29 可動体と対になるもの
神殿から屋敷に戻る道すがら、馬車の中でライナスは首をひねっていた。
「『魔王可動体』って、何だろうな」
「そう言えば、ただの『魔王』じゃなかったわね」
「そうなんだよ」
アンバーの称号のことだ。鑑定板に表示されていた称号は「魔王可動体の子」だった。「魔王の子」ではなかったのだ。まるで魔王に、可動体とそうじゃないのがあるかのように。
ライナスも同じことを思ったようだ。
「可動体の対になるものって、何だろうなあ」
「可動の反意語だと、不動とか。あとは固定とか、かな」
「不動か」
魔王。そして不動。
この二つの単語からは、連想されるものがあった。きっとライナスも、私と同じものを頭の中に浮かべている。
私の頭の中に浮かんだのは、大きな紫色の水晶だ。魔王城の最奥で見つけた、明滅し続ける得体の知れない水晶。ライナスのスキルをもってしても傷ひとつ付けることがかなわなかった、あの水晶。
水晶の紫色は、魔王に「解除」をかけたときに現れたものと同じ色だった。魔王と深い関係があったとしても、少しも不思議ではない。
「私、魔王城に行ってみる」
「いや。フィーは王都で待ってて。俺が行く」
「え、なんで?」
ライナスの反応に、私は眉をひそめて首をかしげた。
一緒に行ってくれるのは当然のように期待していたけど、よもや王都で待っていろと言われるとは思わなかった。だってライナスには、魔法なんて使えないじゃないの。勇者のスキルならたくさん持ってるけど、それと魔法は別のものだ。
けれどもライナスがこう言ったのには、ちゃんとした理由があった。
「アンバーを連れて行きたくないんだよ」
言われてみれば、そのとおりだ。「魔王の子」と鑑定板に表示されるような生き物は、魔王の本拠地に連れて行くべきじゃない。運がよければ何も変わらないかもしれないけど、悪影響が出る可能性が否定できなかった。連れて行くべき確固たる理由があるならともかく、そうでないなら置いていくべきだろう。
「魔法を使うために、最終的にはフィーも必要だけど。俺があっちに着いたら、指輪の転移で来てくれるかな」
「そうね。それがよさそう」
屋敷に戻った私たちは、さっそく伯父さまに報告をする。
ただし、報告したのは「裁きの書のしおり」についてだけ。アンバーの素性については、触れるのを避けた。だって魔王の近親者だと知られたら、問答無用で殺されかねないもの。たとえ私たちに対して何の害意もない生き物だとしても。
ライナスはしおりについての報告をした後、こう告げた。
「というわけで確認のためにもう一度、魔王城に行ってみます」
「せっかく帰ってきたところなのに」
伯父さまは眉尻を下げて、肩を落とす。
「でも今回は、俺ひとりで行きますよ」
「え? そうは言っても、魔法が必要だろう?」
驚いた顔の伯父さまに、ライナスはもっともらしい理由を披露した。
「あっちに着いたら、指輪を使って転移してもらいます。俺ひとりのほうが強行軍で行けますから。早く着けるはずです」
「なるほど。それもそうだな」
もっともらしいというか、実にもっともな理由だった。
ライナスは翌日、魔王城に向かって出発した。本当は着の身着のまま、その日のうちに出発する勢いだった。だけど出発を一日遅らせてでも、船をチャーターしたほうが早く着けるだろうという判断になったのだ。
荒れ地方面へ船で行く人なんて、普通はいない。でもライナスなら大丈夫。
荒れ地方面に船で行かない理由は、河岸付近にも大型魔獣がよく出るようになるからだ。その点ライナスなら、船を降りるその場に何頭の大型魔獣がいようとも、単身で十分に対処が可能。
行けるところまで船で行き、後は馬で行く。「裁きの書」と結婚指輪の転移は、二人で旅をしたときとは逆の使い方をした。つまり旅先から王都へ報告に来るのではなく、旅先にいるライナスのところへ王都から行って戻ってくるために使う。
船での移動中は一日一回、ライナスのところに転移した。船から降りて馬での移動中は一日三回、朝と昼と夕方。宿に泊まれなかったときには食事を運び、ついでに馬に補助魔法と回復魔法をかけておく。
馬での移動中には転移の回数を増やすと言ったとき、最初ライナスは反対した。
「三回も来るのは大変じゃない? 一日一回で十分だよ」
「大丈夫よ。全然大変じゃないから」
それに、お昼を一緒に食べられるでしょ。そう言って抱きつくと、ライナスは「そうだね」と笑って、それ以上は何も言わなかった。と言っても、馬での移動は、わずか四日間のことに過ぎない。河岸の魔獣を考慮しなければ、意外に荒れ地の奥まで船でいけたからだ。
二人で魔王城から帰還するときには一か月かけた行程を、ライナスはなんと十日ほどで移動してしまった。本当に強行軍だ。
ライナスが魔王城に到着するのに合わせ、私と伯父さまはちょっとした準備をしておいた。準備したのは、職人たちへの差し入れ。職人たちが仕事を始めて、かれこれ半年ほどが経つ。最果ての村経由で食料は入手できているはずだけど、場所が場所だけに、どうしたって保存食や携帯食に偏りがちなはず。
たまにはパーッと、おいしいものやお酒を楽しませてあげたい。というわけで、おつまみになりそうな保存食を含めて、いろいろ用意しておいたのだ。
おかげで親方をはじめ職人たちには、それはそれは歓迎された。
「さっすが勇者の兄ちゃん!」
「聖女さまは、気配りが聖女だな……」
歓迎されているのは、明らかに私たちじゃなくてお酒とおつまみ。でも、みんな喜んでいるからそれでいい。
職人たちの酒盛りに最初だけ付き合って、ライナスと私はかがり火を囲んだ酔っぱらいたちの輪からそうっと抜けた。職人たちは全員が酒盛りに参加しているので、魔王城の内部には誰もいない。
中庭くらいまでは、酔っぱらいたちが時々どっと笑う声がかすかに聞こえてくる。でもヒイラギの葉を使って転移した先は、しんと静まりかえっていた。
ライナスと二人、最奥の広間を抜けて、紫色の水晶のある場所へと向かう。水晶は相変わらず、音もなくほのかに明滅していた。ライナスが肩掛けバッグから「裁きの書」を取り出し、渡してくれる。
しおりが目次にはさまれていることを確認してから、私は水晶に「解除」の魔法をかけた。魔法なら何でもいいはずなのに「解除」を使ったのは、「正体を現せ!」という気持ちがあったからだと思う。
「裁きの書」を開くと、果たしてそこには項目が追加されていた。その項目には、こう記されていた。
『魔王本体』




