失恋が決まってる初恋
お読みいただき、ありがとうございます。
ヘクターはハーミット公爵家の三人目の子として産まれた。
男ばかりの三兄弟の末っ子、末っ子と言ってもほぼ一人っ子の様なものだった。
上の兄と十一歳、下の兄と十歳…随分歳が離れて産まれた上に、ハーミット公爵領で出産した母は産後の肥立ちが悪く
母が元気になるまで母とヘクターは領地で生活し、父と兄達が王都から会いに来る。
そんな状態が六年続いた。
◇
「今日…お前を引き合わせる方々は、ウィリアム王子と…その婚約者候補のクレア・ドケーシス公爵令嬢だ」
母が元気になり、六歳の時王都にやって来た俺は
王都の屋敷の生活に慣れた頃、王城に連れてこられた。
案内された白の応接室
ソファに座るウィリアム王子と一人の令嬢
ウィリアム王子は明るい金髪の緩い癖毛で、青い空色の瞳は優しそうに見えるのに力強さもあった。
令嬢の方は…
長い黒髪は、夜を溶かした湖に月明かりが反射した様に艶々と輝いて…俺と同じ色なのに全然違った。
色白な肌に大きな赤い瞳…まるでルビーがキラキラと煌めいている様だった。
一瞬…時間が止まった様な気がした。
「ウィリアム殿下、クレア嬢…紹介します。息子のヘクターです。」
父の言葉に我に返る
「ただいま紹介に預かりました。ヘクター・ハーミットです。ご挨拶申し上げます」
「ウィリアムだ。よろしく」
「初めまして。クレア・ドケーシスです」
優しいフルートの様な声で、挨拶を返してくれた彼女は、柔らかく微笑んだ。
「ヘクター。これから、庭園に行くんだけど一緒に行くだろ?」
「オレ……ぼ…わたしもご一緒してよろしいのですか?」
突然の誘いにうっかり普段の口調が出そうになると
「「………」」
ハハハハハハハ…
クスクスクスクス…
「無理な話し方しなくていいよ。ヘクターは僕達の友達になりに来たんだろ?。ですよね?公爵?」
ウィリアム王子がそう言いながら、父に視線を移す。
二人の注目は父に移り…その視線に合わせて俺も隣に立つ父を見上げる。
「はい。三人で豊かな時間を過ごして頂きたいと思います。」
驚いた……
俺達兄弟と母にしか見せない…家の外では決して見せない表情だ。
王族とその婚約者候補と言う事に身構えていた強張りが少し解けた。
「行こう。ヘクター。」
そう言ってウィリアム王子とクレア嬢に連れられて庭園に向かう。
「庭園で何をするんですか?」
「決まってるだろ。遊ぶんだよ」
俺の質問にウィリアム王子は、何当たり前の事を…と言った様子で答える。
「本に載ってたシャボン玉を作るのよ」
クレア嬢がどんな遊びをするのか教えてくれた。
「シャボン玉?それはどんな物?」
「ん〜〜…お風呂の泡が飛ぶ……みたいな?…わかんない」
クレア嬢は分からないと言う事を楽しそうに話す。
(……可愛い)
庭園にあるガゼボのテーブルに、城の侍女達が材料を用意していた。
石鹸とおろし金とお湯とハチミツ。
「ハチミツ?」
(…何だ?食べ物を使うのか?)
「本にはね、割れにくくなるって書いてあるの…」
そう言ってクレア嬢は本を開いて見せてくれる。
「……本当だ……えっと?石鹸をすりおろす?」
「すりおろすんだな。任せろ。」
そう言ってウィリアム王子が腕まくりをした。
ゴリゴリゴリゴリ… ゴリゴリゴリゴリ…
「うわ…これけっこう…キツイ!」
「ウィリアム様!がんばってー!」
「俺がおろし金を抑えます。」
「助かる!」
ウィリアム王子は石鹸を両手に持ち直す。
ゴリゴリゴリゴリ… ゴリゴリゴリゴリ…
ゴリゴリゴリゴリ… ゴリゴリゴリゴリ…
おろし金を抑えるのにも、結構力がいる…。
クレア嬢が、俺達二人を頑張れ頑張れと応援してくれる。
「あーーっキツイ!ヘクター、代わって!」
「はい。」
今度はウィリアム王子がおろし金を抑えて
ゴリゴリゴリゴリ…
(これ…本当にキツイ!)
