31 試掘 (1)
私が「裁きの書」のページを繰りながら、目を開いたまま意識を飛ばしかけていた間に、伯父さまはしっかり仕事をしてくださっていた。
翌朝、伯父さまからはこう指示された。
「リース王国から派遣した職人には、別の仕事を振ってかまわない」
「はい」
「王宮にも報告済みだ。君たちの判断で動きなさい」
「ありがとうございます」
つまり、魔王本体へ届く穴を掘るための作業を手伝ってもらってよい、ということだ。続けて伯父さまは、注意事項を付け加える。
「ただし、他国から派遣された職人に関しては、勝手をするわけにいかないのでね。我が国の者で対応できる範囲で動いてほしい」
「わかりました」
さらに「裁きの書のしおり」についても、笑いながらこんな指示があった。
「今回見つかった『裁きの書のしおり』のスキルに関しては、各国にも知らせることにしたよ。まあ、知らせるまでもなく先方は『知って』いるだろうけどね」
知っているというか、旅行中にライナスのはったりが広まってしまったというか。ちょうどいいから、はったりごと利用してしまえという感じらしい。周知したところで悪用しようのないスキルであることも大きいと思う。
朝の差し入れは、パン。数種類のパンをスライスして持たされた。職人たちは、これにも大喜び。
「こんなパン食うのは、半年ぶりだわ」
「ありがてえなあ」
いつもは乾パンだそうだ。輸送や保存を考えると、どうしてもそうなってしまう。それに加えて、干し肉。パンが普通のパンになるだけでも、食事が豪華になったように感じるらしい。ちょっと切なかった。
ライナスには、伯父さまの指示を伝言する。職人に手伝ってもらってよいと聞いて、ライナスは笑顔になった。
「ありがとう。助かる」
親方は朝食の間、ライナスと相談していた。そして朝食後は、職人たちを全員集めて状況説明をした。その上で、仕事の割り振りを変更すると伝える。すると他国から来たらしき職人がひとり、挙手をした。
「親方、ちょっといいすか」
「おう、どうした?」
「俺たちも、そっちの調査に混ぜてくれませんかね」
「それは上に確認とってからじゃないと、まずいんだよなあ……」
親方は渋い顔をして、言葉をにごした。
職人の申し出自体は、ありがたい。けれども各国には「魔王城を封鎖する門の建築」という名目で職人を派遣してもらっていた。その名目から外れる仕事に割り振るなら、まずは派遣する側の承認が必要というわけだ。
ところが挙手した職人は、「それは問題ないっす」と朗らかに請け合う。
「俺らは『親方の指示に従え』って言われて来てるんでね。親方が『やれ』って言ってくれりゃ、それで済む話なんすよ」
屁理屈のようにも聞こえるけど、実際のところ本当に問題ないらしい。
魔王城のような場所では、なにがしか不測の事態が起こるであろうことが十分に考えられる。そのときにいちいち上の判断を仰いでいたら、後手に回る。後手に回るどころか、手遅れにだってなりかねない。だから必要に応じて現場の判断で動け、と指示されて来たのだそうだ。
親方が確認したところ、挙手した職人の国だけでなく、各国すべてが同じような指示をしていることが判明した。親方は「わかった」とうなずき、少し考えてから先ほどの指示を撤回した。
「そういうことなら、チーム分けを変えるわ」
リース王国の職人だけで別行動するのではなく、各国の職人から成る混成チームを組むことになった。これならそれぞれの職人から、各国の上層部へ必要に応じて報告を上げられる。そう配慮した結果みたい。
そこまで見届けてから、私は王都にいる伯父さまのところへ転移した。職人たちの様子を報告して、自室へ戻る。
「アンバー、ただいま」
返事がない。起きていれば「ミャーウ」と返事があるはずだから、まだ寝てるのだろう────そう思って、ケージの中に置いたバスケットをのぞき込み、私は目をパチクリさせた。アンバーがいなかったのだ。
あれ? なんで?
出かける前には、間違いなく寝ていた。それにバスケットは、ちゃんとケージの中に入っている。だったら外に出たはずがない。おかしい。
首をかしげつつ、アンバーを探す。そして見つけた。バスケットと壁の間にある隙間に、じっとうずくまっている姿を。
名前を呼んでも、こっちを見ない。うつむき加減にあらぬ方向へ視線を向けていて、誰の目にも明らかにいじけていた。ちょっと帰るのが遅かったかしら。一応、三時間以内には戻ってきてるんだけど。
たぶん、ずっとライナスがいないのも気に入らないのだと思う。
アンバーは、ライナスにはそれほど甘えない。と言っても、全然甘えないわけではなくて、たまに抱っこをせがんだりはする。ところがライナスは、私に比べるとアンバーのことを見ていない。だからたまにアンバーが抱っこをせがんでも、ライナスは見落として素通りしてしまうことが珍しくなかった。
ライナスが近づいてくるタイミングを見計らって、「ミャーウ」と後足で立ち上がって「抱っこ」のポーズをとるアンバー。なのにライナスときたら、案外これを見落とすのだ。
無情にも目の前を素通りしていくライナスを、アンバーは後足で立ち上がったまま、呆然と見送る。しょんぼりと前足を下ろしながらも後足で立ったまま、じっと視線はライナスの背中を追っていた。
たまらないほどいとけなく、かわいそうでかわいくて、もう何とも言えなかった。もしかしたらライナスにあまり抱っこをねだらないのは、素通り率が高いからかもしれない。
その代わりライナスがソファーで本を読んでいると、アンバーは彼の肩に乗る。ソファーに飛び乗り、ひじ掛けから背もたれの上を歩いて、背中側から肩にピョンと飛び乗るのだ。そこにお座りし、何が面白いのか、ライナスの手もとをじっと見つめている。ライナスが本のページをめくるたびに、アンバーの顔が手の動きを追って動く。
ベタベタはしないけども、こんなふうにアンバーはちょこちょこライナスにも甘えている。そのライナスが、このところ全然いないわけだ。そう言えば少し前からアンバーは、屋敷の中をうろうろと歩き回ることが増えた気がする。
もしかしてあれは、ライナスを探していたのだろうか。そう思うと、いじらしかった。
理由はさておき、今はすっかりいじけている。気が向いたら出て来られるよう、ケージの扉だけ開けておいた。こういうときは、変に構わずそっとしておくに限る。
しかし、いつまで経ってもアンバーはケージから出て来なかった。小さなアンバーは、へそを曲げてもあまり長続きしないのに。おかしいな、と思って様子を見に行ったところ、理由がわかった。いじけてバスケットの陰に隠れたまま、ふて寝していたのだ。いつものようにお腹を出して。
このところ魔王城での様子が気になって、あちらで過ごす時間が増えていた。そんなつもりはなかったのだけど、ちょっとアンバーをほったらかしにしすぎたかもしれない。
起きたら少し遊んであげよう。




