71.王宮侍女は黒猫を想像する
「楽しいことがしたいわ」という王妃の思いつきで決定したのが年末の年越しパーティーである。
王妃は言うだけで、同意した国王は丸っと全部を王太子夫妻に任せた。仕事しないくせに、仕事を増やす天才である。本当に大人しくしていて欲しい。
そんなわけで、普段の政務に加えてパーティーの準備で私たちはいつもより走り回っている。
問題は、社交シーズンが終わっていることだ。領地持ちの貴族は街道が雪に閉ざされる前に領地へ帰ってしまっている。王都に残っているのは、王宮での仕事がある者や王都好きな貴族だけである。
大半の貴族が領地に帰った状態で大規模なパーティーとか、反感を買うだろうに。国王と王妃の正気を疑うレベルだ。
迷惑千万でしかない。
とりあえず国王名義で招待状を送り、領地に帰った貴族は王都に残った親戚などが名代になるだろう。侍従たちが殺気を飛ばしながら招待状を書きまくっていた。
文句は全て国王夫妻にお願いしたい。
言うだけならタダだと、王妃があれもこれもと提案をぶん投げてくる。ついでに国王まで口出すものだから、当初よりも大規模になったらしい。王太子が頭を抱え、ローガンが相手を絞め殺しそうな勢いで憤慨していた。
年越しパーティーは、王宮の東棟を丸っと使う。各部屋で劇や奇術などが行われるんだとか。
出演交渉から、部屋割りなどやることは山のようにある。おかげで、仕事が激増し、新参の私までが戦力に数えられる始末だ。
国王も王妃も何もない床で転けろと強く念じておく。
年越しパーティー初日は仮装での参加となる。
警備もちゃんとしなきゃいけないので、その辺は軍務大臣を通して警備兵や近衛兵に頑張ってもらう。もちろん、彼らも仮装するのだが、分かりやすいように衣装は揃える予定だ。
殿下に何か案はあるかと聞かれたので、近衛は狼で警備は犬と答えておいた。
近衛のドS副隊長が牙を隠した狼みたいだし、警備兵のグレッグさんは娘ちゃんの番犬みたいなんだもん。
意外にもこの案が通って、私が思っていたよりも遥かにかっこいい白狼と黒犬の衣装が出来上がった。
この衣装を娘に見せびらかせるグレッグさんが目に浮かぶと少々残念感があるというか、なんというか。
ちなみに、侍従は黒猫で侍女は白猫で統一するらしい。王族の専属たちは更に同じ飾りを着けることになり、王太子は水色のリボンで王太子妃は青色のリボンに決まった。お互いの瞳の色という惚気案件である。
試着用が出来たので、侍従用をローガンが、侍女用を私が試着することになった。
水色のリボンタイに黒猫の耳を着けたローガンを笑ってやろうと思ったのに、意外にも似合っていて笑えなかった。むしろ既視感がある。
なんでだろうと思ってたが、夜寝る前にようやく思い出した。
夜のお茶会だ。
前に、ほぐし屋にゃんにゃんの制服である猫耳カチューシャが流行って「にゃーパーティ」を開催したことがある。体格の良いメンバーの猫耳姿に似ているんだ。
もやもやが解決したのだが、脳内のローガンが猫耳で女装をしてしまい、私の精神にダメージが…。
はち切れんばかりのムチムチボディを愛らしいフリルとレースに囲まれてウィンクを連発するローガンが頭から離れない。
違う。
似合いそうなメイクを模索するな、私。
やめようと思えば思うほど、脳内のローガンが衣装替えやメイクを変えていく。
やめろ。考えるな。
筋肉マッチョの縦ロールとか嫌だぁぁ。
そんなこんなで、あちこちに書類を持って行って、持って帰ったりして動き回っているうちに雪が降り始めた。
雪が降り始めたのなら、積もるのも時間の問題だ。「初雪だわ。綺麗」なんて感想が言えるのは箱入り娘ぐらいだろう。
冬のカーニバルの準備をしつつ、冬支度を完了させる。
