06 魔王城、中層探索 (2)
午後は、ライナスが探してきてくれた入門書を読むところから始めた。
入門書は、まるで幼児用の絵本くらいの厚みしかなくて、本というより冊子と呼ぶほうがふさわしい感じのものだった。何しろ薄いので、すぐ読み終わる。これを読むと自分のしでかしたことの意味がわかり、肝が冷えた。助かったのは、本当に運がよかっただけだった。
魔法の中には、魔力だけでなく体力も同時に消耗するものがあるという。主に戦士向きの攻撃魔法なのだけど、もしそれを限界を超えて連続使用するなんていう馬鹿なことを試していたら、一発でおしまいだった。私の試したのが回復魔法だったから、昏倒する程度で済んでいただけだった。
うん、もう言われるまでもなく、二度としない。
回復魔法の次は、浄化魔法の本を読むことにした。
本の内容には回復魔法とかぶるところが一部あるので、前よりも短い時間で読み進められる。夕方ライナスが呼びに来た頃には、浄化魔法の本は読み終わって補助魔法の本を読み始めていた。
「浄化魔法はどうだった?」
「覚えたわよ」
「さすが」
上級魔法書が図書室にあったのは、とても幸運だった。
子どもの頃は本の値段なんて知らずにライナスから借りていたけれども、魔法書というのは初級、中級、上級と魔法の難易度が上がるにつれて価格が上がるそうだ。初級は他の本と大差ない価格だけど、中級になるとちょっと高い。
その「ちょっと」というのは、貴族の子でもお小遣いを少し貯めないと買えないくらいの値段だった。その言い方から察するに、私に貸してくれたあの魔法書はお小遣いを貯めて買ったものなのだろう。私はそのおこぼれに与った、というわけだ。そうでなければ平民にはとても手の届かない値段だった。
ありがとう、ライ。
そして上級魔法書は、貴族の子であれ子どもが手を出せるような値段ではないのだそうだ。
大人でもおいそれとは手が出せない価格帯らしい。
それが今ここにタダで読める状態にあるのだから、読まない手はない。
ライナスは浄化魔法と聞くとどうしてもお姫さまを思い出してしまうらしく、愚痴をこぼした。
「あのお姫さまなんて、初級の浄化魔法しか覚えてないくせに『聖女』なんて呼ばれてたんだよ」
「仕方ないでしょ。封印水晶を使う人の称号なんだから。使える魔法が初級か上級かなんて、関係ないんじゃない?」
ライナスは「そうかもしれないけど」と不満そうに同意した後、こう続けた。
「初級で聖女なら、中級が使えるフィーは大聖女だろっていつも思ってたよ。上級まで覚えちゃったんだから、もう超大聖女だよな」
超大聖女だなんていう、聞いたこともない新しい称号に思わず吹き出した。
ライナスの封印を解除したときの封印水晶はちゃんと回収してあるから、とりあえず聖女にはなれそうだ。「大」とか「超」まで付く聖女になれるかどうかまでは、知らない。
「今度の封印は、私がやるわ。私なら絶対に間違わないし、騙されない自信があるもの」
「うん。頼むよ」
騙すと言えば、あの魔王はライナスの姿に擬態していた。あれも魔王のスキルなのだろうか。ライナスに尋ねると、「うん、そうだよ」とうなずいた。
「勇者のスキルって、魔王のスキルと対になってるんでしょ? だったらライも何かに擬態できちゃうの?」
「うん。『姿写し』っていうスキルがある。使ったことないけど」
「へえ」
そんなものが使えたら、お手軽に完全犯罪を可能にできちゃいそう。実際、これまでずっと魔王討伐のたびに完全犯罪が成立してたわけだし。
そんな私の不謹慎な考えを読んだわけではないだろうけど、ライナスが尋ねた。
「使ってみようか? 姿を写してみたい人、誰かいる?」
そう聞かれて、つい考えてしまった。
ライナスに姿を写してもらえば、ニセモノだとしても両親や弟とまた会えるのだろうか、と。そう思ったら、鼻の奥が少しツンとした。
頼めば、きっとライナスは試してみてくれるだろう。でもたとえ可能であったとしても、それはやってはいけないことのような気がした。涙のにじみそうになった目をまばたきでごまかし、小さく頭を振ってその考えを追い出していると、今度はまた違う考えが浮かんできた。
「ねえ、魔王ってもとはどんな姿だったの? 写せる?」
「どうだろう。試してみようか」
「うん」
ライナスもどきの魔王しか知らないので、擬態する前はどんな姿なのか興味があった。やはり神話の挿絵にある悪魔のような容姿をしているのだろうか。
興味津々でライナスを見つめていると、突然彼の輪郭がぼやけて見え、驚いて目をぱちくりしている間にまったく知らない別人が目の前に立っていた。
「どう?」
「え。────ライなの?」
「そうだよ」
声まで違う。
目の前にいるのは、ライナスと年格好が似たりよったりの青年だった。
ライナスより少しだけ背が低く、ライナスより少し肩幅と厚みがあり、ライナスのような美形ではないが精悍で人なつこい顔立ちの、少し彼のお兄さまに似た感じの人。悪魔っぽいところなんて、少しもない。普通の人間だ。いや、普通よりだいぶ感じのよい人間だ。
「本当にこれが魔王なの?」
「うん、最初はこんな姿だった」
「ああ。もしかして────」
「たぶんそう」
言葉にするまでもなく、ライナスには伝わったようだ。
きっとこれは、前回の勇者の姿だ。
「普通の人にしか見えないのに、どうして魔王だってわかったの?」
「そりゃわかるさ。普通の人は、魔獣を使役して先制攻撃してきたりしない」
「なるほど」
ライナスに見えないライナスは、思案げな顔をしてから私に話しかけた。
「上級の浄化魔法に『解除』ってあったよね。俺に使ってみてくれる?」
「え? 今?」
「うん」
どれどれ。
言われたとおりライナスに解除をかけてみると、淡く白い光の柱が彼を包みんだ。光の柱が消えると、そこにはライナスが本来の姿で立っている。自分が使った魔法の効果を目の当たりにして、ちょっと感動した。
ライナスは満足そうにうなずくと、人の悪そうな笑みを浮かべた。
「これは使えるな」
「何に?」
「魔王に」
なるほど。化けの皮を剥ぐのに使える、というわけか。
魔王は本来どんな姿をしているのだろう。少しだけ興味があった。




