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にったさん。さいご(完)

「おめえ一馬か! えらい男前になって〜! とりあえず飲め!」

「色が白くてめんこいなあ。妙子ちゃんはいくつなの?」


 新田家の居間で、どんちゃんさわぎが繰り広げられている。アタシと妙子は、田舎特有の飲みニケーションに圧倒されていた。


 誰が誰だがわからないし、多分親戚以外も混じっていそうだが、とにかく飲んで踊って歌う。よく沖縄県民が陽気だと言われるが、道民が酔った時もなかなかすごい。仲間内に限るけれど。


 二月十六日、アタシと妙子は結婚式を終えた。


 ★


 その日は朝から晴れていた。どやどやとバスでやってきた新田家親戚一同は、アタシを目にするなり釣堀の魚のごとく食いついてきた。


「おー! 一馬! 本当に結婚するんだな」

「いい男になって〜! 耕三さんも鼻が高いねえ」

「本日はありがとうございます、おじ、さん……?」


 アタシは語尾を濁しながら挨拶をする。田舎の親戚ってのはやたら多いので判別が難しい。アタシの場合、もう何年も会っていないし。親類はとにかくアタシの周りにわらわら集まってきて通行の邪魔なので、待合室のロビーに誘導する。母がこそっと尋ねてきた。


「アンタ着替えなくていいの、一馬」

「新郎だからね。さして時間もかからないし」

「妙子さんは今頃綺麗に着飾っとるんだろうねえ」


 母はうっとりと言う。それから、アタシの背中を思い切り叩いた。


「あんたがうっとりしな」

「そんな暇ないわよ」


 頼りの父は何やら歓談しているし。親類があらかたロビーに集合したころ、若者たちが入ってきた。


「あ、新田さん!」

見慣れた若者がいる。彼ってば顔は可愛いけど、なかなかの腹黒なのよね。

「あら、神崎くん」


神崎の後ろには、見覚えのある女の子がいた。たしか妙子が酔っ払ったときに介抱してくれた子だ。妙子がみやぞんみやぞんと連呼していた。本名は……あ、思い出した。宮園さん。


「よかったんでしょうか、私まで来て」

「いいのよ。妙子が世話になったみたいだし」

「なんだか複雑ですね」


 神崎がふう、とため息を漏らす。


「小城さんのこと結構本気だったんですよね。曖昧な態度で惑わせる男に負けるなんて」

「そりゃ、妙子は神崎くんよりアタシを好きだからね」

「うわあ、感じ悪い」


 彼は首を傾げた。


「でも、新田さんが小城さんを好きってなんかピンと来ないんですよねえ」

「なにが」

「やっぱり保身があるのかな? って。自分にべた惚れなお嫁さんがほしかっただけなんじゃないですか」


 この子、爽やかな顔でものすごいカウンターを放って来るわね。


「アタシ、女と付き合ったことがないわけじゃないの。案の定うまくいかなかったけど」

「へえ」

「他の女と違うのよ、妙子は。なにが違うのかよくわからないけど。時折かわいくて、すごく愛おしくなるの」


 神崎はぱちぱちと拍手をした。


「素晴らしいおのろけです。惚気代をご祝儀から引いておきますね」

「……いい性格してるわ」


爽やかにありがとうございます、と言い、神崎が歩いていく。宮園さんは慌てた様子で私に会釈し、その後を追いかけて行った。


──あの子は神崎のことが好きなのだろうか。老婆心ながら、彼はやめたほうがいいのではないかと思う。


「新郎さま、そろそろお着替えを」


 アタシに声をかけたのは、元カレの純也だった。


「ああ、はい」


 純也とは色々あったし、まあまあ気まずい。

 真っ白なタキシード。こんな機会でもなければ、着ることがないだろう。アタシが身支度をしていたら、傍の純也がつぶやいた。


「本当に後悔しないのか?」

「式場の人間がそんなこと言っていいわけ」

「さあ、後悔って後に来るものでしょ。今はわからないわ」


 アタシはそう言って、純也を見た。この男を好きだった時がある。だけど今はなんとも思わない。彼は過去に過ぎないからだ。残酷でも、人間はそうやって忘れることで生きていくのだ。


