17 両親の過去 (2)
伯父に対して含むところは何もないけれども、祖父に対しては思うことがある。
王を何とかしなければという正義を求める立場から、政治的な思惑はあったことだろう。でも駒にされるほうは、たまったものじゃない。私が母の立場でも、断固拒否したい。動機には理解を示せるとしても、もっと他の方法で何とかしていただきたい。
両親の駆け落ちのいきさつを聞いた私は、ご領主さまに頭を下げた。
「両親をかくまってくださって、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ恩恵が大きかったよ。何しろこの二十年というもの、この村では王都をはるかに上回る国内最高水準の医療を享受してきたわけだからね」
「そうなんですか?」
「きみは他を知らないからわからないのだろうが、そうなんだよ」
私が幼い頃から父から教えられてきた知識や技術は、ローデン家当主に代々伝わるものだったらしい。一般的な薬師とは知識の水準がまったく違うと聞いて驚いた。
「ライナスから聞いたが、きみは魔法書を読んだだけで回復魔法が使えるようになったそうだね」
「はい」
「普通はありえないことなんだ」
「え?」
言われてみれば、魔法書の解説を読んでいて父から教わったことと内容が被っていることが結構あった。あれはつまり、実質的には回復魔法の師について習っていたのと同じということだったらしい。肝心の魔法発動の部分を教わっていなかったから、てっきり薬師なら誰でも学ぶ知識だとばかり思っていた。
ご領主さまの言葉によれば、私とライナスは医術に関しては最高峰の英才教育を受けてきたそうだ。
ライナスは我が家に入り浸っていたから、父は私や弟に何かを教えるときには、彼にも一緒に教えていた。だから彼には、私が薬屋を切り盛りするのを当たり前に手伝えるくらいに薬師の知識があるのだ。回復魔法こそ使えないけど、調薬はできる。
ライナスは物覚えがとてもよくて、一度聞いたことは決して忘れない。私より教わる機会の少ない彼がしっかり覚えているのに自分が忘れていることがあると恥ずかしく、おかげで参考書を読んだりメモをとったりして復習する習慣が身についた。
「回復系の上級魔法も、国内ではウィリアムしか使える者がいなかった」
「え? でも、父が上級魔法を使ってるところなんて見たことがありませんけど……」
「あんなものを使ったら即、正体が露見するからね。封印していたはずだよ」
「ということは、私も使っちゃだめですね」
「…………。覚えてしまったのか」
「はい」
ご領主さまが額に手を当てて天を仰いだので、何かいけないことをしたような気分になった。魔王城の図書室で魔法書を見つけ、読んで覚えたことをお話ししておく。
ご領主さまは「なるほど」と深くため息をついた。
ライナスが子どもの頃に魔法書を手に入れようとしているのに気づいたとき、間違っても私が覚えることのないよう、上級魔法書だけは決して入手させなかったのだそうだ。中級までなら、それでも珍しくはあるけれども、他に使い手がいないわけではない。でも上級はまずい、という判断だった。ライナスも私も値段の問題だと信じていたけど、そうじゃなかった。
やっぱり私たちは二人とも、世間知らずだ。聞かなければ知らないことが多すぎる。勇者となって王都へ出て行った分、ライナスのほうが私よりはずっとましだけど、でも十分ではない。
そして、いろいろなことを聞けば聞くほど王家が嫌いになっていく。
「きみはジュリアの若い頃にそっくりだからなあ。もう王都には近寄らないほうがいい。王の目に触れたら、また何を言い出すかわからん」
「はい……?」
「ジュリアの二の舞になりかねない、ということだよ」
「え、やだ。絶対にいやです」
聞いただけでもぞっとして、隣に座っていたライナスに思わずひしとすがりついてしまった。
でも、待って。
偽ライナスは王宮にいる。それを封印するためには、浄化魔法の使い手が必要だ。だからその役は、私が果たすつもりでいた。なのに今、私は王都に行かないほうがいいと言われてしまったのだ。それは困る。もう封印役を他の人にはまかせたくない。
そのとき、思いついたことがあったのでライナスに尋ねてみた。
「ねえ、ライ。『姿写し』って、自分以外には使えない?」
「使えない」
「残念」
私の姿が変えられたら、それが一番簡単なのに。
王さまとお姫さまのせいで、いらない面倒ばかりが増えていく。
「でも私、もう他の誰にも封印水晶は預けたくない」
「本来、聖女はきみだったはずだしね」
私の愚痴に、ご領主さまが不思議な言葉を返してきた。
意味がわからず首をかしげていると、ご領主さまが説明してくださった。
もし王さまが母に横恋慕したりしなければ、両親は駆け落ちなどすることもなく、ローデン家を継いでいたはずだ。そうすれば両親の子である私は能力を隠す必要もなく、順当に上級魔法まで覚え、当然聖女に選ばれていただろう、と言うのだ。なるほど。
本当にあの王さまは、ろくでもない。
私のその考えを読んだかのように、お兄さまが口を開いた。
「やっぱりあの国王は何とかしないとな」
え、何とかって、どうするの?
いつも朗らかなお兄さまの口から出たとはとても思えない不穏な言葉に、私とライナスは顔を見合わせてから、同時にお兄さまのほうを見た。お兄さまは、私たちの問いかけるような視線に言葉で答えることはなく、ただにっこりと微笑んでみせただけだった。不穏さが増した。
「数日内に王都から友人が来るから、そのときまた一緒に相談しよう」
「はい」
その「ご友人」がとんでもない人であることは、このときはまだまったく想像もしていなかった。
そして私はローデン家のことも、もうすっかり自分とは関係ないものとして頭の隅に追いやってしまっていた。伯父の探している父は、もうこの世にいない。だからもはや私には関係ない人だと、そう思っていた。ご領主さまに聞かされていた、ローデン家の当主となるための条件のことなど、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだった。




