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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第一章 帰還

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12 最果ての村 (2)

 ひと休みした後に馬の世話を済ませたら、もう夕食の時間だった。

 食堂に行くと、すぐに主人が飲み物を運んでくれた。


「どうぞ、ザクロ酒です。唯一、ここで作ったものなんですよ」


 宿屋の裏手で栽培しているザクロの木に成った実を使って、主人が作ったものだそうだ。

 鮮やかな赤い色がきれいで、甘酸っぱい味がした。


 グラスを持つ私の手の上で主人は視線を止め、目尻をやわらげて微笑んだ。


「かわいらしい指輪ですね。手作りですか?」

「はい」


 指輪を褒められたことがうれしくて、つい顔がほころんでしまう。

 この指輪は外すことのできないものだから、できるだけ邪魔にならないよう、飾り気のない形で作ってある。だから人目を引くこともあまりなく、褒められた経験がほとんどなかった。そんなものに目を留めてわざわざ褒めてくれるなんて、すごくうれしい。


「勇者さまがつけてたものと、そっくりです。もしやお知り合いですか?」


 褒められて浮かれていた気持ちが、一気に冷えた。

 これは、何と答えるべき?


 焦ってライナスを振り返ると、彼は思案げな表情を浮かべていた。もっとも、即答できなかった私の反応から、答えはわかったようなものだろうとは思う。

 答えられずにいる私に代わって、ライナスが答えてくれた。


「よく覚えてるな。そうです、この子は勇者ライナスの婚約者でした」


 そして今は妻です、と私は心の中でだけ答えた。

 ライナスはこの件に関して、嘘はつかないことにしたようだ。


「ああ、なるほど。その指輪は神殿で祝福されたものなんですよね?」


 この質問に、私は目をむいた。どうしてそんなことまで知っているの。答えあぐねて横目でライナスのほうを見ると、彼はかすかにうなずいてみせた。仕方なく、私も主人に向かってうなずいた。


「はい、そうです」

「ときに、勇者さまには双子の兄弟がいたりしませんかね?」

「いえ、いません」


 不意打ちのように話題が変わり、思わず私は反射的に答えていた。

 でも、どうしてそんな質問をされるのかが謎だった。


「どうしてそんな風に思ったんですか?」

「いやあ、不思議なことがあったんですよ」


 今どきすっかりすたれた風習ではあるにもかかわらず、宿屋の主人は祝福された結婚指輪が何かを知っていた。

 遠征でライナスがここを訪れたとき、彼は宿屋の主人に挨拶に来て、そのとき世間話として指輪を見せて私の話をしたそうだ。遠征中に、いったい何をしているの。呆れた目をライナスに向けると、彼はすっと視線をそらした。


 とにかくそんなわけで、宿屋の主人はライナスが祝福された結婚指輪を身につけていることを知っていた。ところが夕食時に宿屋の食堂で食事をするお姫さまのところに現れたライナスは、指輪をつけていなかった。


 不思議に思った主人は、翌朝の出発時に再び挨拶に訪れたライナスの手をこっそり確認した。すると、手には指輪がついているではないか。ということは、前の晩にお姫さまと一緒に食事をしていたライナスは、このライナスとは別人ということだ。

 きつねにつままれたような気分だったが、討伐で頭がいっぱいであろう勇者に立ち入ったことを尋ねるのもはばかられた。だからそのときは、何も聞かずに見送った。


 ところが討伐が終わった後に再び討伐隊がここを訪れたとき、討伐隊の中には指輪をつけた勇者がいなかった。いたのは、指輪のない勇者だけだった。


「なのにあれから一年も経って、今度はそっくりの指輪をつけた、ライナスという名の別人が現れたじゃないですか。世の中には不思議なことがあるもんですねえ」


 そう言いながら、主人の視線はライナスの手に向いていた。

 嫌みを言っている感じではない。けど、バレている。


 私はため息をついて、ライナスに問いかけるように視線を投げた。彼は小さく肩をすくめると、主人に「今から見聞きすることは他言無用で」とクギを刺した上で、姿を自分のものに戻した。宿屋の主人は、それを見てもまったくもって驚いた様子がない。


「やっぱり、そうでしたか」

「ねえ、ライ。のっけからこれじゃ、先行きがとても心配よ……」

「そうだなあ……」


 ライナスと私は、二人とも頭をかかえた。

 主人は私たちの様子に苦笑いしながら、遠慮がちに事情の説明を求めた。


「いったいどういうことなんですかね……?」


 ライナスは討伐で裏切られたことや、あれから今まで封印されていたこと、私が指輪の祝福を使って助けに来たことを主人に手短かに話した。


「今度こそ封印の失敗は許されないから、不意打ちを狙いたい。だから俺の話は、くれぐれも他言無用でお願いします」

「もちろんです。しかし、そんなことになっていたとは……」


 宿屋の主人はことの顛末に呆然としているが、私とライナスはあっさり正体が露見したことに愕然としていた。「姿写し」が使えたらどこでも楽勝くらいに思っていたのに、こんなていたらくじゃ先が思いやられる。

 二人してため息をついていたら、宿屋の主人が慰めの言葉をかけてくれた。


「普通はわかりませんから、大丈夫ですよ。祝福された結婚指輪とは何かということと、この指輪が祝福されていることの両方を知らない限り、気づくことはありませんから。今どき祝福を知っている人もそういませんしね」


 そう聞いて、少しだけ気が楽になった。

 それにしても、見せた指輪が祝福されていることは、どうしてわかったのだろう。見て違いがあるものなのだろうか、という疑問を口にしたところ、主人がライナスから聞いたときのいきさつを教えてくれた。


 指輪を見た主人は、ビーズ細工の華奢な指輪が戦闘中に壊れてしまわないかと心配したそうだ。だから大事なものなら、討伐が終わるまで外してどこかにしまっておいたほうがよいのでは、とライナスに親切心から忠告した。けれどもライナスは、「これは祝福されているから心配ない」と答えたというわけだ。


 指輪はあちこちで見せたらしいけれども、祝福については宿屋の主人以外には話した記憶がないとライナスが言うので、やっと安心した。この主人以外には、そう簡単に正体がバレたりしないだろう。


 そう安心したら、今度は別のことが気になり始めた。

 宿屋の主人の話を信じるなら、討伐の前から魔王はライナスの姿を写して堂々と討伐隊に出入りして、直接お姫さまに接触していたことになるのではないか。

 私の考えに、ライナスは同意した。


「それを聞いて納得したよ。たぶん、そのときに封印の手はずを勝手に変えられちゃったんだろうな」


 苦手なお姫さまからライナスが逃げ回っていたせいで、お姫さまに接触しようとする魔王から見たら隙だらけだったのかもしれない。

 でも、あらかじめ手口を知っていて用心していたならともかく、知らなかったのだから仕方がない。お姫さまに対して精神的に限界近かったライナスにとって、もう距離を置くために逃げ回るしかなかったのだから。


 いったいいつから、どれくらいの頻度で魔王が出入りしていたのかは気になるところだけれども、それは今は調べようのないことだ。何はともあれ、手口が判明したおかげで多少すっきりした。

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