「少なくとも、アタシはアンタと付き合ってたことだって後悔してないわ。だって自分で決めたことだから」

「強いんだな、一馬」

「違うわよ。自分の弱さを認めてるの」


 そう言ったら、純也が肩をすくめた。彼はアタシの胸元に薔薇をつけ、


「おまえには負けたよ」


 アタシが好きだった笑顔で笑った。


 教会の鐘が鳴り響く。アタシはこの音を、他人の結婚式でしか聞くことはないと思っていた。参列式をしめるのは、ほとんどがアタシの親戚だ。妙子の母親と視線が合ったので会釈する。隣には妙子の祖母も座っていた。


 バージンロードの向こうに、妙子が立っていた。父親と腕を組んで歩いて来る。指輪の交換をしたあと、誓いのキスを、と言われる。アタシは妙子のベールをめくる。いつもより輝いて見える妙子に囁いた。


「綺麗よ」


 女の子を愛しいと思ったのは、可愛いと思ったのは、妙子が初めてだった。結婚は普通の幸せ。普通じゃないアタシには、一生訪れないものだと思っていた。誰かが決めた幸福の形に押し込められるのも嫌だった。最後は一人で死んでいくのかもしれない。そう思っていた。


 なぜだか視界がぼやけ始める。妙子が心配そうな顔でこちらを見ている。


「一馬さん」


 アタシは俯いた。みっともない。こんな日に泣くなんて、アタシ馬鹿かしら。ふわり、と甘い匂いが漂った。柔らかい感触が唇にふれる。妙子がアタシに口づけたのだ。彼女は私を見つめ、微笑んだ。


「大好きです、一馬さん」


 アタシはこの子に出会ってから、泣いてもいいんだって思えた。妙子をぎゅっと抱きしめる。パチパチと、拍手の音が鳴り響いた。


「いやー、感動しましたよね。まさか新田さんが泣くなんて」


 神崎くんが笑顔でアタシにスマホを向ける。


「あんまり感動したので、ムービーに撮りました」

「今すぐ消しなさい」


 ひったくろうとしたらかわされた。彼はウインクして、


「消しませんよ〜お宝映像ですから」


 こんのクソガキ。痛い目見たいのかしら。ちょっと可愛い顔してるからって調子に乗るんじゃないわよ。アタシと神崎くんの攻防をよそに、妙子と宮園さんはほのぼのと会話している。


「素敵です、小城さ……妙子さん」

「ありがとう」


 妙子は照れたように笑っている。


「妙子さーん、こっち来て飲みなよ!」

「あ、はい」

「あーあ、花嫁とられちゃって」


 神崎くんはにやにや笑っている。


「ねえ、神崎くん」

「はい?」

「アンタ、本当なの。妙子のこと本気だったって」

「だとしたら?」

「悪かったわね」

「ええ。初めてですからね、振られたの」


 彼は目を細めた。


「ムービーとったら溜飲下がったんで。おめでとうございます」

「ありがとう」


 宮園さんは居心地悪そうにシャンパンを飲んでいる。


「いい子がいるじゃない、そばに」


 神崎くんは肘をつき、宮園さんに視線をやった。


「あー、そうですね。じゃあ付き合う? 宮園さん」

「えっ!?」

「冗談。全然タイプじゃないし」

「はあっ!?」


 怒る宮園さんの声を背に、アタシはその場を離れた。


 ★


 披露宴が終わると、親類たちを残し、参列客たちは帰っていった。そして彼らがどこへ向かったかというと──。我が新田家である。


「一馬は二歳で字を書いてたし、天才だあ」

「それ言うなら、妙子だって三歳でひし形を書いとった!」


 妙子の祖母が新田(叔父)と言い争っている。周囲はまあまあとなだめていた。妙子の両親は地の利と数に圧倒されている。アタシは人の脇をすり抜け、妙子の両親に声をかけた。


「タクシーを呼んだので、どうぞ」


 小城一家は、地元のホテル(10キロ先)に向かうタクシーに乗り込んだ。ただひとり場に馴染んでいた妙子の祖母は、後部座席で頭を揺らしている。アタシはウインドウ越しに声をかけた。


