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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第三章 究明

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39 地下空洞

 洞窟にたどり着いたとき、太陽は地平線に沈みかけていた。満月なので、反対の地平線から白い月が頭をのぞかせている。


 ライナスは、どこからともなくランタンを取り出した。「収納」スキルを使ったらしい。このスキルって、宴会芸にはすごく便利そう。種も仕掛けもいらないし、練習の必要さえない、お手軽な奇術。もっとも、彼は性格的に芸人に向かないとは思う。


 そんなくだらないことを考えながら、私は火魔法でランタンに火を灯した。ライナスが感心したような声を出す。


「便利だな」

「攻撃力は皆無だけどね……」


 攻撃に使える気はしないものの、一応は攻撃魔法なのだ。攻撃力がないところに目をつむれば、便利ではある。


 そう言えば、ヒュー博士と二人で「最果ての村」から魔王城に転移した事故のときには、水魔法が活躍したのだった。サバイバルな状況では、たとえどれほど威力が低くとも使いようがある。


 ライナスを先頭に、用心しながら洞窟の中へ入る。この奥にはクマ型の魔獣がいるはずだ。しかも聞こえた咆哮から判断するに、一体ではない。


 洞窟の入り口は、満潮でも海水が入らない程度の高さにあった。洞窟の中は湿度が高いだけで、地面は乾いていた。


 洞窟には、十分な高さがあった。背の高いライナスでも、かがむことなく歩ける。幅も広かった。両手を広げても壁に当たらないくらい。少し奥に進むと、曲がり角があった。角を曲がると外の光が届かなくなり、その先は真っ暗だ。


 少しでも明かりの足しにならないかと、試しに火魔法を使ってみた。指先にロウソクの火ほどの小さな炎が灯る。それだけのはず────だった。なのに、灯した自分でびっくりした。どうしたことか、ランタンよりも明るく周囲を照らしたのだ。


 思わず「何これ」と呆然としてしまった。


 こんなに明るかったら、光源はさぞかしまぶしかろう。おそるおそる目を細めて指先に視線を向けてみた。けれども不思議なことに、炎は決してまぶしくない。にもかかわらず、周囲を明るく照らしていた。ただし、賭けてもいいけど攻撃力はない。


 ライナスも目を丸くした。


「本当に便利だな」

「こんなに明るいなんて、知らなかったわ」


 今までは、暗い場所で火魔法を使ってみたことなんてなかった。いつだって昼間だった。明るい場所でこの魔法を使っても、ただロウソク並みの炎が見えるだけだ。だからこれほど明るく周囲を照らせるなんて、これまで全く知らなかった。


 ライナスは角を曲がるたびにランタンをかかげ、足をとめて耳を澄ます。魔獣の位置を探っているのだろう。


 それは五つ目の角を曲がったときのことだった。


 突然、ぐっと視界が開けた。その先には、がらんとした空洞が広がっている。広さは王宮の大広間ほどもありそうだ。


 ランタンと火魔法の明かりが空洞内を照らし、突き当たりの奥に封印水晶が見えた。その両脇に、二体のクマ型の魔獣がいる。さきほど聞こえた咆哮は、この魔獣のものだったに違いない。


 けれども不思議なことに、私たちの姿が目に入っているはずにもかかわらず、魔獣はその場から動こうとはしなかった。怪訝に思いながらも、空洞内を一瞥する。アンバーらしき姿はどこにも見当たらなかった。


 ライナスは私をかばうように左手を前に出す。右手には、いつの間にか聖剣を構えていた。彼がゆっくりと二、三歩、前に踏み出したとき、魔獣が吠えた。ライナスは即座に重心を落とし、戦闘態勢に入る。


 しかし、私は魔獣の咆哮に違和感を覚えた。


「ライ、待って」

「なに? どうしたの?」


 ライナスは前を向いて魔獣をにらみつけたまま、でもそれ以上は進まずに問い返してきた。


「『待って』って言ってる」

「うん。だから、待ってるよ。どうしたの?」


 私の言いたいことが、伝わってない。少しもどかしく思いながら、言い直した。


「私じゃなくて、あのクマが『待ってくれ』って言ってる……気がするの」

「えっ」


 ようやくライナスにも伝わった。彼はクマから視線を外さずに、耳を澄ますようなそぶりを見せた。再びクマが吠える。今度はさっきよりもはっきりと、ちゃんと言葉に聞こえた。


「ハナシヲ、シタイ」


 ライナスはこれを聞いて、肩から少し力を抜いた。戦闘態勢を解き、聖剣を下ろす。


 するとクマ型の魔獣は、相次いでドスンとお座りをした。後ろ足をテレッと前に投げ出していて、まるでぬいぐるみのクマのよう。その姿だけを見れば、かわいく見えないこともない。かわいいと言うには、あまりにも凶暴そうだけど。


 ライナスは後ろを振り向き、私と顔を見合わせた。私は首を横に振る。


「アンバーが先よ」

「そうだな」


 ライナスは前を向き、魔獣に質問した。


「仔猫はどこだ? 襲ったのか?」

「仔猫ハ、威嚇シタラ逃ゲテ隠レタ」

「どこに?」

「壁ノ隙間」


 どうやら無事でいるらしい。この魔獣の言うことを信じるならば、だけど。試しに「アンバー」と呼びかけてみたが、返事がない。


「アンバー! どこにいるの? 出ていらっしゃい」


 何度か呼びかけてみても、やはり返事はなかった。ライナスは魔獣に向き直って問いかける。


「どこの隙間だ?」

「右手ノ壁ノ下。中央付近」


 魔獣を警戒しながら、壁伝いに進んだ。何度か魔獣から位置の説明を受けながら、隙間を探す。


 そして、見つけた。


 私の手がやっと差し込めるほどの小さな隙間の奥で、身を潜めてじっとうずくまっているアンバーの姿を。隙間の奥で、二つの青い目だけが光っている。


「アンバー。もう大丈夫。大丈夫なのよ」

「ミャー……」


 初めて返事をした。弱々しい声で。まるで「こわかった。すごくこわかった」と泣いているかのように。身じろぎしたみたいに青い瞳は少しだけ動いたけれども、アンバーは隙間の奥から動こうとしなかった。まだ怖いのかもしれない。


 隙間は細くて、私の手でも手首までしか入らない。奥にいるアンバーには届かなかった。ライナスだったら、きっと指先しか入らないんじゃないかな。仕方ない、無事は確認できたから、アンバーの回収は後回しにしよう。

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