09 魔王城、上層探索 (3)
ここのシャンデリアと孵化場の円柱がつながっているかどうかについて、思いついたことがあったのでライナスに話してみた。
「ここの天井の丸いのも、上の部屋にあった円柱も、どっちも透明よね?」
「うん。それがどうした?」
「透明だったら光を通すじゃない?」
「ああ、なるほど。試してみようか」
ライナスが孵化場に移動して、ランタンをかざしてみることになった。
私はこの部屋でお留守番だ。
ずっと上を見ていると首が痛くなりそうだったので、部屋の隅で壁に背中をつけて座る。
隅っこから天井を見上げていたら、この部屋にも図書室にあったのと同じ時計があるのに気がついた。時を刻む音がせず、ネジ穴も振り子もない、不思議な時計。ここでは、この時計のほうが普通らしい。
そういう目で部屋の中を見回してみると、置かれているものがいちいち普通と違う。
ベッドも寝具も高級そうなのに、天蓋がない。家具のように見えるものは、すべて壁に埋め込まれて造り付けになっている。ランプのような照明器具がないのに、それなりに部屋が明るい。壁や天井自体が発光しているからだ。
異界からまぎれ込んで来た存在だと聞けば、納得できる異質さだ。
魔獣を生み出したりせず、友好的な存在であれば、共存する道もあっただろうに。
ぼんやりとそんなことを考えていると、天井がちらちらと小さく光ったのが視界の端に映った。シャンデリアの根元が、かすかに光っている。それが消えて、しばらくするとまた光る。何度かそれを繰り返した後、突然まぶしい光がほとばしって、思わず目を閉じた。まるで太陽を直視してしまったかのように、目がちかちかする。
何が起きたのかわからず、少しびくびくしながら横目で見守っていると、ある程度の間隔をあけて五回ほど同じようにまぶしく光った。やっと光るのが収まったときには、ほっとした。
しばらくすると、ライナスが戻ってきた。
「どうだった?」
「光った」
「そうか。なら確定だな」
私は気になっていたことを尋ねた。
「途中から見てられないほどまぶしく光るようになったんだけど、何かやり方変えた?」
「まぶしかったのか、ごめん。スキルを使ってみたんだ」
「なるほどね。大丈夫よ、途中からは横目で見てたから」
これで、あの円柱とこの部屋のシャンデリアがつながっていることはわかった。
つまり卵を孵化させる円柱の端が、魔王の居室につながっているわけだ。これは決して偶然ではないと思う。魔王もきっと、何らかの理由であの円柱を必要としている。だから基本的には魔王城から離れることがないのだろう。
確認したかったことを確認し終わり、私とライナスは中庭に戻った。
そろそろ日が傾いてきている時間帯だった。
中庭の隅に転がしておいた卵はどうなっただろうか。
少し気になったので、様子を見に行ってみた。ライナスも同じことを思ったのか、後ろからついてくる。特に変化はなさそうだ、と思ったのだけど、どこか違和感があって首をひねった。
「何も変わってないね」
「ううん。見て、ほらここ」
隙間なくぴったり寄せて転がしてあったはずなのに、よく見ると今は少しずつ隙間がある。どれも均等に隙間があるから、一部が移動したというわけではないように思える。私はライナスに、その隙間を指さしてみせた。
「ほんの少しだけど、縮んでない?」
「本当だ」
あの円柱から引き離したのがよかったのか、日光に当てたおかげなのか、どちらかはわからないけど、どうやらこれで孵化は防げたようだ。
「このまま縮み続けて、消えちまえ」
「ね」
ライナスが悪態をつきながら卵を蹴飛ばすので、笑ってしまった。
本当に、消えてしまえばいいのに。
その後は、馬の世話をしてから夕食にした。
ライナスは食事の間ずっと静かだったが、食べ終わってから口を開いた。
「明日、ここを出発しようか」
「もういいの?」
「うん」
ライナスが見て回った限りでは、気になるものはあの孵化場と卵だけだったらしい。
あの円柱には手出しができそうもないし、卵はとりあえず処理したので、ここでできることはもうない、と判断したようだ。
「帰った後が面倒くさそうだなあ」
「そうね……」
ライナスの言う「帰った後」とは、魔王の封印のことだろう。
封印すること自体は、簡単だ。でも今の魔王はライナスの姿で、王女さまと婚約している。王宮の中で大勢の侍従やら護衛やらにかしずかれて暮らしている中に乗り込んで行くのは、なかなか面倒くさそうだ。
力ずくで突破して解除してから封印する手もないではないが、真っ向から王家を敵に回しそうで、別の意味でやっぱり面倒くさい。
いずれ魔王は必ずここに戻ってくるとはいえ、それが一年先なのか数十年先なのか見当がつかない状態では、ここで待ち続けるというのも現実的ではない。
まあでも、ライナスには「姿写し」が使えるわけで、何とでもやりようがある気はする。
「とにかくまずは、帰りましょう」
「うん。そうだね」
世間知らずな私たちだけでは何を考えても、どうせ穴だらけの計画しか立てられないだろう。
どう立ち回るのが賢いのか、よくご存じなご領主さまやお兄さまたちに相談してから動くのが一番いいと思う。
「一年かあ」
「そんなにかかんないよ」
「そうなの?」
「うん」
ライナスによれば、片道一年近くかかったのは、主にお姫さまの移動速度に合わせたからだそうだ。私と二人なら、二、三か月もあれば帰れると思う、と言う。
「え、そんなに違うの?」
「だからうんざりしたんだよ……」
「あ、うん。大変でしたね……」
表情の抜け落ちた顔で遠い目つきをしたライナスに、あわてて私は抱きついて背中をさすった。よっぽどつらかったんだろうなあ、これ。いやな思い出は、早く忘れてしまえ。
甘えたように寄りかかってくるライナスの背中をしばらくなで続けてから、私は口を開いた。
「今度は二人きりだから」
「うん」
「長い新婚旅行なんでしょ?」
「うん」
やっと笑みを浮かべたライナスにほっとして、私はキスをした。




