26 アムリオン観光
アムリオン王都ではおかしな貴族に絡まれることもなく、無事にロイヤルゲストハウスで滞在の手続きが完了した。
こんなことは、初めてだ。首都ではどこでも、何かしらトラブルがあったのに。平穏って、すばらしい。きっとジュードやブレント、大使館の人たちが頑張ってくれたおかげだと思う。心の中で、深く感謝を捧げておいた。
なお、宿の名前にロイヤルだのゲストハウスだのと付いているが、アムリオン王家とは何の関わりもないそうだ。ただ高級なだけの、民間の宿だった。
王都近くにある水晶の目撃地点は、翌日すぐに調査に出かけた。予想どおり、収穫は何もなし。
というわけで、後はのんびりと観光するだけ。地元民のブレントに、お薦めを尋ねてみた。
「王都内で観光するなら、どこがお薦め? できればアンバーを連れて行けるような場所だとありがたいんだけど」
「定番はリトルケーナとバーレイタウンかな」
「へえ。どんなところなの?」
「どっちも東大陸の人たちが集まってる場所なんだ」
リトルケーナは、ケーナ王国の人々が作った街。バーレイタウンは、バーレイ帝国の人々が作った街なのだそうだ。いずれも東大陸の国で、ケーナ王国はアムリオン王国と隣接した国。バーレイ帝国はさらにその向こう側に広がる、東大陸の中で最も大きな国とのこと。
それぞれの街では、建物の建築様式が祖国のものだと言う。そこで暮らすのは、東大陸から商売のために滞在している人々。だから彼らの間で話す言葉は、もちろん東大陸の母国語である。
東大陸に行かなくても外国気分が味わえるので、人気の観光地なのだそうだ。聞いただけでも、いかにも楽しそう。きっとジムさんやシャーロン王国のレジナルド王子も、行ったことがあるんじゃないかな。
ブレントお薦めの観光地は、どちらも本当に楽しかった。建物や聞こえてくる言葉が違うのはもちろん、行き交う人々の容姿も違うし、着ているものも違う。私たちの言葉を流暢に話す人も多いけど、カタコトの人もいた。そんな人たちと会話するのは新鮮で、意思の疎通が図れると達成感もあって楽しい。
買い物は、あまりしなかった。
バーレイタウンの貸衣装屋で見た宮廷衣装は、とてもすてきだったけど。記念に一式買って行こうかと思い、お店の人にその「一式」を教えてもらったところで諦めた。帯やひもが何本もある上に、結び方が複雑すぎる。一度で覚えられる気がとてもしない。買って帰ったところで、着付けができないこと請け合いである。
結局、貸衣装屋で着付けてもらい、二階のバーレイ風応接室でバーレイ式のお茶を楽しんだだけで終わった。それでも十分に楽しかった。もちろん、ライナスやジュードたちも一緒だ。二人とも、黒い宮廷衣装がよく似合っていた。
そんなこんなでたっぷりと観光を楽しんだ最終日、私たちは大使館へ夕食に招待された。
夕食の席には、明らかに大使館員ではないと見てわかる、上品できれいな女性がいた。ジュードが視線を泳がせながら、あやしげな紹介をする。
「ええっと、こちら船のオーナーのオトモダチで────」
「ジョゼフィン・アムリオンです。レジナルド王子とは、下の弟が学校の後輩だったご縁で親しくしています」
うん、もう驚かない。王太子殿下だった。年の頃は三十過ぎくらい。
アムリオン王国の王位継承は、絶対的長子継承制だ。だから弟がいても、第一子であるジョゼフィン王女が王太子なのだった。この制度をとっているのは、西大陸にある国の中でアムリオン王国だけ。
ジュードが前に言っていた「殿下が手を回してくれた」というのは、おそらく「レジナルド王子からジョゼフィン王女に話をしておいてくれた」という意味だったのだろう。だからアムリオンでは、自分本位な貴族に迷惑をかけられることがなかったのだと思う。
