16 両親の過去 (1)
翌日、のんびりと朝食を済ませた頃に、お屋敷から迎えが来た。王宮の使者がやっと出発したらしい。
お屋敷では、居間に通された。
そこにはすでに、ご領主さまご夫妻とお兄さまがそろっていらした。ライナスは、ご領主さまに会釈して挨拶する。
「ただいま戻りました」
「うん、おかえり」
ご領主さまと奥さまは父の姿をしているライナスを見て、何とも言えない複雑な笑みを浮かべた。
テーブルの上にはケーキと紅茶が置かれていた。旅の間はこんな贅沢な甘味を味わう機会がなかったから、とてもうれしい。
お兄さまから話は簡単にお聞きになっているようだったけれども、改めてライナスから、出立した後からここに戻ってくるまでの出来事を順を追って詳しく説明した。
往路でのお姫さまの傍若無人な振る舞いには、お二人とも呆れ顔だ。
魔王城探索の話、帰路の話まで終わると、ご領主さまは昨日のお兄さまと同じように、難しい顔になった。その様子を探るような目で見ながら、ライナスはご領主さまに尋ねた。
「兄さんからは父さんに聞けって言われたんだけど、何か知ってる?」
「ウィリアムが誰かは知ってるよ。でもお前に声をかけた人物については、見当はつくけれども確信を持って誰とは言えないな。どんな人だった?」
「こんな人」
私の隣に座っていたライナスが、あの老紳士に姿を変えた。思わず二度見してしまった。「姿写し」が便利すぎる。
その姿を見て、ご領主さまはうなるような声で「やはりローデン公爵閣下か」とおっしゃった。
何だかすごそうな名前が出てきて、戸惑う。しかも「やはり」という言葉がついているではないか。つまりご領主さまにとっては十分予測できた人物、ということだ。
どういうことなのだろう。
ライナスが先をうながすと、ご領主さまは私の両親の過去について話してくださった。
私の父はもとはウィリアムという名で、ローデン公爵家の三男だった。
あの初老の紳士は、父の歳の離れた一番上の兄で、つまり私の伯父らしい。
ローデン家は少し特殊な家系で、代々に渡って国の医術を支えてきた。家柄の特殊性ゆえに、家督も他の家とは違って長子相続ではなく、跡継ぎは能力によって選ばれる。ローデン家の場合、跡継ぎに必要とされる能力は「回復系魔法の適性」だ。そして父は、三男ではあったけれども回復魔法と浄化魔法の使い手としては天才的であり、次代の当主と目されていた。
私の母はもとはジュリアという名で、とある侯爵家の長女であり、父の婚約者だった。
家柄が釣り合っていて、きちんと婚約までしていたなら、駆け落ちして平民として暮らす理由がわからない。でも話を聞いてみれば、そこまでしなくてはならないだけの理由がちゃんとあった。
国王が母に横恋慕したのだ。
愛妾になれという王の誘いを、母はけんもほろろに断った。母は父と想い合っていたし、節操のない王を嫌ってもいた。母の両親のほうも娘を王に差し出してまで権力におもねる気はなく、娘が断るのを黙認していた。
当初、母は「どうせ移り気な人だから、何度も断り続けていればじきに飽きるだろう」と楽観的だったらしい。しかし予想に反して王はしつこかった。
父と母が結婚した後も、ローデン家に「ジュリアを愛妾によこせ」と何度も要求してきた。その都度両親が断ると、そのうち見返りを提示してくるようになった。そしてついに、当時のローデン家当主であった父の父、つまり私にとっては父方の祖父が、王の要求をのんでしまったのだ。
父はその決定に静かに怒り狂った。
父は祖父に決定を覆すよう何度も迫ったが、祖父は考えを変えなかった。愛妾たちに好き勝手させるせいで王の治世がひどいことになっているのを、ここまで執着される母が愛妾となれば、母経由で多少なりとも正すことができるのではないかと考えていたからだ。
そしてついに強制的に母が王宮に連れ去られた日の夜、父は「もうこんな国は捨ててやる」と言い残して姿をくらました。まさか跡取りが失踪するとまでは思っていなかった祖父はあわてたが、いくら探しても、ようとして足取りはつかめなかった。
一方の母は、父が取り戻しに現れることを恐れた王が厳重な警備をつけ、事実上の軟禁状態にあった。父が姿を消して数週間が経ち、やっと王は父に対する警戒を解いた。ところが安心した王が母の寝室を訪れようとした夜、王が部屋に入り、寝台の上にいる母のもとへ歩いていくまでのわずかな時間に、母は忽然と姿を消してしまったのだった。
王が寝室に入ったときには、確かに母の返事があった。
にもかかわらず、寝台を覆ったとばりを開けてみれば、そこには誰もいなかったのだ。王は血眼になって母を探した。が、結局どこにも見つけることはできなかったと言う。
実はこの父と母をかくまったのが、ご領主さまだった。父とは数年来の友人だったそうだ。
ご領主さまはまず、父を領内にかくまった。
そして母が姿を消したのは、聞いてしまえば何のことはない、祝福された指輪に願って父のもとに飛んだからだった。
こうしてローデン家は跡取りを、国王は最も執着した愛妾を失った。
祖父は父から母を奪ったことを後悔し、その後もずっと父を探し続けた。恥を忍んで国外に問い合わせたりもしていたらしい。「国を捨てる」という父の言葉からは、国外へ出たことが予想されたからだ。けれども実際にはご領主さまにかくまわれていた父は、もちろん見つからなかった。
祖父は、失意のうちにその数年後に亡くなった。
その後を継いで当主となったのが、父の長兄である現ローデン公爵だ。
この伯父は、残念ながら回復魔法の才には恵まれなかった。初級魔法がやっと使える程度の適性らしい。だから父が見つかりさえすれば、当主の座を譲りたいと常々口にしているそうだ。
しかもこの伯父は、子宝にも恵まれなかった。せめて回復魔法の適性が高い子どもが生まれていれば、次代に希望を託すこともできただろうに、そもそも子どもが産まれなかった。口さがない者たちは「嫁を国王に売り渡すようなことをしたことへの天罰だろう」などと言っているらしい。天罰なんて、あるわけないのに。
とにかくそういう事情によりこの伯父は、父の姿をしたライナスを見かけたときに、何としても引き留めたかったのだろうと推察された。