もぉマジで忙しい。腹立つが毎朝の訓練が実を結んでいるようで、最近じゃ早足で動き回っても息切れをしなくなった。体も引き締まった気がする。だからって、練習メニューを増やさないでいただきたい。今のままで満足です。
ルカリオさんに愚痴をこぼしたら「今度一緒に走りましょうか」と誘われた。誘いは嬉しいが、そうではない。そうではないんだよ。
「休憩時間でございます」
怪しい人物の情報は出し尽くした私の最重要任務は、王太子の身の回りのお世話と適度な休憩を取らせることである。マルグリッドさんに厳命されてるので「もう少し」と仕事をしようとする王太子をあの手この手で休憩させる毎日である。
「ああ。少し待て」
案の定、少し(長時間)伸ばそうとする王太子を横目にお茶の用意を始める。
「今日は妃殿下がご用意したホットワインとケークサレです。妃殿下が殿下の為に用意してくださったのに、冷めてしまうなんて…。妃殿下になんとお詫びすれば良いのか……」
「分かった。分かった。キリをつけるから本当に少しだけ待て」
「巻きでお願いします」
「遠慮なしに言うようになったな」
眉間に皺を寄せて書類と格闘しながら王太子が苦笑する。
「マルグリッドさんから殿下の『少し』を信用してはいけないと教えられていますので。それに、遠慮していては私の仕事が終わりません」
「くっ」
苦虫を噛み潰したような顔をしようとも、乳母でもあるマルグリッドさんには頭が上がらないらしい。ちなみに私もマルグリッドさんには逆らえません。
たった一人の専属侍女となる私に遠慮も手加減も無く教え込まれている最中なのである。朝練で体を鍛え、マルグリッド教育で精神を鍛えられています。
私が痺れを切らせてカウントダウンする前に、仕事にキリをつけた王太子が休憩に入ってくれた。
軽食を食べ終えて飲み干したグラスを置くと、王太子はふぅと息を吐いてソファの背もたれに寄りかかる。すかさずローガンが肩を揉み、私が蒸しタオルを目の上に置く。
ゆっくりと弛緩した手がソファに垂れ、寝息が聞こえた。
侍従の一人がカーテンを閉め、室内が薄暗くなる。
冷めたタオルをそっと取り去ると、ローガンがゆっくりと王太子の体を横にしてソファに寝かす。他の侍従がブランケットをかけ、暖炉に薪を焚べる。
見事な連携にみんなドヤ顔で頷きあう。
いい仕事したぜ。
普段の働き具合を知っているだけに、みんなの気持ちは一緒だ。小一時間ばかり寝てもらおう。休息大事。
各自、仕事に戻るために部屋を後にする。部屋に残ったのは、私と侍従がひとりだけ。私はテーブルを片付け、侍従は殿下の机の上の整理を始める。
暖炉の薪が爆ぜる音と小さな寝息を聞きながら、ささやかな安眠を見守った。
王太子は年上なのに、なぜか弟を見守る姉のような気持ちになってしまう。
何かの折にそう話したら、不本意だと嫌そうな顔をしていたが、王太子妃殿下は「分かるわ」と笑ってくれた。
年越しパーティー前日まで、疲労困憊で動き回った。
たまにルカリオさんとデートをしたりしたのだが、途中で眠気がきて目が覚めたらルカリオさんの部屋だった…。今思い出しても赤面ものな出来事だ。ついでに夕食をガルシアン家のご両親と一緒にしたのだが、期待に目を輝かせるお母さまの質問攻めからのご自分の恋愛話でお腹もストレスも満腹である。
送ってもらう馬車の中での甘やかしモードになるのはなぜだろう。ルカリオさんの甘やかしは天井知らずなんだろうか。結婚したらどうなるんだろう。
少しの不安と期待が頭を悩ませたが、自分の部屋に戻る頃には悟った。
いま考えてもどうにもならない、と。
なるようになれ。と思いつつ、さっきまでのあれこれを思い出してベッドの中でのたうちまわった。
のんびり書いてます。
更新遅くてすみません。




