15 一時帰宅
隣村から私たちの村は、馬車で半日かからないくらいの距離だ。
お兄さまは従者を二人伴い、昼前に宿屋に到着した。お兄さまは父の姿を借りたライナスを見て、驚いたように目を見張った。事前に手紙で知らされていても、実物を見るとびっくりするようだ。
お兄さまは、私たちの判断を褒めてくださった。
「連絡くれたのは、いい判断だったよ」
「何かあった?」
「ちょうど王宮から使者が来てるとこだった」
「うわ……」
偽ライナスとお姫さまはとっくに王都に戻っているけれども、結婚の日取りについて知らせる使者が王都から遣わされていたところだったそうだ。それによれば、結婚式は三か月後に予定されている。
結婚式に乗り込んで行って、偽ライナスの変身を解除してからさっくり封印するのじゃだめかしら。
大騒ぎにはなりそうだけど。
まあ、それは最後の手段として、段取りはやはりご領主さまに相談しよう。
馬はお兄さまの連れてきた従者たちが乗って帰ってくれることになった。
私とライナスは、お兄さまと一緒に馬車に乗る。
宿で昼食をとってから出発した。
馬車の中で、お兄さまと情報交換をする。
私はご領主さまに書き置きを残して失踪したことになっているそうだ。私がライナスと仲がよいのは村では誰もが知っていることだったから、傷心で村を離れても不思議はないと思われているみたい。
薬屋のほうは、以前からときどき手伝いに来てくれていた人が引き継いで店を続けているそうだ。今のところ薬は在庫分で間に合っていると聞いて、ほっとした。
偽ライナスに関しては、ニセモノだとは誰も気づいていない振りを徹底していると言う。
偽ライナス自身は「討伐時に死にかけたせいか、記憶に障害が残ってしまった」と言っているので、それを疑うことなく受け入れて同情したていをとっているそうだ。過去のことは尋ねないし、こちらからも話題にしない。あちらからさり気なく過去の情報に探りを入れている様子があっても、「そんなことより、未来を大事にしよう」と相手を思いやる振りをしつつ情報は与えない。
「かわいい、かわいい末息子」扱いでちやほやしておいたから、あちらはバレてるなんて夢にも思っていないことだろう、と聞いて笑ってしまった。実際のご領主さまは、下の子だからといって決して甘やかしたりはなさらないというのに。
お兄さまから話を聞いた後は、私たちの話をする。
魔王城を探索したこと、父の姿を借りて旅を始めたら最初の宿でいきなり勇者とバレたこと、乗馬の練習をしながら旅をしたこと、王都で知らない老紳士から声をかけられ、逃げたら追われたこと。
お兄さまは、最初の宿でバレた話は笑って聞いてらしたが、王都での出来事を話すと難しい顔になった。その表情を見て、ライナスはいぶかしそうに尋ねた。
「兄さん、何か心当たりあるの?」
「ある。でもこの話は、父さんたちから詳しく聞いたほうがいいと思うよ」
「わかった」
お互いに情報を交換し終わった頃に、お屋敷に到着した。三か月ぶりの故郷だ。
ライナスと私は、馬車置き場で馬車を降りた後、裏手の使用人用の勝手口からお屋敷に入った。王都からの使者が明日まで滞在の予定なので、鉢合わせしないための配慮だ。
このまま彼らが出発するまで使用人の区画で過ごしてもよかったのだけど、代わりに私はライナスを家に誘った。たぶんそのほうが落ち着ける。
ライナスも同意したので、ご領主さまに伝言を残して二人で我が家に向かった。すでに夕暮れどきだったおかげで、家までの道で誰かと顔を合わせることもなかった。
ライナスは居間のソファーにどっかと腰を下ろすと、行儀悪く背もたれに両腕を広げて寄りかかった。父の姿をしていても、そういうところはライナスらしくて面白い。父は決してそういう座り方をしなかった。いつでも姿勢のよい人だった。
もちろんライナスだって他に人がいるときはちゃんと取り繕うのだけど、私しかいないと結構だらけている。
「あー、やっと帰ってきたな」
「うん」
長く留守にした割に、家の中は何も変わっていなかった。空気がよどんでいることもなく、出かけたときのままだ。たぶん通いの人が、空気を入れ換えてくれていたおかげだと思う。もうお店は閉めてあり、通いの人も帰ってしまったから、今はライナスと二人だけだ。
お屋敷の厨房から分けてもらった食材を使って、簡単に夕食を作った。
我が家でいつもの食事をとったら、やっと人心地ついた気がした。
「ねえ、ライ」
「うん?」
「もう戸締まりもしたし、二人しかいないから、姿戻してもよくない?」
「ああ。そうだね」
旅の間ずっと、この「姿写し」のスキルには少々思うところがあった。必要だから使っているわけだし、中身はライナスだとわかってはいるのだけど、それでもやはり父の姿をしていると、どうしたって新婚気分にはなりようがないのだ。
だって父親の姿をした相手にべたべたしたいなんて、全然思えない。父親相手に天真爛漫にべたべたしたがるのは、無邪気にだっこをせがめる年頃、せいぜい五、六歳くらいまでだろう。
ライナスが姿を戻したのを見て、私は彼の首に抱きついて頬ずりをした。
「ふふ。本物のライだ」
「ずっと俺だったけど?」
「そうだけど、そうじゃないのよ」
私の言葉の意味がわかっているのかいないのか、ライナスもまんざらではなさそうな顔で笑い、キスをしてきた、のだけれど────。
そのとき、玄関の扉を叩く音が響き渡った。
突然聞こえたその音に、ライナスと私はいたずらが見つかった小さな子どものように文字通り飛び上がり、お互いから身体を少し離した。びっくりした。心臓が口から飛び出すかと思った。
玄関扉を叩いたのは、ご領主さまにお屋敷から遣わされた従者だった。
「こちらにお戻りと伺い、お食事をお持ちしました」
「わざわざありがとうございます」
「長旅でお疲れでしょうから、どうぞごゆっくりお休みください。明日は、昼前にはお迎えに上がります」
「わかりました。ご苦労さまでした」
「とんでもないことです。それでは、失礼いたします」
ご領主さまの従者は、料理の入ったかごを私に渡し、丁寧に挨拶して去って行った。
かごには、お屋敷からの心尽くしが詰まっていた。夕食は済ませてしまったけど、明日の朝食は何も作らずにおいしいものが食べられそうだ。
ライナスはすでに父の姿に戻していた。
私は彼と、何とも言えない気分で顔を見合わせた。彼は疲れたような表情で苦笑を浮かべ、ため息まじりにこう言った。
「明日も忙しくなりそうだし、今日は早く寝ようか」
「うん……」
魔王をきちんと封印するまで新婚気分はお預けになりそうな、かなしい予感が少しした。そういう予感はだいたい当たる。




