表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第三章 究明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/143

07 旅路と仔猫

 仔猫はアンバーと名付けた。毛並みが琥珀(こはく)色だから。


 アンバーは仔猫の割には、あまり手のかからない子だ。食べ物の好き嫌いはなく、肉でも魚でも何でも食べる。トイレは、外に出て勝手に済ませてくる。外に出たくなるとドアの前でうろちょろして鳴き声を上げるので、わかりやすい。外に出しても、用が済めばすぐに戻ってくるから安心だ。


 そればかりか驚いたことに、いつの間にか人間用のトイレの使い方を覚えていた。見ていて非常に危なっかしいものの、便座のふちに腰掛けて用を足している。なんと終わると便座の上から身を乗り出して、壁にあるボタンを押して流すところまでする。


 そうして、水の流れる音に気づいた私かライナスが様子を見に行くと、便座の上にちょこんと座って、ものすごく得意そうな顔でキラキラした目を向けてくるのだ。


 これは、褒められ待ち。「よくできたね」とか「えらいね」とか褒めて、なでてやれば満足する。面倒でも毎回褒めてやらないといけない。でないと、便座の上にお座りしたまま、こちらが根負けするまで「ミャーウ」と鳴いて催促する。いつかは飽きてやらなくなりそうだけど、今のところ、やめる気配はない。


 いちいち褒められ待ちするところさえ目をつむれば、このトイレ習慣はとても助かった。泊まりがけで船に乗っても、人間のトイレを使ってくれるから手間がない。


 仔猫だから、寝ている時間は長い。寝る時間が長いというより、むしろ食べるときと遊ぶときだけ起きている感じ。遊び疲れると、すぐ寝てしまう。だいたいはソファーやベッドの上なんだけど、寝姿が豪快だ。


 仰向けに寝転がり、全身をビローンと弛緩させている。猫って、丸まって寝るものじゃなかったの? ときどき寝ぼけているのか、空をかくようにチョイチョイと足を動かすこともある。


 初めて見たときには、笑ってしまった。我が物顔でソファーの中央に陣取るアンバーに、ライナスも苦笑い。


「アンバー。お前、初めての場所なのに、くつろぎすぎだろ」

「野生の猫って、みんなこんな感じなのかな?」

「それは絶対にない」


 ライナスが真顔で力強く言い切るから、また笑ってしまった。


 警戒心の強い猫と聞いていたのに、この無防備さはどうしたことだろう。とても野生の生き物とは思えない。たまたまナガグツネコと模様が似ているだけで、実は飼い猫だったりして────などと考えてから、私は首を横に振る。


「でも、あのとき顔を見せたのは、親猫よね?」

「見捨ててったけどな」


 親が見捨てたというより、アンバーがちっとも親のほうへ行こうとしなかっただけなんだけど。まあ、どちらにしても、結果は一緒か。


 アンバー用のベッドにしようと、バスケットにクッションを敷いたものを用意してみたものの、アンバーには見向きもされていない。疲れたらどこでも寝ちゃうからか、だいたいがソファーの上かベッドカバーの上でビローンと全身を伸ばしきり、仰向けに四肢を広げて寝転がっている。


 そのくせ私とライナスがベッドに入ると、なぜか毛布に頭を突っ込んでくる。うかつに寝返りを打ったら、つぶしそうでこわい。そのままカバーの上で寝ててほしいんだけど。不幸中の幸いは、奥まで潜り込みはしないこと。文字どおり、毛布に頭を突っ込むだけなのだ。


 目が覚めるとだいたい、顔の横あたりにフワフワのお尻がある。


 夜中に目が覚めたときには、そっとアンバーをベッドカバーの上に移動しておく。でも朝になるとやっぱり、枕の上に乗っかり、毛布に頭を突っ込んでいる。このときだけは仰向けではなく、行き倒れスタイル。うつ伏せで、前足と後足を前後にペタッと投げ出している。


 こうしてことあるごとに、静かな攻防を繰り返しているのだった。


 でも、敵はなかなかしぶとい。しかも困ったことに、どうしようもなくかわいい。だからこちらとしては、非情になりきれないのだ。そのうち根負けしそう。


 アンバーは賢いので、芸や指示もちょこちょこ覚えた。お手、お座り、ハウス、待て、来い。バスケットはベッドとしては見向きもされていないけれども、「ハウス」を指示したときの目的地と認識されている。動かしたり隠したりしても、ちゃんとバスケットまで行く。


 遊びがてら、私がいろいろな指示を教え込んでいるのを見て、ライナスが笑った。


「もはや犬だな」

「こんなに賢くて素直な子は、犬にだってなかなかいないわよ」


 お手なんかは、アンバーにとって完全に遊びのつもりだと思う。それが証拠に「お手」と言って前足を乗せてきたとき、スッと手を引き抜いて前足の上に重ねると、すかさずテシッっと手の上に前足を置く。


 スッ。テシッ! スッ。テシッ! スッ。テシッ! これが何回でも、エンドレス。しかも妙に真剣な目で、私の手をじっと見つめている。絶対に自分の前足の上に手を置かせない構えなのだ。


 加えて「お手」のポーズは、アンバーが遊んでほしいときの合図にもなってしまった。遊んでほしくなると、寄ってきてお座りし、「お手」のポーズをしてつぶらな瞳をじっとこちらに向ける。これはたまらない。遊ばないわけにいかないじゃないの。


 私が気づかないでいるときには、「ミャーウ」と鳴いて気を引きながら、「お手」のポーズを繰り返す。それがかわいいものだから、つい横目で見ながら知らんぷりをしてからかったことがある。


 するとアンバーは、必死に「ミャーウ、ミャーウ!」と鳴きながら、次第に「お手」が高速回転になっていった。あれは笑った。思わず吹き出した私に、アンバーはどうしたわけかキリッとした顔を向け、おもむろに「ミャーウ」と「お手」をした。息が苦しくなるほど笑い転げてしまったのは、言うまでもない。


 こんなふうに、野性味のかけらも感じられないアンバーだけど、飼い猫とは違うと思わされる部分もある。一番わかりやすいのは、水を嫌がらないところ。


 嫌がらないどころか、水遊びが大好きだ。お風呂に入っていると、水遊びをしていると思うのか、寄って来て「遊ぼう」とばかりに「お手」のポーズをする。バスタブに入れてやれば、チャプチャプとお風呂の中で犬かきをしたりして、ご機嫌だ。


 バスタブにお湯を張らないときでも、シャワーで遊びたがる。シャワーからしたたり落ちる水滴が楽しいらしい。バスタブに入れてやれば、足もとで飽きることなく水滴にじゃれついている。


 毎日のようにお風呂に入っているから、たぶん普通の飼い猫と比べても清潔だと思う。


 こうして旅を続ける間に、アンバーはすっかり私たちの生活の中に溶け込んでいった。なお、馬は最初の宿泊地を出るときに、こっそり転移で王都の自宅に戻してきた。


 この旅行中も、魔王城への調査隊派遣時と同じように、時間を決めて伯父さまのところに転移している。調査のときと違って報告がないから、おやすみの挨拶をする程度のゆるさだけど。おかげで、こうして馬を家に帰すのも簡単にできる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼ 異世界恋愛 ▼
逆襲の花嫁

▼ ハイファンタジー+異世界恋愛 ▼
魔王の右腕は、拾った聖女を飼い殺す

▼ ハイファンタジー ▼
代理の王さま
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