39 地下空洞
洞窟にたどり着いたとき、太陽は地平線に沈みかけていた。満月なので、反対の地平線から白い月が頭をのぞかせている。
ライナスは、どこからともなくランタンを取り出した。「収納」スキルを使ったらしい。このスキルって、宴会芸にはすごく便利そう。種も仕掛けもいらないし、練習の必要さえない、お手軽な奇術。もっとも、彼は性格的に芸人に向かないとは思う。
そんなくだらないことを考えながら、私は火魔法でランタンに火を灯した。ライナスが感心したような声を出す。
「便利だな」
「攻撃力は皆無だけどね……」
攻撃に使える気はしないものの、一応は攻撃魔法なのだ。攻撃力がないところに目をつむれば、便利ではある。
そう言えば、ヒュー博士と二人で「最果ての村」から魔王城に転移した事故のときには、水魔法が活躍したのだった。サバイバルな状況では、たとえどれほど威力が低くとも使いようがある。
ライナスを先頭に、用心しながら洞窟の中へ入る。この奥にはクマ型の魔獣がいるはずだ。しかも聞こえた咆哮から判断するに、一体ではない。
洞窟の入り口は、満潮でも海水が入らない程度の高さにあった。洞窟の中は湿度が高いだけで、地面は乾いていた。
洞窟には、十分な高さがあった。背の高いライナスでも、かがむことなく歩ける。幅も広かった。両手を広げても壁に当たらないくらい。少し奥に進むと、曲がり角があった。角を曲がると外の光が届かなくなり、その先は真っ暗だ。
少しでも明かりの足しにならないかと、試しに火魔法を使ってみた。指先にロウソクの火ほどの小さな炎が灯る。それだけのはず────だった。なのに、灯した自分でびっくりした。どうしたことか、ランタンよりも明るく周囲を照らしたのだ。
思わず「何これ」と呆然としてしまった。
こんなに明るかったら、光源はさぞかしまぶしかろう。おそるおそる目を細めて指先に視線を向けてみた。けれども不思議なことに、炎は決してまぶしくない。にもかかわらず、周囲を明るく照らしていた。ただし、賭けてもいいけど攻撃力はない。
ライナスも目を丸くした。
「本当に便利だな」
「こんなに明るいなんて、知らなかったわ」
今までは、暗い場所で火魔法を使ってみたことなんてなかった。いつだって昼間だった。明るい場所でこの魔法を使っても、ただロウソク並みの炎が見えるだけだ。だからこれほど明るく周囲を照らせるなんて、これまで全く知らなかった。
ライナスは角を曲がるたびにランタンをかかげ、足をとめて耳を澄ます。魔獣の位置を探っているのだろう。
それは五つ目の角を曲がったときのことだった。
突然、ぐっと視界が開けた。その先には、がらんとした空洞が広がっている。広さは王宮の大広間ほどもありそうだ。
ランタンと火魔法の明かりが空洞内を照らし、突き当たりの奥に封印水晶が見えた。その両脇に、二体のクマ型の魔獣がいる。さきほど聞こえた咆哮は、この魔獣のものだったに違いない。
けれども不思議なことに、私たちの姿が目に入っているはずにもかかわらず、魔獣はその場から動こうとはしなかった。怪訝に思いながらも、空洞内を一瞥する。アンバーらしき姿はどこにも見当たらなかった。
ライナスは私をかばうように左手を前に出す。右手には、いつの間にか聖剣を構えていた。彼がゆっくりと二、三歩、前に踏み出したとき、魔獣が吠えた。ライナスは即座に重心を落とし、戦闘態勢に入る。
しかし、私は魔獣の咆哮に違和感を覚えた。
「ライ、待って」
「なに? どうしたの?」
ライナスは前を向いて魔獣をにらみつけたまま、でもそれ以上は進まずに問い返してきた。
「『待って』って言ってる」
「うん。だから、待ってるよ。どうしたの?」
私の言いたいことが、伝わってない。少しもどかしく思いながら、言い直した。
「私じゃなくて、あのクマが『待ってくれ』って言ってる……気がするの」
「えっ」
ようやくライナスにも伝わった。彼はクマから視線を外さずに、耳を澄ますようなそぶりを見せた。再びクマが吠える。今度はさっきよりもはっきりと、ちゃんと言葉に聞こえた。
「ハナシヲ、シタイ」
ライナスはこれを聞いて、肩から少し力を抜いた。戦闘態勢を解き、聖剣を下ろす。
するとクマ型の魔獣は、相次いでドスンとお座りをした。後ろ足をテレッと前に投げ出していて、まるでぬいぐるみのクマのよう。その姿だけを見れば、かわいく見えないこともない。かわいいと言うには、あまりにも凶暴そうだけど。
ライナスは後ろを振り向き、私と顔を見合わせた。私は首を横に振る。
「アンバーが先よ」
「そうだな」
ライナスは前を向き、魔獣に質問した。
「仔猫はどこだ? 襲ったのか?」
「仔猫ハ、威嚇シタラ逃ゲテ隠レタ」
「どこに?」
「壁ノ隙間」
どうやら無事でいるらしい。この魔獣の言うことを信じるならば、だけど。試しに「アンバー」と呼びかけてみたが、返事がない。
「アンバー! どこにいるの? 出ていらっしゃい」
何度か呼びかけてみても、やはり返事はなかった。ライナスは魔獣に向き直って問いかける。
「どこの隙間だ?」
「右手ノ壁ノ下。中央付近」
魔獣を警戒しながら、壁伝いに進んだ。何度か魔獣から位置の説明を受けながら、隙間を探す。
そして、見つけた。
私の手がやっと差し込めるほどの小さな隙間の奥で、身を潜めてじっとうずくまっているアンバーの姿を。隙間の奥で、二つの青い目だけが光っている。
「アンバー。もう大丈夫。大丈夫なのよ」
「ミャー……」
初めて返事をした。弱々しい声で。まるで「こわかった。すごくこわかった」と泣いているかのように。身じろぎしたみたいに青い瞳は少しだけ動いたけれども、アンバーは隙間の奥から動こうとしなかった。まだ怖いのかもしれない。
隙間は細くて、私の手でも手首までしか入らない。奥にいるアンバーには届かなかった。ライナスだったら、きっと指先しか入らないんじゃないかな。仕方ない、無事は確認できたから、アンバーの回収は後回しにしよう。




