12.王宮侍女は過去と対峙する
ちょびっとだけシリアスです。(当社比)
再会は偶然で突然だった。
休憩時間に裏の庭園のベンチで日向ぼっこをしていたら、見知った顔が前を横切った。
あれ、似てるな?と思ってたら向こうも何かしら気がついたのかこちらに顔を向けた。
お互いに顔を見合わせて「あっ」と声を上げる。
「アンナ!久しぶりだな。元気か?」
ニカっと人好きする笑顔を向けてきたのは、幼馴染のニール。
この辺りは御用聞きの商人や立入の業者が通れるので、仕事で来たのだろう。
近づいてきたので、自然と少し横へと移動して場所を空けると隣へ当たり前のように座った。
「姉さんの結婚式ぶり?そっちは元気?」
「そっか、2年ぐらい経つのか。うちはみんな元気だよ。そういや侍女になったんだってな」
ニールはうちに出入りしてた商家の次男で、御用聞きの父親についてきてはうちの兄たちと遊んでいた。
淑女らしく大人しい私も昔は活発だった子どもだったので、兄たちに付きまとうついでにニールとも泥だらけになって遊んでもらったものだ。
幼馴染と言っても過言ではない間柄。
10年近い付き合いの中で、淡い想いを自覚したのは12か13ぐらいだったと思う。
よく怒る兄たちと違って、優しくて面倒見の良いニールに好感を持つのは自然な事だったんじゃないだろうか。
自覚したからと言って、告白するのは照れ臭くてそのままの状態にしたのが悪かったのだろう。
姉の結婚の準備の際に知り合った王都の宝石商の娘と『真実の愛』に落ちた2人は瞬く間に付き合って結婚した。
知り合って3ヶ月後というスピード結婚。
つまり姉は2人のキューピットってやつだ。
余計なことしやがって。
「そうだ!聞いてくれよ、リリナが妊娠したんだ。年末には産まれる」
「……そう。おめでとう」
ほんの少しの痛みを奥に隠して笑う私の様子に何一つ気づくことなく、嬉しそうに近況を話すニールに少しだけ苛立つ。
ムカつくぐらいの幸せオーラ振りまきやがって。
「仕事はいいの?」
「ああ。さっき終わってもう帰るだけだから。アンナは?」
「私は休憩中」
まさか、こんな所で会うなんてね。
昔の私なら喜んでいたんだろうな。
ニールに笑いかけられるだけで嬉しかった。自分が彼の特別になってる気がしてた。
そんなワケないのに。
『アンナ!聞いてくれ!真実の愛を見つけたんだ!』
喜色満面で私に報告したあの顔は一生忘れない。「おめでとう」とかろうじて伝えた顔の裏で嘲笑ってやった。
はっ。真実の愛?
そんなもの長く続くものか。幻想だよ、夢だよ、綺麗事だけの三文芝居だよ。
早く目を覚まして別れてしまえ。
私の願いとは反対に、2人は別れる事も浮気する事もなくおしどり夫婦と評判になっていった。
その度にどす黒いドロドロしたものが体の奥に渦巻いていく気がした。
会う度に彼女とのノロケ話を聞かされれば、心の中で嘲笑って毒を吐いた。
何が真実の愛だ。クソくらえだ、そんなもの。
下らない幻想に打ち拉がれて絶望すればいい。壊れて、砕けて、醜く別れてしまえ。
私の物にならないのなら、誰の物にもならなければいい。
そう思ってた。
最低。好きな相手に不幸になれと願う自分が嫌だ。
なんて、醜いんだろう。
淡い想いを告げる事も出来なかった弱虫に何も言う資格なんてないじゃないか。
気づいて欲しくて待っていただけの愚かな自分が悪いんだ。
なのに、胸の中は未だに黒くて汚い。
分かってるんだ、この恋は一生実らない。
2年も前に諦めたつもりだったのに、まだ残ってたのか。
我ながら呆れる。
そっか。子どもが産まれるんだ。
……そっか。
「大丈夫か?働きすぎじゃないのか?アンナは時々無茶するからな」
「なに、それ。大丈夫だよ、私が頑丈なのは知ってるでしょ」
熱を測るように右手を額に当てられる。
大きな男の人の手にドキリと鼓動が跳ねた。
不自然にならないように、身を引いて笑いかける。
優しくしないで。
期待してしまう愚かな自分が嫌だ。
愚かな初恋を未だに引きずる情けない自分が嫌だ。
こんなの、私じゃない。
「奥さん待ってるんでしょ。早く帰って安心させてあげなよ。妊娠中は気持ちが不安定になるもんなんだって言うよ」
「そうだな。じゃあ、俺はそろそろ行くけど、ちゃんと休めよ?会えて良かったよ。またな」
手を振り合って、ニールは帰って行く。一度も振り返らずに。『真実の愛』で結ばれた相手の元に。
振った手を無意識にその背に伸ばしたくなる。
ギュッと拳を握って下ろす。
ニールは、どうやったって私の物にはならない。
ああ、くそ!分かってるんだよ、そんな事っ!
ねぇ、ニール。『真実の愛』だから幸せなの?普通の愛と何が違うの?そんなに偉いのかよ、『真実の愛』ってやつはさ!
「ニール!」
少し大きな声で呼べば、あっけなく振り向く。立ち上がって手を振る。
「おめでとう!頑張んなよ、お父さん!」
無理矢理笑えば、ニールは大きく手を振って「ありがとう!」と笑った。
ああ。好き、だったなぁ。
あの笑顔を私にだけ向けて欲しかった。
大丈夫。
涙なんて出ない。
悲しくなんてない。
告白しちゃえば良かったなぁ。
それが受け入れられなくてもよかった。
でも、全部、もう遅い。
去って行く背中が歪む。
一度瞬きをすれば、目に溜まっていた水がポツリと落ちた。
ニールのバーカ。
『真実の愛』なんて世迷言を笑顔で盲信する馬鹿なんてもう忘れてやる。
ニールとは逆方向の城へと歩き出す。
さぁ、休憩は終わり。仕事、仕事。
こういう日は飲むに限るよね。
貴重な特級ワインを安物のグラスに注ぐ。せめて摘まみぐらいは良いものにしよう。
サラミとジャーキー、それとドライフルーツ。ついでにナッツも出しちゃえ。
やだ。なに、この豪華さ。
何かの記念日?
私の再失恋記念日さ。
って、うるさいわ、馬鹿やろう。
バイバイ初恋。
叶わなかった想いも、これでサヨナラだ。
これを飲み終わったら、いつも通り。
明日からまた仕事を頑張るんだ。
仕事して刺繍して、合間にいい男を見つけて幸せになってやる。
しんみりなんて柄じゃないっての。
あー、このワイン、泣くほど美味いわ。
2週間後ぐらいに特級1本は勿体なかったなぁと反省したアンナです。




