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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第三章 究明

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13 上級治癒魔法の代償

 執事風の男は私の前まで進み、深々と頭を下げた。


「キャムデン伯爵の遣いの者です。失礼を承知でお願い申し上げます。どうか、我があるじをお救いください!」


 何を言っているんだろう。何から救ってほしいと言うのか。


「お願いです、治癒魔法を使っていただけませんか。今の医師は当てになりません。ひと月経っても、少しもよくならないのです。どうか、どうか聖女さまの治癒魔法であるじをお救いいただけないでしょうか」


 医者が手を尽くしてもよくならないなら、そういう病気なのだろう。なんでもかんでも治癒魔法で完治するとか、本気で信じているのだろうか。おとぎ話じゃあるまいし。


 なのに、どうやら本気で信じているっぽい。常識的に話のできる人ではないということだ。面倒くさいなあ。


 でもダーケイアで使った手は、今回は使えない。だってバスケットは私が持っているから。アンバーに「ハウス」を指示したところで、手もとのバスケットに飛び込んでくるだけだ。どうしようかな。思案していたら、遣いの男が声を張り上げた。


「聖女さま、あるじを見捨てるのですか!」


 道行く人々が、何ごとかと好奇の目を向けてきた。


 なるほど。素直に従わなければ、私たちを悪者に仕立て上げようという魂胆か。こすい。はなから相手をする気はなかったけれども、なんだかムカついてきた。


 さて、どうしようか。いくつか頭の中に案を浮かべる。ところがどの手でいくか決める前に、ライナスがすいっと私の前に身を滑り込ませた。


 腕を組み、冷ややかに男を睥睨(へいげい)する。身長が高いだけに、見下す目つきに威圧感まで加わっている。


「医者への支払いをケチって聖女をタダ働きさせようとは、なかなかいい根性をしてるじゃないか」

「なっ……。そんな話はしていないではありませんか!」


 ライナスは、ばかにしたように片眉を上げた。


「なら、ケチってるのはポーション代か。医者代どころじゃないな。セコさが尋常じゃない。本当に貴族なのか? こんな大通りで、よくも恥ずかしげもなく大きな声でたかれるものだ」


 わあ。すごいけんか腰。


 でも、もともとライナスは、けんかっ早い性分なのだった。あんなふうにあからさまにけんかを売られて、買わないわけがない。しかも今回は、あらかじめジムさんと大使館の両方からお墨付きをいただいている。こうして絡まれた場合は、容赦しなくてよいと言われているのだ。


 それにしても、ライナスはすごい。よくぞ一瞬で、周囲からの見る目を変えてみせたものだ。


 私を「気の毒な病人を見捨てる冷徹な聖女」に仕立てようとしていた遣いの男は、今や「面識もない聖女にたかろうとする恥ずかしい貴族の遣い」という目で見られている。


 とりあえず私は、静観することにした。けんかを売られたのは私だけど、買ったのはライナスだから。


 論点をすり替えられ、男は顔を真っ赤にして言い返した。


「だから、そんな話はしていません!」

「してるだろ?」

「もちろん、相応のお礼をする用意はございますとも!」

「ふうん。事前の連絡もなくいきなり押しかけて、問答無用で働かせようとしたことへの謝礼って、どんなものなんだろうな。まさか、町医者に支払うのと同じ金額でいいとか思ってたりしないよな?」


 遣いの男は、頭の血管が切れそうな顔色をして、声も出せずに口をパクパク動かしている。


 遠巻きに、野次馬の人だかりができていた。ライナスは気にした様子もなく、周囲にもしっかり聞こえる声量で続ける。


「知らないようだから教えておくが、ローデン家というのはリース王国の公爵家だ。しかも、数ある公爵家の中で特殊な位置づけにある家だよ。そして彼女は、その跡継ぎ。この国では格上の人間相手に、口先だけ『お願い』と言いながら頭ごなしに命令するのが流儀なのか?」

「いや、断じてそんなことはありません」


 最後の質問は、振り向いてジュードに対して発していた。普段はライナス相手に敬語なんて使ったことのないジュードも、空気を読んだのか言葉遣いが妙に丁寧だ。笑ってしまいそう。


 ライナスは遣いの男に向き直り、鼻を鳴らしてせせら笑いを浮かべてから続けた。


「おおかた『公爵家だろうと、お忍びで来ている他国の小娘ひとり』と軽く考えたんだろう。泣き落としか、それがダメでも脅せば簡単に言うことを聞かせられるとでも思ったんじゃないか? ずいぶん甘く見られたものだ」

「決して、決してそのようなことは……!」


 おやおや。先ほどまで真っ赤だった男は、一転して顔から血の気が引いていた。なるほど、どうやら図星だったらしい。ひどい話だ。私は呆れて、くるりと目を回した。


 ライナスはもはや、嘲笑を隠さない。


「だいたい、そのキャムデン伯爵とやらは、聖女の魔法を受けるだけの覚悟があるのか?」

「は……? 覚悟、ですか?」

「彼女には『裁きの書』という神聖具が授けられていると、知らないのか。神聖具だから、天界のものとは少し違うけどな。死者ではなく、生者のおこないが書かれている。彼女が魔法を使うと、その対象の情報が『裁きの書』の中に現れるんだ」

「え……」


 私も心の中で「えっ」と思ったが、もちろん顔には出さなかった。もはや蒼白になって冷や汗を浮かべている男に向かって、さらにライナスはたたみ掛ける。


「神聖具だから、人間にバレてないおこないも含めて、すべての悪行がつまびらかにされる。それだけの覚悟が、本当にあるのか?」

「え……。いや……」

「あるじに覚悟のほどを、まず確認したほうがいいんじゃないか?」


 しどろもどろになっていた遣いの男は、「大変、失礼をいたしました!」と深々と頭を下げてから、あたふたと逃げるように去って行った。


 その背中に向かって、なおもライナスはよく通る声で追い打ちをかける。


「知らないようだから、あるじに『性病に治癒魔法を使うのは自殺行為だ』と教えてやれ。死にたくなければ、素直に医者の言うことを聞いておくがいい」


 遠巻きにしている野次馬たちの間で、ひそひそ声が交わされる。


「え、性病?」

「クズだな」

「そんなもののために、聖女さまのお手を煩わせようとしたのか」

「キャムデン伯爵って言ってたっけ? とんだ国の恥さらしだ」


 男が去ったことでこれ以上の見世物はないと悟り、野次馬たちも散っていった。


 ライナスは男の後ろ姿に向かってフンと鼻を鳴らす。わかりやすく顔に「勝った!」と書いてあるものだから、吹き出しそうになってしまった。それから彼は平静な表情を取り戻し、ジュードと私を振り向いた。


「待たせてごめん。行こうか」

「うん。ライ、対処してくれてありがとう」


 お礼を言う私の横で、どうしたわけかジュードは顔を引きつらせている。


「隊長、こええ。叩き方がえげつないわ。温厚な人が怒るとこわいって、本当なんだな。俺も怒らせないよう、気をつけよう……」


 え、温厚? ライナスが?


 目をパチクリさせた私がライナスの顔を見上げると、苦笑した彼と目が合った。「寡黙な勇者」の次は「温厚」か。誤解というのは、こうして育っていくものなのかもしれない。

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