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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第一章 帰還

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19 義兄の友人 (2)

 王子さまは、ご領主さまの話に悲痛な面もちで耳を傾けていらした。

 ご領主さまは話し終わると、最後にこう結論づけた。


「だから国王陛下は、ウィリアムとジュリアを二度殺したも同然なのです」


 一度目は、ふたりに身分を捨てさせることで社会的に殺し、二度目は間接的にではあれ、命を奪った。ご領主さまも、お兄さまも、そう考えていらした。

 王子さまは、再び深々と頭を下げた。


「失言でした。私に何か言う資格はありませんでしたね。申し訳ない」

「いや、殿下を責めるために話したわけじゃないんです。ただ、背景を知っておいていただきたかった」


 王子さまが「背景?」と繰り返すと、ご領主さまは「そう、背景」とうなずいてみせ、私のほうを手で指し示した。


「その上で改めてご紹介します。こちらはローデン家の正統なる後継者である、フィミアです」


 突然引き合いに出された私は驚いて、うつむいていた視線を跳ね上げた。その視線を少しさまよわせていると、私と同じくらい驚いている様子の王子さまと目が合ってしまった。

 王子さまはさきほど聞いた話を思い返すように首をひねりながら、いぶかしげにつぶやいた。


「でもさっき、子どもも一緒に亡くなったと────」

「そうです、下の男の子はそのとき亡くなりました。この子はライナスと一緒に留守番していたお陰で助かったんです。とはいえ、本当に間一髪でしたがね」


 王子さまは泣きそうな顔で、私に向かって頭を下げた。


「本当に、父が申し訳なかった」


 私は何と返してよいのかわからず、困り果ててご領主さまのほうを見た。「気にしないでください」とは、とても言えない。でも、かといって王子さまを責める気持ちもないのだ。だってこのかたには何の責任もない。

 ご領主さまが「殿下、フィミアが困っておりますからそれくらいで」と声をかけてくださった。王子さまが頭を上げると、ご領主さまはさらに続けた。


「そしてこの子は、容姿が母親に生き写しなのです。そんな娘が王の目に触れたらどうなるか────。この子がやらねばならないことの障害が何か、おわかりいただけるでしょう?」


 王子さまはきゅっと口を引き結んでから、決意に満ちた声で静かにおっしゃった。


「やっぱり、あの父は何とかしないといけないな」


 つい最近も聞いたばかりの不穏な台詞に、私は目をまたたいた。

 さすがはお兄さまのご友人だ。類は友を呼ぶたぐいのご友人なのだろうか。もしそうなら、とても頼りになりそうだ。


 その後、ご領主さまとお兄さま、王子さまとで今後の相談が始まった。

 私とライナスもその場にはいるけれども、基本的には聞いているだけだ。意見を求められることはないし、求められたとしてもきっと何かしら瑕疵のある案しか出せない。何しろ政治的な事柄に関しては、私たちの知識はあまりにも穴だらけで心もとないから。


 王子さまの考えとしては、封印前にやるべきことは三つあるらしい。

 まず、王さまを何とかすること。

 次に、ローデン家の家督を正統な後継者に戻すこと。

 最後に、ここにいるライナスこそが本物の勇者だと明らかにすること。


 それを聞いて、私は納得しかねて首をひねった。

 一番目と三番目の必要性は、わかる。でも二番目は別にいらなくない? だってすでに当主を継いだかたがいらっしゃるわけで、十年以上もそのかたが当主だったのだから、もうそれでよくない?

 ところがそんな私の素朴な考えは、あっさり王子さまに否定された。


 一般的な貴族であれば、別にそれでよい。しかしこれはローデン家の話である。従ってほかの貴族と同じように考えるわけにはいかない、と王子さまはおっしゃる。


 そもそもローデン家の成り立ちが、希少な回復系魔法使いを保護する目的で爵位を与えられたことが始まりなのだそうだ。権力を持つ者の間で奪い合いになったり、いいように利用されたりするのを防ぐには、その者自身に十分な地位を与えてしまえばよい。

 そういう目的の爵位なので、護るべき対象が後継者となっていないのは問題だ、というのが王子さまの説明だった。


 なるほど筋が通っている、ように聞こえる。

 とはいえ、どれほどの地位が与えられようとも、それよりさらに上の人から無茶を言われれば意味がない。父と母が駆け落ちせざるを得なくなったのは、まさにその理由からではないか。

 口には出さなかった私のその考えを読んだかのように、王子さまは苦笑した。


「言いたいことはわかるよ。だから父を何とかするのが最優先の課題なんだ」


 王子さまもお兄さまも簡単に「何とかする」とおっしゃるけども、どうにかしようがあるものなのだろうか。

 まあ、でも、いざとなったら強行突破した上で実力行使して、ライナスと二人で逃走すればいいか。国外に出てしまえば、きっと暮らしていくのに困ることはない。腕のいい薬師は、いつでもどこでも需要があるものだ。


 そんなことを思いながら目の前で行われている話し合いを黙って聞いていると、本気で「何とかする」ための不穏きわまりない計画が練られつつあった。一応、それなりに穏便な手段で何とかしようとするつもりではいるらしい。あくまで「それなり」に。ライナスと私はもちろん、その計画の主要な人員としてきっちり織り込まれている。


 近いうちにまた王都へ戻ることになりそうだ。

 王都でやらなくてはならないもろもろのことを思うと、緊張で胃が痛む。できれば王さまとは顔を合わせることなく済ませたいのだけど、計画を聞いているとそう都合よくいきそうもない。


 聞いているうちに自分でも顔がこわばってきたのがわかる。

 自分の膝の上に載せた手を、いつの間にかこぶしが白くなるほど固く握りしめていた。冷たくなったその手を、ふいに温かい手が包み込んだのを感じて目をまたたいた。ライナスの手だ。横目でそっと彼をうかがい見ると、こちらに視線を向けることなく私の手を包む彼の手にぎゅっと力が込められた。

 それだけで何だか急に気持ちが軽くなる。


 私もライナスの手を握り返し、そのまま話し合いが終わるまで手をつないでいた。

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