「すいません、騒がしくて」

「いえ、楽しかったです」


 妙子の母が笑う。その隣にいた父親が、口を開いた。


「一馬さん」

「はい」

「妙子のことを、よろしくお願いします」


 妙子の父親が、深々と頭を下げた。アタシは胸を詰まらせ、何も言わず彼にならった。妙子は父母と何かを話した後、タクシーの運転手に出発するよう告げる。去るタクシーに、妙子はじっと視線を送る。


 彼女が吐く息は白い。それでも、テールランプが見えなくなるまで、妙子はタクシーを見送っていた。アタシは妙子に近づいて、そっと肩を抱いた。


「寒いから、中に入りましょう」


 冬の夜空に、星が光っていた。


 ★


 それから二時間後。親類たちが帰っていくと、新田家に静寂がおとずれた。アタシが後片付けをしようとしたら、母が声をかけてくる。


「妙子さん、先にお風呂入ってもらったから、あんたも入りなさい」

「いいわよ、アタシは後で」

「花嫁を一人にしたらいかん」


 父がぼそりと呟く。一人って。ずっと一緒に暮らしてたんだし、どうせ部屋は同じなんだから問題ないと思うんだけど。


 父母から圧力を受け、アタシは洗面所に向かった。妙子は布団に寝転がっていたが、アタシが部屋に入ると起き上がった。


「疲れた?」

「はい、ちょっと」


 アタシは妙子のそばに座り、まだ少し濡れた髪を梳く。


「びっくりしました、一馬さんが急に泣くから」

「もう言わないでよ」


 アタシは羞恥に顔を覆った。いつも妙子をいじめてるツケが回ってきたのだろうか。妙子がふふ、と笑った。


「恥ずかしがってる一馬さん、可愛いです」

「生意気ね」


 アタシは妙子を羽交い締めにして、脇腹をくすぐった。妙子は笑いながらアタシの手を掴む。


「くすぐったい」


 腕の中に収まる細い体が愛おしくなった。同時に、なんとも言えない欲を覚える。白い耳介を噛んだら、小さな声が漏れた。ぬるりと舐めて、首筋まで舌を這わす。石鹸の甘い匂いが漂った。


「ん」

「一馬、さ」

「いっぱい痕つけていい?」


 脇腹をかすかに噛んだら、妙子がだめ、と囁いた。柔らかい部分を噛んで、舌を這わすたびに、彼女の身体が震える。


「そこは、だめ」

「いいでしょ、どうせアタシしか見ないんだから」

「ふ」


 柔らかくて白い肌に、赤いしるしが散る。潤んだ瞳がアタシを見つめる。妙子の指先が、アタシの指先に絡んだ。ひとりにしないで。妙子の唇から漏れる言葉が、アタシの心を震わせる。ひとりになんかしない。


「愛してるわ」

「一馬、さん」


 アタシは、妙子を強く抱きしめた。


 ★


 北海道の三月は、まだまだ寒い。アタシは積もった雪に、ぐさりとシャベルを突き刺した。空気がぬるくなったと思いきや、大雪が降る。そしてまた暖かさが訪れ、雪崩が起きるのだ。全く、勘弁してほしい。


 まだ日が昇ったばかりの時刻で、あたりは静かだ。一息ついていたら、妙子が姿を現した。


「私も手伝います」

「いいわよ、アンタは餌やりして」

「でも……一馬さんはもう20代後半ですから」


 寄った眉がなんだか腹立たしい。


「喧嘩売ってるわけ」

「純粋に心配してるんですよ」

「あっそう。それはありがとう」


 アタシは妙子にシャベルを差し出した。妙子は嬉しそうにシャベルを掴み、ざくざくと雪をかく。彼女が左指につけた結婚指輪が、朝日にきらっと光った。


 それと同じデザインのものが、アタシの薬指にもはまっている。それを日の光にかざしてみたら、とても綺麗だった。


 もうすぐ、北海道に春がやってくる。


 私のオネエな同僚〜かぼちゃ畑でつかまえて〜/end

ご愛読ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハッピーエンドになって嬉しかった。現実が殺伐としている分、小説を読んで幸せな気持ちになれて嬉しい。もっと他にも佐藤三さんの小説を読みたい。
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