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143.バロム子爵釈放



あれから2週間後。


ここは王城地下にある留置所兼拘置所。


牢の1つに、バロム子爵が入っていた。



「にゃー(差し入れだぞー)」


「おお! ありがとうございます、大魔導士殿」



バロム子爵に、エルフ達による手作りシュークリームを渡す。

砂糖や氷が使えるのでスィーツを作ろう、というヨツバの提案によって生まれた。

で、エルフ達が森の動物や魔獣達が作業しているのを見て、私達も何か手伝いたいと言うのでお言葉に甘えた感じだ。


香り付けに使う香料は、木の実から俺が適当に錬金術で抽出して作った。

バニラビーンズっぽい良い香りがする。

残念ながら【鑑定】によるとこの木の実、猫にとっては毒だから俺は食べられない。



「これは! 砂糖だけでは出せないまろやかなミルククリームが、サクサクのパイ生地と合わさり何とも言えぬ味を……」



長ったらしい食レポを言いつつ、バロム子爵がシュークリームを食い終わる。

見張り兵が羨ましげにこちらを見ている。



「……ごちそうさまでした。

良い商品になるでしょう。売れますね、これは」



俺が聞こうとしていた問いに、聞く前から答えるバロム子爵。


ただの差し入れではなく、試食であることをきちんと分かっていたようだ。

さすがだな。


最近こうやって、たまにバロム子爵の話し相手になっている。


最初は様子見にちょっと話し相手になっただけなのだが、バロム子爵いわく退屈で死にそうらしい。


なので、俺が知っている商売話、たとえば近江おうみ商人の売り手よし買い手よし世間よしの話などをしてやった。

そしたら、もっと色んな話を教えて欲しいと目を輝かせたので、井原西鶴の『世間胸算用』の話や、松下幸○助の話とか。


するとバロム子爵は、実家にある、過去の勇者が書き遺した本を見て欲しいと言ってきた。

バロム子爵の召使たちに持ってきてもらって読んだ。

すると、どうやらこの世界でやりたかったがやりそこなったこと、作りたかったが作れなかった物などが記載されていた。

例えば下水処理施設建設、注射器などが書かれていた。


バロム子爵は、その本のうちいくつかを実用化しようとしたが、ことごとく失敗してしまったらしい。

特に下水については、地盤が崩壊してしまって工事は中止、領民達から大ひんしゅくを買ったそうな。


最初から大成功するなんてことは無理だ。

薬の実験でも、失敗は当たり前。


コツコツとデータを積み重ねることで、次の成功を掴みとるのだ。



「それで、大魔導士殿。この『週刊誌』なる本は売れるのでしょうか?」


『編集や書き手次第じゃね?』とタイプライターで打つ。


「そうですか。ではこの『チョコレート』という菓子は?」


『材料のカカオが見つからなければ無理だろ』と打つ。


「むぅ……」



砂糖事業独占が出来なくなったため、バロム子爵は収入源となる事業を探しているが、なかなか見つからないらしい。

製紙が順調なら、それだけでも良いような気もするが、砂糖の収入が激減したのは痛いらしい。



『何か案があるか、知り合いに聞いておく』と打つ。


「本当ですか! ありがとうございます!」


『それじゃ、またな』と打つ。



さらに2週間後、バロム子爵が釈放された。

バロム子爵釈放時に、何故かヨツバがよく知っていた下水処理方法を記した紙を俺はプレゼントした。

他にも、砂糖を使った菓子レシピや欲しがっていた香辛料の種なども渡した。


数年後、バロム子爵領で大規模下水処理施設が完成し、子爵領は国一番の臭わない領地となるのだが、それはまだ先の話。



3章はここまでとなります。

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