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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第一章 帰還

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22 ローデン公爵家 (3)

 私の疑問を読みとったように、伯父さまは答えた。


「陛下はね、たびたび私を呼びつけては回復魔法を使うようお申しつけになったんだよ」

「えっ……」


 感染症に対して回復魔法は禁忌だ。伯父さまがご存じないはずがない。

 感染症患者は、薬を使った治療を行うのが薬師の常識なのだ。

 感染症にかかった患者に回復魔法を使うと、その場では確かに症状が改善したように見えるものだ。けれどもほとんどの場合、のちのち悪化する。なのにそれをたびたび繰り返したとなれば、すでに手の施しようがなくなっていたとしても何の不思議もなかった。


 伯父さまは寂しそうに微笑んだ。


「軽蔑したかい?」

「────いいえ」


 事情を知らなくても、何かしら理由があってそうしたのだろうことくらいはわかる。その理由だって、まったく想像がつかないわけじゃない。なのに軽蔑なんて、するわけがない。


 伯父さまは、そうなるに至った経緯を話してくださった。

 王さまが発症した最初のうちは、伯父さまが呼ばれることはなかったそうだ。王宮に常勤している侍医団が対応していた。十分それで対応できるはずのものだからだ。


 ところが王さまは、王宮の侍医団の治療に満足しなかった。彼らが回復魔法を使用しなかったからだ。彼らは優秀な薬師ではあっても、必ずしも回復魔法の使い手ではない。それにそもそも、王さまのこの症状に対しては回復魔法を使うべきではない。

 彼らがそれを噛んで含めるようにていねいに説明しても王さまは納得せず、伯父さまが呼びつけられることになった。


 伯父さまも最初は侍医団と同じ説明をしたそうだ。だが王さまは納得しない。

 同じ説明を繰り返しては拒否されるというのを何度か繰り返した末、ついに伯父さまは面倒になった。「決して他言しないと約束するなら、今回に限り魔法を使おう」と口にしてしまい、王さまは即答で話に乗ってきたそうだ。


 そしてまあ、容易に予想のつくことではあるけれども「今回限り」という約束が守られることはなかった。しばらくするとまた伯父さまは王宮に呼びつけられたのだ。そんな王さまでも、「他言しない」という部分は守っているそうなのだけど。さすがにその約束を破ったら二度と回復魔法を使ってもらえない、と思っているらしい。

 それをもう数え切れないほど繰り返しているのだとか。なるほど、それは手遅れにもなるわけだ。


 伯父さまは手にしていたグラスのワインを揺らしながらじっと見つめ、自嘲するようにこう締めくくった。


「つまるところ、私は薬師としての使命よりも自分の復讐を優先したんだよ」

「そうでしょうか。ただの因果応報だと思いますけど」


 少なくとも王さまに関しては、完全なる因果応報としか言いようがないと思う。

 あのかたは、これまでずっと法律を無視して散々好き勝手なことをしてらした。だから超法規な報いを受けたとしても、それは単に自分のしたことが自分に返って来たというだけのことなのだ。

 そもそも伯父さまは誠意を持って治療にあたろうとしたのに、悪化させるようなことを要求したのは王さま自身だ。これを自業自得と言わずして何と言おう。


「そうか。きみはそう思うか」

「はい。ジムさんなんて、お話を耳にしたらむしろ感謝しそうですよ」


 王さまがどのみち先が長くないなら、このかたを「何とかする」ために王子さまがたが後ろ暗いことに手を染める必要はなくなる。

 私がそう説明すると、伯父さまは寂しそうに笑みを浮かべた。


 その笑みを見て、私は何とも言えない気持ちになった。

 伯父さまは、この広いお屋敷にひとりで暮らしていらした。大勢の使用人に囲まれてはいても、奥さまには先立たれ、子もなく、弟は行方知れずで、家族がいない。きっと寂しかったことだろう。なのにその家族を奪った王さまからはたびたび不必要に呼びつけられ、理不尽な治療を要求される生活だったのだ。どれほどやるせない気持ちでいらしたことか。


 それに引き換え、私の両親は身分も豊かな生活も捨ててしまいはしたものの、田舎の片隅でしあわせに暮らしていた。両親と弟が非業の死を遂げたあの日まで、まごうかたなく幸せな家族だった。

 でもそんなことを伯父さまには言えない。心の中で思うだけにして、黙っていた。


「このまま陛下が亡くなったら、私の気が晴れることはないだろうけどね」

「でも、自業自得ですから……」


 伯父さまのつぶやきに対して、おずおずと私が慰めの言葉を口にすると、伯父さまは私の顔を見て小さく笑った。


「ああ。いや、そういう意味じゃない。逆だよ」

「逆?」

「うん。あのかたには死ぬ前に、ご自分のしたこととその結果を十分に思い知っていただきたい。のうのうと天に召されたのでは、こちらの無念が晴れることはないと、そういう意味だった」


 なるほど。私はライナスと顔を見合わせて、うなずき合った。

 そういうことなら、無念を晴らそう。


 私は天の存在を信じているけれども、天罰があるとは信じていない。

 もし天罰なんてものがあるなら、勇者も聖女もいらないはずだから。


 たとえば極悪非道な人間がいたとしよう。そしてその被害者が、悪人に天罰が下るよう天に祈ったとする。でもその祈りは、時間の無駄だ。どれほど一心に祈ろうとも、ただ祈っているだけではその悪人に天罰が下ることは決してない。本当に罰を与えたいと思うなら、祈る時間を悪人を裁くために当てたほうがいい。


 天が何かするのは、放置すると世界が滅ぶ可能性のある場合だけだ。

 たとえば魔王のように。

 その場合でさえ、天が直接的に対処することはない。対処するための手段が与えられるだけ。与えられた手段を用いて、人間は自分たちで何とかしなくてはならない。私はそう思っている。


 私自身は、正直なところ王さまはどうでもいい。

 これ以上好き勝手をさせて被害を増やさないよう手を打つ必要があるとは思うけれども、ただそれだけだ。個人的にどうこうしたいとは、特に思わない。むしろ関わりたくない。でも伯父さまに無念が残るなら、晴らして差し上げたい。


 そして天罰なんてものがない以上、無念を晴らすためには自分たちで出来ることをするしかないのだ。それが天の望む人のありかたなのではないか、と私は思う。

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