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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第三章 究明

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42 可動体の話 (3)

 封印された私には、ひとつ幸いなことがあった。それは、魔王本体からの支配が遮断されたこと。封印されても、なぜか私の意識は残っていた。そして不思議なことに、封印された状態でも周囲の魔獣に指示を出すことは可能だった。


 だからこうして、魔獣を繰ってあなたたちと話すことができるのだ。


 本当なら、話をするにはもっと小型の魔獣を選ぶべきだったのだろう。そのほうが警戒されないであろうことくらいは、私にもわかる。しかし、人間の言葉は発音が複雑だ。何とか聞くに堪える発音ができるものは、これしかいなかった。


 封印されたことで、生まれて初めて私は自由になった。自分の意思で何かをすることができるようになったのだ。なんとも皮肉なことだ。


 私には、やりたいことが二つあった。ひとつは、人間社会の中で暮らすこと。もうひとつは、魔王本体を消滅させること。


 自分の分身なのにと、疑問に思うかな? だがあれは、断じて私の分身などではない。あれが私という存在を自分の分身とみなしているだけだ。封印された今となっては、完全に別の個体。


 私はあれを憎んでいる。


 だって、当然だろう? 自分の意思に反して手足のようにこき使うだけの存在を、どうして憎まずにいられるだろう。私はずっと、あれの奴隷だったのだ。数年どころか、数十年でもない。千年以上だ。積年の恨みが積もり積もっている。


 私は人間社会に溶け込んで暮らしてみたかった。人間離れしたスキルなんて、なくていい。不老長寿でなくてもいい。なのに魔王本体は、決してそれを許さない。あれにとって手足でしかない私の自我なんて、有って無いようなものだった。


 そもそも客観的に考えて、あれの存在はこの世界にとって害悪でしかない。


 もしもただ単に魔王城を築くだけで、活動範囲を広げなかったなら、たいした害もない異物にすぎなかっただろう。けれどもあれは、自分の創造物で世界を満たそうとしている。突如としてこの世界に迷い込んできただけの、異分子の分際で。


 勇者と聖女が送り込まれてくるのは、当たり前だ。この世界からはあれを完全に排除すべきだと、私も思う。


 だから私は、入念に計画を練った。幸いなことに、考える時間だけはたっぷりある。


 まずは、あれが築いたものを壊してやることにした。そのためには、封印水晶を神殿から外に出す必要があった。封印されたままでも魔獣を繰れるとはいえ、繰れる範囲は限られている。だから魔獣を繰りつつ、移動しながら破壊工作をしなくてはならなかった。


 それには本物の勇者と聖女が王都内にいると都合が悪い。だから魔王城に誘導するため、大型の魔獣をリース王国の王都から魔王城までの経路に向かわせた。


 ────そうか。誘導がなくても、すでに向かっていたのか。それは知らなかった。


 とにかくそうして勇者と聖女が王都を離れている間に、小型と中型の魔獣を使って陽動作戦を展開した。王都内の騎士たちは、もくろみどおり陽動に引っかかってくれたようだ。首尾よく、大型の魔獣に封印水晶を持ち出させることができた。


 大陸内の各地には、移動ポータルが置かれている。それを使って移動しながら、私は魔獣を繰って移動ポータルを破壊させた。こんなものは、この世界には不要だから。必要ならば、この世界の者たちが作ればいい。


 私が移動するのは、基本的に深夜。人目につかないよう、静かに手早く破壊して回った。


 移動ポータルを破壊させるのと同時に、魔獣発生ポータルも移動させた。これまで荒れ地周辺にしかなかったものを、なるべく荒れ地から離れた場所へ。魔王本体もじかに魔獣を使役することが可能だが、魔王城から距離が離れるほど影響力が弱くなる。


 大型魔獣の発生ポータルを移動した先では、わざと昼間に姿を見せるようにした。あなたたちにヒントを与えるためだった。無視せずヒントを受け止めてくれたことに感謝する。


 魔獣発生ポータルも破壊できればよかったが、私にその力はなかった。なるべく初級の魔獣ハンターでも移動しやすいよう、船が使える場所を選んで移動させたつもりだ。


 最後の移動ポータルが置かれていたのが、マーニー海岸。ここは私にとって、特別な場所だ。魔王本体に隠れて、こっそり分身を作ろうとしていた場所だったのだ。少しずつ身を削り、エネルギーに余裕のあるときに分身の塊を作り出した。


 私が作りたかったのは、魔王本体の支配を受けない分身だ。そうして人間社会の中で暮らす分身を作りたかった。


 その分身に命を吹き込むために、私はマーニー海岸にやって来た。分身の塊は、まだまだ小さい。とても人間の姿をとれるほどの大きさではない。せいぜい頑張ってもドブネズミ程度。だがドブネズミなんて、人間社会で嫌われ者だ。犬や猫ならかわいがってもらえそうだが、分身の塊はその大きさにさえ満たない。


 考えた末に行き着いたのが、仔猫だった。かなうことなら人間の姿をとれる大きさまで育ててやりたかったが、もはや封印された身にできることではない。でも仔猫なら、このままの大きさでも人間社会の中で暮らしていけるだろう。


 私はあなたたちが向かっていると情報を得て、分身の塊を東ダーケイアに送り込んだ。そして現地で仔猫の姿をとるよう刷り込み、さらにあなたたちを親だと刷り込んだ。


 その上でネズミ型の魔獣を繰って仔猫を追い立て、あなたたちのところへ逃げ込むように仕向けたのだ。あなたたちならきっと、小さな生き物だからといって無情にうち捨てることなく、拾って面倒を見てくれると思ったから。


 この仔猫は正真正銘、ただの仔猫だ。姿も中身も、ただの仔猫。「姿写し」ではなく存在そのものを写しているから、能力も性格も、ただの仔猫でしかない。


 そして私とは別の個体。最初の刷り込みが済んだ後は、完全に私と関係が切れている。自分の身を削って作り上げた分身だからといって、奴隷として扱うような真似など決してするものか。


 人間にはしてやれなかったが、自由に生きてくれればそれでいい。


 あなたたちがここへ来るようヒントを出したのは、魔王本体を消し去ってほしいからだ。あれは日光に弱い。なんとかして、日の光を当ててほしい。そうすれば、長い年月はかかるかもしれないが、いつか必ず消滅する。


 ────え? もうそうしている? なんだ。そうか。そうだったのか。


 だったらもう、思い残すことは何もない。後はニセモノの聖女と二人、朽ち果てるまで、封印されたこの水晶の中で夢を見て過ごそう。魔王本体からエネルギーを受け取らなくなったこの身は、もはや不死ではない。何年先かまではわからないが、いずれ朽ち果てるはずだ。


 それに魔獣を繰ることのできる範囲も、日に日に小さくなっている。遠からず全く繰れなくなるだろう。


 これで私の話は終わりだ。最後まで聞いてくれて、ありがとう。この魔獣には、もう用がない。これがいたら、あの仔猫は怖がって出て来られないだろう。どうぞ遠慮なく倒してくれたまえ。



 * * *



 話を聞き終わってしばらく、私もライナスも言葉が出なかった。

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