3-8 地縁の鎖(2)分析
小学校コミュニティから拠点へ戻り、明日、支援する物資の準備で慌ただしく日が暮れた。
と言っても、酒とタバコは論外なので、調味料と子供たちのためのお菓子、熱中症対策などが中心だ。自己満足な支援にならないよう、4人で議論しながら確認した。
ビデオチャットを嶺守島と繋いで、おしゃべりしながら和やかな夕ご飯を食べる。本土の話は、拠点内の話だけにしているが、莉子ちゃんと悠真くんは早く来たいと羨ましがっていた。魔物VR訓練のレベル上限を10から15に上げていたのだが、二人で大人モードのレベル12をクリアしたそうだ。俺はまだ、一人だとレベル8なのだが……。
子供たちが寝た後に、桐島博士とビデオ会議を始める。
「博士、小学校の視察、終わりました。老人ホームと違って、小学校の方は……」
俺が報告し始めると、博士は静かに頷いた。
『お疲れ様です。音声とカメラの映像は見ていましたが、大変そうでしたね』
「問題しかねぇな。3人の自治会長が地縁で縛って支配してやがる。若い奴らは命懸けで物資調達、女性たちは炊事洗濯漬け、余所者は軟禁状態だ」
田村さんが低い声で言う。
「しかもさ~そいつらは一日中お茶飲んで文句言ってるだけ! ネットの荒らしが権力持っちゃったみたいな感じだよ。ほんと最悪!」
陽菜乃ちゃんが、思い出してムカついた様子で続ける。
『……実は、掲示板サイトの分析レポートを作成しました』
桐島博士がタブレットを操作すると、画面に資料が表示される。
掲示板サイトは、俺たちが本土にいる間は、桐島博士に様子を見てもらうようにお願いしていた。
『大災害から1ヶ月半以上が経過して、掲示板サイトには世界200以上のコミュニティ情報が蓄積されました。統計的に有意なサンプル数が集まったので、パターン分析を行いました』
「つまり、偶然ではなく明確な傾向があるということですね」
レオさんが興味深そうに身を乗り出す。
『えぇ、問題を起こす人物には、再現性のある行動パターンが存在します。アリスに様々な史実や心理実験も調べてもらいました』
画面には 『要注意人物パターン』 という大きな文字の下に、AからIまで9種類のパターンが表示されていた。
『まずはタイプA:法律盾型です』
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【タイプA:法律盾型】
・特徴:「それは違法」「人権侵害だ」を連呼し、非現実的な要求を続ける。
・心理的背景:正常性バイアスにより、秩序崩壊への不安から過去の枠組みに固執。
・参考例:ワイマール憲法形骸化期(1933)における法律家層の抵抗不能。東日本大震災時の原発事故対応での法的手続き優先による初動の遅れ(2011)。
・危険度:★★☆☆☆
現在の危機的状況を無視した議論に時間を浪費させる。
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『タイプAは、実害は少ないものの、初動の遅れが後の致命傷になることもあります』
「つまり……現状認識が甘くて判断できず、法律という盾で自分を守ろうとするわけですね」
レオさんが噛み砕いて説明すると、陽菜乃ちゃんが大きくうなずく。
「ああ、めっちゃわかる~! ネットでもいるよね、規約がどうとか倫理的にどうとかって言って、本質的な議論から逃げる人」
田村さんも思い当たる節があるようだ。
「どこにでも似たようなのはいるな。『法律ではこうなってる』って言うだけで、目の前の問題に対処しようとしない奴。机上の空論で何も解決しねぇやつだ」
俺は前世を思い出していた。大学の避難所でも、最初の頃は 「これは大学の管理責任だ」「政府が助けに来るはずだ」 と主張して、備蓄を配ることすら邪魔した教授がいた。
「確かに……こういう人は、実害は少ないけど時間を浪費させますね」
『続いて、タイプB:善意の暴走型です』
