19 イカサマ銅貨
船を降り、桟橋から岸に向かったところで、ヒュー博士たちは出迎えてくれた。
「よく来てくれたね」
「お久しぶりです」
博士たちと挨拶を交わす横で、例の偉そうな人が声を張り上げた。
「勇者どの、聖女さま、ようこそボイクート共和国へ!」
無視するわけにもいかず、ライナスと私は不審そうに眉をひそめながらも、会釈をした。そして言葉には出さずに、問う視線をヒュー博士に向ける。博士は私たちにだけ見えるよう小さくため息をついてから、隣の人物を紹介した。
「こちらは、ボイクートの総督閣下だよ」
「ドナルド・コーウェンです。ヒューとは、年来の知友でしてね。どうぞよろしく」
総督の言葉とは裏腹に、博士の表情から判断する限り、本当に「古くからの親友」と言える関係にあるとはとても思えない。でも国家元首が相手では、むげにもできなかったのだろう。その点は容易に想像できた。
うっすら事情を察した私たちは、よそ行きの笑みを貼り付けて挨拶を返した。
「ライナス・ローデンです」
「フィミア・ローデンと申します」
総督はにこにこと言うよりニヤニヤといった感じの下卑た笑みを浮かべ、尋ねてきた。
「お二人の滞在先は、もうお決まりですかな?」
「はい。ヒュー博士の家にお世話になることになっています」
「それはいけない!」
頭から否定され、思わず「え?」と間抜けな声をもらしてしまった。
「独り者では、十分な歓待などできないでしょう。どうぞ、我が家にお越しください。何不自由ない滞在をお約束します」
え。嫌なんですけど。
どうしてこんな、知らない人の家になんか泊まらなきゃいけないの。気持ちのよい人だったならまだしも、博士にこんな顔をさせる人とは仲よくなれる気がしない。だからといって、今ここでアンバーに「ハウス」をさせて逃げるのも下策だろう。さすがに国家元首を相手に使ってよい手ではない。
どうしようかな。
忙しく頭を悩ませていたら、ライナスがこちらを見ないまま、ひじでツンと私の腕をつついた。なんだろう。私もライナスに顔を向けずに、こっそりと横目で彼の腕を見る。するとライナスは、総督から見えない角度でポケットを叩き、指先で弾くような動作をしてみせた。
なるほど。あれか。
私はにっこり微笑んで、総督に向き直った。
「では、天に伺いを立てましょう。総督閣下の提案を受けるべきか、あるいは先の約束を守るべきか。コイントスで神殿の面が出たら、ありがたく閣下のお世話になりましょう。反対側だったらもとの約束どおりということで、いかがでしょうか」
「え? あ、ああ。さすが、聖女さまらしい解決策ですな」
総督は渋々ながらも賛意を示した。
思いどおりに事が運ばないながらも、否定されたわけではないから、反論できなかったのだと思う。まあ、「天に伺いを立てる」なんて提案をされちゃったら、バチ当たりにならずに拒否するのは難しい。それに少なくとも、自分の意見が通る確率は半々なわけだし────普通なら。
ライナスを振り向くと、彼はポケットからコインを取り出して指の上に載せた。
「ライ、お願い」
「じゃあ、いくよ」
ライナスは親指をはじき、コインを回転させて空中に投げ上げる。そして落ちてきたコインを手の甲で受け止め、同時に反対の手でコインを上から覆った。
覆った手をおもむろに外せば、そこにあるコインは神殿とは反対側の面、すなわち表を上にしている。
私は重々しく結果を告げた。
「天は『約束を守るべし』と仰せですね」
「それは残念」
「お気持ちには感謝いたします。お誘い、ありがとうございました」
すました顔で礼を言い、総督に会釈をしてから、そそくさと迎えの馬車に向かった。ライナスと博士も、私の後ろで総督に挨拶してから付いて来る。もちろん、ジュードとアレックスも。
よし。突破成功。
アレックスは自宅に戻ると言うので、馬車の前で別れた。馬車に乗ってドアを閉めたとたん、ホッとして肩から力が抜けた。
緊張がゆるんだせいだろうか。急に笑いが込み上げてきた。ライナスもこちらを見て、くすくすと笑う。私は彼の腕に抱きついて、頬をすり寄せた。
「ライって、本当に最高よ!」
ヒュー博士も、私たちの様子を見て楽しそうに笑った。どうやら博士はカラクリに気づいていたらしい。
「イカサマ銅貨か。懐かしいな」
「え、イカサマ?」
ヒュー博士の言葉に、ジュードの声がギョッとしたように上擦った。博士は笑いながら説明する。
「リース王国に、一部の者から『イカサマ銅貨』と呼ばれる銅貨があるんだよ」
「何がイカサマなの?」
「比重が偏ってるせいで、コイントスしても表ばかり出る」
「え。じゃあ、もしかしてさっきのって……」
ライナスはニヤリと笑みを浮かべて、ポケットからコインを取り出した。指の上に載せ、親指ではじいて投げ上げてから、手の甲で受ける。そこには、表を上にしてコインが載っていた。
ジュードは口もとを引きつらせる。
「うわあ。ガチのイカサマだった」
「いいえ、天のお告げです」
私がわざとらしく、大神官さながらの慈愛に満ちた微笑を浮かべて厳かに言うと、博士とジュードは吹き出した。ライナスも笑いながら褒めてくれた。
「フィーのその持ちかけ方も、うまかったよ」
それはもう、総督の同意を取らなきゃと必死だったもの。天の威光だろうが、利用できるものは何でも使う。
あと「表」と「裏」という言葉は、絶対に使っちゃいけないと思った。だって「裏が出たら総督の案に乗る」という言い方をしたら、あの総督閣下は間違いなく気を悪くしただろうから。見るからに「自分の案が『表』じゃないと気に入らない」というタイプの人だった。
ライナスは銅貨をジュードに向けてかざして見せる。
「ジュードも一枚、持っとく?」
「え、いいの? ほしい」
「どうぞ」
コインを受け取ったジュードは、さっそく投げ上げてみた。けれども手の甲で受けたコインを確認して、落胆の声をもらした。
「あれ。裏だ……」
「ああ。それ、回転のかけ方にコツがあるんだよ」
「どうやればいいの?」
ライナスは「刻印のこの部分に比重が偏ってるから、こう回転をかけてやる」と、実演を交えながら解説する。ジュードはすぐにコツをつかんだようだ。博士の家に到着するまでには、イカサマを完璧に習得していた。いったい何に使うつもりなのやら。




