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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第一章 帰還

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05 魔王城、中層探索 (1)

 またひと晩明けて、私は図書室で読書の続き、ライナスも蔵書確認の続きをそれぞれ朝から再開した。ライナスはやはり作業が速く、私が休憩する頃には図書室調査を終えていた。


 前日ライナスに教えてもらった時計は、図書室の出入り口の上に掛けられていた。

 丸い文字盤だけの、不思議な時計だ。ネジを巻くための穴がなく、振り子もない。音もしない。いったいどんな原理で動いているのか不思議で仕方ないが、ちゃんと時を刻んでいた。


 図書室調査を終えたライナスは、ひとりで中層の探索に出かけた。

 私は図書室でお留守番だ。


 昼前に、私は上級回復魔法書を読み終わった。意外なことに、上級だからといって特に難易度が上がるわけではないようで、読み終われば魔法が使えるようになっていた。

 ただし魔法を覚えるの自体はそう難しいことではないものの、初級や中級の魔法とは決定的に違う点があった。上級魔法を使うと、身体からごっそり魔力が抜けていく感覚があるのだ。何回も連続して使ったりするのは、たぶん無理。初級や中級の回復魔法だったら、際限なくいくらでも使えそうなのに。中級と上級では魔法の効果に差が大きいから、仕方ないことなのかもしれない。


 連続して何回まで使えるものなのか、自分の限界を知っておこうと、最上級の回復魔法を自分に対してかけてみた。十回を数えたところで、魔力がもう残りわずかなのが感じられた。感覚的にあと一回分には少し足りないようだったのだけど、念のためもう一回かけてみた。

 指先から魔法が発動しかけて消え、くらっとめまいがした。


 まずい、立ちくらみだ。

 この部屋の床は黒大理石でできているから、ばたんと棒のように倒れたりしたら、打ちどころ次第では命にだって関わりかねない。あわてて本を手放し、両手で頭を抱え込んでしゃがんだが、そのまま視界は黒い闇で覆われて、意識が遠のいていった。


 まあ、でもただの立ちくらみだから、数秒で視界が戻るだろうと思っていたのだけど────。


「────フィー! 目が覚めた?」


 意識が戻ってきたと思ったら、なぜかすぐ目の前にライナスの顔があった。

 冷たい黒大理石の上に倒れたはずなのに、不思議と全身が暖かい。すっぽりと毛布にくるまれてライナスに抱きかかえられていると気づくまでに、しばらくかかった。ライナスの顔の向こうには、図書室の白い天井の代わりに青い空が見える。


「あれ? ここは外?」

「うん。この時間は外の方が暖かいから」


 辺りを見回していると、ライナスは深く息を吐いてぎゅうっと私を抱きしめた。


「よかった……。身体が冷たくなってるし、もうどうしようかと思った」

「えっ」


 ギョッとした私に、ライナスがこれまでの経緯を説明してくれた。

 昼休みにするため戻ってきたライナスは、私に声をかけようと図書室を覗いた。ところがそこには私の姿がなかったので、先に中庭に行っているものと思って中庭に出たものの、やはり私はいない。


 焦りながら図書室と中庭を二回ほど往復した末に、図書室内で頭を抱えて丸まるようにして倒れていた私を見つけたそうだ。ちょうど入り口からは円卓の陰に入って見えない位置だったので、図書室内を一周してみるまで気づけなかったらしい。

 外傷は見当たらないものの、触れてみると手も頬も冷え切っていた。それで外に連れ出して毛布に包み、温めてみたというわけだった。あれから一時間ほど経過しているようだ。


「いったい何があったの?」

「うーん。ただの立ちくらみ、だと思ったんだけど……」


 私の言葉に、ライナスの眉間にしわが寄る。

 自分でもあまり説得力を感じない。立ちくらみにしては、椅子から立ち上がってから時間が経ちすぎているし、意識を失った時間が長すぎる。


「そんなわけないよね。何か原因に心当たりないの?」

「ないこともない」


 回復魔法を覚えたので試してみた、という話をライナスにした。そして連続して何回まで使えるのか調べてみようとして、最後の一回を試した直後にめまいがして倒れたと話したら、ライナスが表情をこわばらせて目を見開いた。


「そんなことしてたのか」


 ライナスはかすれた声でそう言うと、再び私をぎゅうっと抱きしめて「本当に無事でよかった……」とつぶやいた。その様子に、私は急に不安になった。自分では知らないうちに、無事では済まなかったかもしれない何かをやらかしていたのだろうか。


「いけなかった?」

「うん。もう二度としないで」


 何がいけなかったのか理解できていない私に、ライナスが説明をした。


「フィーのやったことは、体力の限界まで疲れ切った人が、まだ頑張れるかもしれないからって働き続けるのと同じことなんだよ」


 とてもわかりやすかった。

 要するに限界を超えれば命に関わる可能性がある、ということだ。倒れるだけで済んだのは、単に運がよかっただけだろう。


「自分でも、この辺が限界だってわかったんだろ?」

「うん。何となく、だけど」

「そこでやめといて」

「わかった」


 言われてみればもっともな話で、自分で思いつきもしなかったのが恥ずかしくなる。


「心配かけて、ごめんなさい」

「うん、心配した。でも半分は、俺の責任だな」


 ライナスにいったいどんな責任があると言うのだろう。単に私の考えが足りなかっただけだ。そう思ったのだけど、ライナスによれば、私に読ませた本に偏りがあったのだそうだ。最初はまさか本当に魔法が使えるようになるとは思っていなかったので、一番最初の入門書を飛ばしてしまったらしい。


 その本には、魔法を実際に使っていく上での基本的な注意点がまとめられている。きちんとそれを読んでいたら、今回のような失敗はするはずがなかった、とライナスは言う。そこまで聞いても、やっぱり彼に責任があるとは思えないけど。

 ただ、今さらでもその本を読んでおこう、とは思った。


「その本、ここの図書室にもあるかな?」

「うん、あった。後で探しておくよ」

「ありがとう」


 話している間に身体が温まり、お腹がすいてきた。

 少し遅くなってしまった昼食をとり、ひと休みしてからそれぞれ午後の作業に取り掛かった。ライナスは探索に出かける前に、入門書を探してきてくれた。

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