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タイプB:「善意の暴走」型
・特徴:「平等」「みんなで」を絶対視するため、議論が感情的になりやすく、データでの説得が困難。
・心理背景:「公正世界仮説」への過度な信仰により、努力と報酬の不均衡を否定し、確証バイアスで反対意見を排除。
・参考例:「共有地の悲劇」(1968)における資源の乱用構造。
・危険度:★★★☆☆
効率や資源の有限性を無視し、集団を危機に陥れる。フリーライダー問題を助長し、労働意欲を奪う。
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『タイプBは、公正世界仮説、つまり「世界は公正であるべき」という信念が強すぎるケースです。確証バイアスにより、自分の信念に合わない情報を排除してしまいます』
「公正世界仮説……」
レオさんが考えながら言い換える。
「つまり、 『頑張れば必ず報われる』 『みんな平等であるべき』 という理想に固執しすぎて、現実が見えなくなってしまうということですね」
「あぁ、こういうタイプもいるな。善意だからこそ、厄介なんだよな」
田村さんがため息をつく。
「クラスでもいたよ。 『みんな仲良くしようよ』 って言う子。でも、その子自身はボス女子に従ってるだけで、本気でいじめを止めようとはしないの」
田村さんが深刻な表情になる。
「俺も、軍事史を少しだけかじったが、こういうタイプが指揮官だとヤバいんだ。一見、口当たりがよくて信頼しそうになるが、根性論だけで部隊を動かして全滅させる。それに、働かない奴も同じ配給もらえたら、真面目に働く奴がバカを見るようにもなる」
義務を果たさず、平等という権利だけを主張してタダ乗りすることが許されると、義務を果たしている人は不満がたまるだろう。今日の小学校でも、この不満は何度か聞いた。
『データでは、このタイプが主導権を握ったコミュニティは、平均18日で崩壊しています。フリーライダー問題を助長し、労働意欲を奪うんです』
18日というと早く感じるが、今は物資が豊かにあるわけではないため、崩壊までの日にちが短いのだろう。だが、こういった 『みんな平等』 という考えを持つリーダーは、情が厚く面倒見が良い場合もあるため、それに助けられる人がいるのも確かだ。難しい問題ではある。
『続いて、タイプC:カリスマ独裁型です。これはわかりやすいですね』
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タイプC:カリスマ独裁型
・特徴:初期は有能だが、徐々に権力集中や物資の私物化によって、支配者へと移行する。
・心理的背景:「権威への服従」および「役割適応による暴力性」
・参考例:ミルグラム実験(1961)。スタンフォード監獄実験(1971)。ジョーンズタウン事件(1978)での権力構造(一定規模(おおむね100人以上)の集団で顕著)
・危険度:★★★★☆
暴力に発展する可能性が高い
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『タイプCは最も危険です。ミルグラムの服従実験では、被験者の65%が権威者の指示に従って、他者に致死レベルの電気ショックを与えました』
レオさんが静かに言う。
「つまり、普通の人でも、権威者の指示があれば、人を傷つけることができてしまう。そういうことですね」
「スタンフォード監獄実験ってやつもそうだろ? 物質化能力のアナウンス前に、サイトの 『集団心理と権力構造の危険性』ってページ、4コマ漫画も付けたやつ。あれは、今でもコメントが書き込まれてるし、反響が大きかったよな」
すかさず陽菜乃ちゃんが、そのページを画面に映す。
