21 ローデン公爵家 (2)
ローデン公はしばらく宙を見つめてから、ご領主さまに向き直って頭を下げた。
「弟が大変世話になりました。礼を言います」
それからいぶかしげに、つぶやくようにおっしゃった。
「ではあのときにフィミアと一緒にいたのは、勇者殿だった……?」
「はい、そうです。変装のために、おじさんの姿を借りてました」
気まずそうな顔でライナスが答えた。
それを見て、ご領主さまは助け船を出すようにライナスに声をかける。
「ライナス、閣下には隠さなくていいよ。見せて差し上げなさい」
ライナスはうなずくと、カツラを外してから「姿写し」で父の姿に変わった。
ご領主さまの言葉に怪訝そうな表情を見せたローデン公は、姿を変えたライナスを見て息をのんだ。
「なるほど……」
こうしたやり取りの後、ローデン公は私とライナスのことを「責任を持ってかくまいましょう」と請け合ってくださった。そしてご領主さまご夫妻とお兄さまは、夕食の時間を待たずにご自分たちのお屋敷に引き上げて行った。
ライナスと私にはそれぞれ客室が割り当てられ、夕食はローデン公と共にした。
ローデン公からは「伯父と呼んでほしい」と乞われ、伯父さまと呼ぶことになった。そう呼んではみても、こんな身分あるかたが自分の親族というのが今ひとつピンとこない。
夕食の場では、伯父さまから尋ねられるがままにいろいろお話しした。
両親はずっと偽名を使っていたため、私たちは両親の本当の名前がウィリアムとジュリアだったことも今回初めて知ったこととか。
先日、王都で伯父さまから逃げたときには王都の外で野宿したこととか。
その話をすると、伯父さまは肩を落として眉尻を下げた。
「そうか、私のせいで宿も取れなかったんだね。それは申し訳ないことをした」
「いえ。話も聞かずに逃げてすみませんでした。でも、あのときはわけがわからなかったし、万が一にもフィーに何かあったら困ると思って安全策をとりました」
ライナスの返答に、伯父さまは微笑んだ。
「うん、すばらしい危機管理意識だ。フィミアを護ってくれて、ありがとう」
子どもの頃の話もした。
ライナスがしょっちゅううちに来ていて、私が父から薬師の知識を教わるときに一緒に教わっていたことも話した。だから知識だけなら、ライナスのほうが私よりも上なのだ。
「いや、さすがにフィーより上ってことはないよ」
「ううん、ある」
ライナスは自分の知識を過小評価しすぎている。一度聞いたら忘れないライナスと、一生懸命に頑張っても取りこぼしのある私とでは、比べるべくもないのに。自分の記憶に自信がないとき、ライナスに聞けばいつだって正しい答えが返ってくる。歩く百科事典みたいなものだ。
ただ、一度聞いたら忘れないとだけ聞くとすばらしい特技のように思えるけれども、実は本人にとっては決してよいことばかりではない。
ライナスの神経が繊細なのは、記憶がよすぎるせいだと私は思っている。いやなことを忘れられないというのは、きっとつらいことに違いないと思うのだ。不愉快な記憶についてなるべく考えないように、思い出さないようにすることはライナスにもできるらしい。でも完全に忘れてしまうのは、彼にはなかなかできないことのようだった。
私なんて少々いやなことがあろうとも、ひと晩寝たら次の日にはけろりと忘れているのに。
人間、これくらいの図太さがあるほうがしあわせを感じやすく出来ている気がする。だからライナスは、放っておくと不幸せになりやすい。それを防ぐためには、彼がいやなことを思い出してしまったときに、なるべくうれしいことや楽しいことで気をそらしてあげる必要がある。
私がそんなことを考えている間に、伯父さまはライナスに薬師の知識に関していくつか質問していた。そしてその答えがどれも完璧なのに驚いて、目を見開いた。
「たしかにこれはウィリアム直伝だな。さすがだ」
「ありがとうございます。でもフィーはもっと────」
ライナスが私のことを持ち上げようとするので、私は首を横に振った。
「ないない。私がライより詳しいのは薬草の見分け方くらいだもの」
「ほら。やっぱり本職は知識の量が違うだろ」
伯父さまは、ライナスと私のやりとりをにこにこしながら眺めていらした。
それからライナスと私は、魔王討伐の顛末についても伯父さまに話した。
往路での苦労話はライナスから、封印解除のいきさつは私から。魔王城から故郷へ向かう旅については二人で交互に。
話し終わると、伯父さまは私たちに尋ねた。
「では、きみたちが王都へ来たのは魔王を封印するためなんだね?」
「はい、そうです」
ただし封印するにあたっては、王さまとお姫さまに関連した面倒くさいあれこれを先に何とかしないといけないのだけど。第二王子のジムさん、────もとい、ジェームズ殿下がわざわざ領地までお越しになったのは、その相談のためだったとお話しすると、伯父さまは「なるほど」とうなずいてから笑みを消し、冷めた目をしてつぶやくように言葉をもらした。
「まあ、何をしてもしなくても、もう陛下は先が長くないのだけどね」
「え?」
突然の表情の変化に当惑していると、伯父さまは我に返ったようにまばたきしてから、皮肉な笑みを浮かべた。
「私のような非才の身でも一応ローデン家当主なのでね、陛下の筆頭侍医に据えられているんだよ。だから容態はよく知っている」
「どこかお加減が悪いんですか?」
「複合的な感染症だね。ありていに言うと性病と呼ばれるたぐいのものだよ」
「…………」
なんと言うか、事前に聞いていた人物像を裏切らない病名に、言葉が出なくなった。
でも不思議だ。国王という誰よりも恵まれた地位にある人が、早期に治療を始めれば治せる病気を手遅れになるまで放置するものだろうか。