隣にいる男性は、ジョゼフィン王女と結婚して王族に仲間入りしたというピーター王子。なんと平民出身だそうだ。もちろん平民とは言っても、ただの平民ではない。大富豪である。それも、そんじょそこらの貴族では太刀打ちできないほどの。それでも、王族として認められるまでにはとても苦労をしたらしい。主に教育面で。
平民育ちの私がローデン公爵家に入ってもあまり苦労していないのは、両親のおかげだと思っている。平民として暮らしていても、どちらも貴族出身だった。だから礼儀作法にはうるさかったのだ。ライナスのおかげも大きい。平民の身であれほど読書ができたのは、ライナスが貸してくれたからだもの。
それにローデン公爵家というのは、少なからず特殊な家だ。跡継ぎとして求められる教養は、他の貴族とはだいぶ異なる。そうした知識は知らず知らずのうちに、幼い頃から父にたたき込まれていた。
そんな世間話をした後、ジョゼフィン王女が話題を変えた。
「ところで、『裁きの書』という神聖具をお持ちだとか」
「はい」
「生きている人間の悪行について、書かれているのですって?」
「はい、そのとおりです」
特に秘匿する必要のないことを質問されたので、正直にうなずく。王女さまはさらに質問を重ねた。
「聖女さまの魔法を受けると、その者の情報が『裁きの書』に現れると聞きました。間違いありませんか?」
「それは、はったりです」
真顔でしれっと答えたのは、ライナスだ。これにジョゼフィン王女は怒るでもなく、「やっぱりそうでしたか」と吹き出した。
「もし本当なら、公益のためにぜひ活用していただきたいと思ったのですが。残念です」
「あいにく、そんな便利なものではありませんね」
「そうですよね。────実際のところは、どのような人物の情報が載っているのでしょう? 差し支えない範囲で教えてくださいませんか」
ライナスは「うーん」としばらく考え込んでから、言葉を選びつつこう答えた。
「フィミアを害した者、と言えるでしょうか。直接的、間接的に彼女の安全を脅かした者です」
「ああ、なるほど」
王女さまは深く納得しておいでだけど、私も心の中で「なるほど」と思った。うまい言い方だ。
今は亡きあの王さまは、間違いなく私の安全を脅かした。私の他にも数え切れないほどたくさん被害者がいるけど、私に関する部分だけを切り取って表現するなら、ライナスの言うとおりだった。
ジョゼフィン王女は、にっこり微笑んでこうおっしゃった。
「では、わたくしからも周りにはそのように説明しておきましょう」
ライナスと私がおぼつかない様子で「はい」とだけ返事をすると、王女さまはその真意を説明した。
「聖女さまが魔法を使った対象の情報が『裁きの書』に現れるとなれば、きっと逆にそれを利用しようとする者が現れるでしょう。ですから前もって、『裁きの書』とはそういうものではないと知らしめておくのがよいと思うのです」
用途が限定されているとわかっていれば、あえてぶしつけな依頼をしようとする者も現れないだろう、というわけだ。そこまで考えの至っていなかったライナスと私は、王女さまの配慮に感謝した。
さらに王女さまは、楽しそうにころころと笑いながらこんなことをおっしゃった。
「『聖女さまを利用しようとするのも、害するうちに数えられるかもしれない』と含みを持たせておくのも、よいかもしれませんね。特にボイクートのあのごうつく親父には────あら、失礼。言葉が乱れてしまったわ」
王女さまのおっしゃる「ごうつく親父」とは、きっと私たちの頭に浮かんだとおりの人物じゃないかと思う。
それにしても、このお姫さまはいったいどこでそんな言葉を聞きかじったのかしら。チラリとピーター王子に視線を向けると、王族らしく鷹揚ににっこりと微笑みかけられた。犯人がわかった気がした。