俺の指先が少し冷たくなる。前世の瀬川たちは、まさにこれだった。最初は 「みんなを守る」 と言っていた。日本刀で魔物を倒す姿は頼もしく見えた。だが、武器を独占した瞬間から、彼らは変わっていった。
「ジョーンズタウン事件って、900人以上が集団自殺したやつだよね?」
陽菜乃ちゃんが小さく呟く。
『そうです。カリスマ的指導者への盲目的な服従が招いた悲劇です。100人以上のコミュニティでは、40%の確率でこのタイプが出現します』
「小学校の自治会長たちは、これに近いんですか?」
俺が尋ねると、博士は少し首を傾げた。
『近いですが、少し特殊です。彼らはカリスマではなく「地縁」による支配構造を持っています』
画面に小学校コミュニティの構造図が映される。
『小学校のケースは、タイプC「カリスマ独裁」とタイプI「過去の栄光」の複合型です。フランス革命前の貴族支配と酷似した構造ですね』
「過去の栄光型?」
「戦前は地主だった、みたいな話ですか?」
レオさんが確認すると、博士が頷く。
『ええ。崩壊前の地位による特権要求です。心理学では「郷愁バイアス」と「自己効力感の喪失」と呼ばれます。現在の状況で役に立てないので、過去の権威にすがるのです』
桐島博士にかかると、自治会長たちもバッサリだ。
「ああ、それで 『親の恩』 とか 『お世話になった』 とか言って、若い奴らを縛ってるわけか。まさに、見えない鎖だな」
田村さんが理解した様子で頷く。
陽菜乃ちゃんが画面を見つめながら呟く。
「田舎の人間関係って、こういうとこあるよね。表向きは助け合いとか言ってるけど、実際は支配と服従」
俺は今日見た光景を思い出す。疲れ切った若者たち。村八分に怯える女性たち。そして、絶望的な目をした市役所職員。
「博士、この構造を変えることはできますか?」
『可能です。ですが、慎重に進める必要があります』
それから、タイプD:「情報操作」型、タイプE:「傍観者・無関心」型、タイプF:「被害者支配」型、タイプG:「信仰依存」型、タイプH:「密告者」型などの説明を聞く。
どれも、学校やバイト先にいたと思い出させるような問題児ばかりだった。だが、この1人がいたためにコミュニティが崩壊しそうな例もあるようだった。
『例えば、この書き込みです。タイプD:「情報操作」型の避難者が、虚偽情報を流布したため、2週間以内にコミュニティの分裂が予測されます』
画面には掲示板の中の相談板に書き込まれたコメントが映し出される。
──ロシア・ノヴォシビルスク避難所より
『処女を狙う魔物が現れたため、処女は危険だ』と言う情報が避難所内に流れている。嘘の画像データまで作成され、女性が混乱に陥っている。若い娘を持つ家族は武器を周りに向け、疑われる男性たちも反発して衝突寸前になっている。7家族が避難所を出ていくと言っているが、どうにかならないだろうか。このサイトの情報を教えても信用してもらえない。「存在しないこと」という悪魔の証明は難しすぎる。助けてくれ。
『この件は、ロシアで有名な生物学研究者が協力し、ビデオチャットでその避難所の人々に虚偽情報だという説明をしてくれることになっています。また、聞き込みをして発信者をたどったところ、その要注意人物はすでに避難所から逃げていたようです』
思いを寄せている女性がいたのか、単なる愉快犯なのかはわからないが、大災害後の今の緊迫した状況では笑えない話だ。
『こちらは、タイプC:カリスマ独裁型とタイプG:「信仰依存」型による問題です。ここも2週間以内にコミュニティからの一部離脱が予測されます』
──南米・アンデス山地避難所
新興宗教「空の母」が拡大しています。教祖が避難所のリーダーになり、神託を大義名分としてやりたい放題です。信仰しない人間の魔女狩りも始まりました。避難所の95%の人が「空の母」に疑いも持たずに暴走しています。残りの5%で、隣の市まで脱出予定です。××シティまでの、安全なルートがわかる方がいれば教えてください。魔物とモノリスのアプリは取得済みです。
