどうかはまた別の話だ。
「私じゃ天使だなんて信じていただけない気がしますけど……」
「いや、これ以上の適任はいないでしょ」
ジムさんが請け合うと、私の困惑をよそにその場にいた全員が同意してうなずいた。
「こういうのは演出次第なんだよ。本当に信心深いなら簡単に信じ込むと思うよ」
ライナスまでもがしたり顔でわかったふうな口をきく。
全然納得できない私を置いてけぼりにして、ジムさんとライナスは具体的な相談を始めてしまった。王さまの私室に入り込む手段に始まり、衣装や小道具のことまで。
ジムさんはすっかりノリノリだ。村の悪童どもが肝試しを企画しているときのノリに限りなく近い。なんというか、やる気があふれすぎている。どうしてこんなに乗り気なんだろう。
戸惑い半分、呆れ半分の気持ちで二人のやり取りを黙って眺めていると、話し合いがひと区切りしたのかジムさんが顔を上げて私のほうを見た。そして申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「尻馬に乗った挙げ句に、実行役を押しつけてごめん。でも本当に適任だと思うんだ」
「尻馬?」
この場の全員に適任だと言われてしまったので、天使役についてはもう諦めた。けれどもジムさんの言葉の前半部分の意味がよくわからなくて、私は首をかしげた。
「うん。頼まれるまでもなく、仲間に入れてほしい内容だったってことだよ。あの父がしたい放題した挙げ句にただ自業自得で死んでいくんじゃ、被害を受けた人々があまりにも報われない。せめて生きているうちに、少しでも後悔というものを知ってほしかった」
ジムさんの苦々しげな声に、この計画にこれほど乗り気な理由が見てとれた。このかたは誰から見ても恵まれた身分に生まれ育っていらしたけれども、ご家族には恵まれていなかったのだろう。そう思い至ると、気の毒に思った。田舎で平民の子として生まれ育った私のほうが、たぶんずっと幸せな子どもだったと思う。
そんな話を交えながら実行計画を練っている私たちの横で、伯父さまとご領主さまは何やらまた別の相談をしていらしたのだった。