『この書き込みには、DMで対応しています。アリスの衛星画像分析で判明している、通行できる道路の情報と、持ち出し必要物資のリストも提供済みです。95%もの信仰依存型がいるようでは、その教義に馴染めない人は離れた方がよいですね』
「その宗教を信じている人にとっては、いいコミュニティってこと~?」
「そういった組織は、非信者の5%がいなくなったら、次は信者内での魔女狩りが始まる可能性が高いかと。常にスケープゴートを作って、リーダーのカリスマ性を維持することになるでしょうから」
レオさんが、陽菜乃ちゃんに答える。
俺は、要注意人物のパターン分けを聞いていて気になったことを確認した。
「これって、判断が難しいですね。要注意人物と言ってもリーダーとは限らず、一般の避難者の可能性もあるということになりますから」
「そうだな。小学校コミュニティも、確かに自治会長たちの暴走が一番の問題だ。だが、タイプEの「傍観者・無関心」型の避難者が多くて、会長たちをのさばらせてきたとも言える。それに、部外者を軟禁して労働させているのを放置してるんだ。避難者全員が共犯とも言えるんじゃねぇか?」
「ですよね。集団心理に流されてしまうのは理解できますが、自分を被害者だと思って、それを自分の正当性の根拠にしているようでは、えーっと、このタイプFの「被害者支配」型でもありますよ。正直、前世の俺は、完全に自分は被害者だって思っていました。でも、傍観者という加害者でもあったし、やれることがあったんじゃないかと、二度目の今なら考えられます」
「知識って大切だね~、私も気をつけなきゃ。常に自分を疑うこと!!」
『では、続いて、成功しているコミュニティの共通点と、要注意人物のパターン別対処法です。この掲示板の書き込みを見てください──』
桐島博士の分析レポートを元に、明日の小学校の支援方法に関する議論は遅くまで続いた。俺はしみじみと生身の人との関わりの難しさを感じていた。
「それにしても、すごい分析だったな。二日で作り上げたんだろ、これ」
翌朝、小学校へ向かう車の中で田村さんがタブレットを見ながら頭をかいていた。今日はレオさんの運転だ。
「データと理論に基づいた警告。それなら、多くの人が受け入れやすいのではないでしょうか」
レオさんの運転は、とても安定している。身体に全くGがかからない、上手なタクシーの運転手のようだ。
「でもさ、あの若い人たち、昨日の夜は大丈夫だったのかな~?」
陽菜乃ちゃんが少し不安そうに言う。
「行ってみなきゃわかんねぇな。よし、今日の作戦の確認をするぞ。まず、軟禁されている市役所職員を解放する」
「彼を自宅に送り届けることで、自治会長たちの絶対権力に亀裂を入れるわけですね」
「ほんとにそれだけで変わるかなぁ~?」
「軍隊でもそうだ。理不尽な命令でも、誰かが一人でも逆らうと、他の奴らも勇気を持てる。小さな亀裂が、大きな変化を生むもんなんだ」
レオさんが、作戦の確認を続ける。
「次に、若い男性たちと女性たちに情報を与えます。アプリの使い方、魔物対策……知識は力です。掲示板サイトの『集団心理と権力構造の危険性』の抜粋も30部もってきました。4コマ漫画も、子供向けの絵本の体で用意しています。こういった知識も含めて、彼らが自立する手助けをすれば、自然と権力バランスが変わるでしょう」
「情報革命ってやつね~めっちゃ大事!」
レオさんの説明に、陽菜乃ちゃんが明るく言う。
「できれば、暴力ではなく対話で解決したい。だが……」
田村さんの言葉が濁る。
俺は、昨日の若い男性たちの目を思い出す。
あの目は知っている。限界を超えつつある人間の目。
暴力集団の瀬川たちに逆らい、殴りかかって殺された友人と同じ目だ。
「彼らは爆発寸前でした。今日は、慎重に動きましょう。いざとなれば島にすぐ戻ることも念頭に置いておいてくださいね」
俺たちが小学校に到着した時、昨日の若者たちが俺たちを迎えてくれた。