ゴリゴリゴリゴリ… ゴリゴリゴリゴリ…
ウィリアム王子とクレア嬢が、頑張れ頑張れ!と応援してくれる。
ゴリゴリゴリゴリ… ゴリゴリゴリゴリ…
ゴリゴリゴリゴリ… ゴリゴリゴリゴリ…
ウィリアム王子と交代しながら…必要量擦り終わると、クレア嬢がパチパチパチと拍手をしてくれた。
(可愛い……)
「え〜〜っと…お湯に…ハチミツとすりおろした石鹸を…溶かす。」
クレア嬢がそう読むと
侍女がテーブルに鍋を置いて、お湯をヤカンで注ぐ。
ウィリアム王子と俺は、匙ですりおろし石鹸を…お湯が跳ねない様少しずつ入れる。
クレア嬢はハチミツを入れる…
(あっ…手についたの舐めてる…)
その仕草も可愛かった。
「泡が立たない様、静かに混ぜるって書いてある。」
ウィリアム王子が開いたまま置いてある本を覗き込んで、そう言う。
三人で鍋に匙を入れてクルクルとそっと混ぜる。
全部溶ける頃には、お湯も冷めて…少しトロリとした石鹸水が出来上がった。
侍女が手に収まるサイズの瓶を持って来たので、クレアが侍女の手を借りて慎重に移し入れる。
俺とウィリアム王子は、侍従の手を借りてストローの準備をする。
本の挿絵を参考に、先の細い鋏でストローの端を切って開く…。
「「タンポポみたいだ…」」
俺とウィリアム王子は同じ事言った…。
クスクスクス
クレア嬢は俺達を見ながら笑っていた…俺は耳が熱くなる。
それから、針金を使って持ち手の付いた大きな輪を作る。
「この丸いトレイに入るくらいの輪だって…」
トレイと針金を持ち…本を覗き込みながら、俺がそう呟くと
「そうそう。その調子で敬語なんか使わないで。」
ウィリアム王子がそう言うから、俺は目を丸くして
「えっ…」と声を溢して王子を見る。
「ハーミット公爵も私的な会話の時は、父上に敬語を使わないんだ。」
(…そうなんだ…)
「僕はヘクターと、父上と公爵みたいな関係になりたいな。その近道は先ず敬語を使わないだと思うんだよ。今は遊びの時間だし」
「……そうで……そうだね」
俺がそう答えると、ウィリアム王子は嬉しそうに笑った。
「はい。クレアの分。クレアが一番に吹いていいよ」
ウィリアム王子は出来たストローをクレア嬢に渡してそう言うと
クレア嬢は瞳をキラキラと輝かせて
「いいの?。嬉しい…。上手くできるかな…。ドキドキしちゃうな…見ててね〜」
(可愛い……)
クレア嬢のワクワクした様子に俺も気持ちが弾んでくる…。
フゥーーーー
クレア嬢の吹いたストローの先から、次々に丸くなった石鹸水の膜が飛んで行く…。
「「わあああ〜〜」」
俺とウィリアム王子は歓声を上げる。
周りの侍女と侍従も「お〜〜〜」と歓声を上げて拍手をする。
(お風呂の泡と全然違う……これがシャボン玉…)
「きゃあ〜 すごいすごい シャボン玉ってスゴイきれい〜♡ウィリアム様とヘクター様も早く吹いてー」
「うん」
「う……ぅん」
フウゥーーーーーー
(………すごい…)
虹を纏ったシャボン玉が…次々と空を目指して飛んで行く……。
そっと吹けば大きな…早く吹けば小さいのが次々と…
夢のような景色だった…。
ウィリアム王子は針金の輪とトレイを持って
「ヘクター!。今度はこれをやろうよ」
「うん」
ウィリアム王子の誘いに自然に返事をしていた…。
トレイを二枚並べて置いて…石鹸水を張り
俺とウィリアム王子は、針金の輪っかを浸けて…そっと引き上げると、透明な虹の膜が張る…。
「せーの!」
ウィリアム王子の合図で二人同時に振り上げると…大きな大きなシャボン玉が出来た。
「「「わぁああぁ〜〜〜」」」
クレア嬢がゆっくり低空飛行するシャボン玉に向かって走り出した。
「あっ!待って、クレア!。これ!これ持って!皆んなでどんどん作って!。行こうヘクター」
そう言って…輪っかの針金を侍従達に渡して、ウィリアム王子はクレア嬢の方へと走りだす。
「まっ!待って! はい!これ! …待ってウィリアム様!」
「様は、いらな〜い」
呼び掛ける俺に…ウィリアム様は振り向いて、そう言った。
生き生きとした瞳で…キラキラとした笑顔で…。
「待って。……ウィリアム」
俺はウィリアムを追いかけて走り出した。
俺の後ろから、たくさんのシャボン玉が追いかけて来る…。
そのシャボン玉は、ウィリアムに追い付き…追い越して、クレア嬢まで届く…。
目の前にはシャボン玉に囲まれた二人が居る。
本当に…夢のような景色だ…
その景色の中に自分も居るのが…この上なく幸せだった。
◇
ガゼボに散らかってたシャボン玉作りの材料や道具は片付けられてて
代わりに昼食が準備されていた。
「お腹すいたー」
「あ…ウィリアム。先に手を洗わないと…」
俺は…ガゼボから少し離れた場所にある水道へとウィリアムを引っ張る。
「ん?…あぁ、そうだね…………」
ウィリアムは先に手を洗って、侍女にタオルで拭いてもらってるクレア嬢を見ている…
そして、手を洗い始めた俺に耳打ちした。
コソコソコソコソ…
「?!…えっ?…そうなの?」
俺がそう聞き返すと、ウィリアムはコクコクと頷く。
「………分かった…」
タオルを受け取って手を拭いた後…
俺は先に席に座っているクレアの所に行って
「…クレア……何、飲む?…俺、言ってきてあげるよ。」
おずおずと、そう尋ねると…クレアは顔いっぱいに喜びの色を乗せて
「アップルジュース」と輝く様な笑顔で答えた。
…ドキン…
心臓が強く打った気がした…
あまりにも素敵な笑顔で…息が止まるかと思った…。
(…凄く可愛い……)
(「クレアが拗ねてるから、クレアにも敬称と敬語無しで話して上げて」)
(そんなまさか)と思いながらクレアに話しかけたら…どうやら、本当にそうだった…。
(ウィリアムはクレアの事をよく見てるんだな…)
侍女に飲み物の事を頼んで、席に戻って来ると…ウィリアムとクレアが、座って話していた。
少しだけ…胸がチクリと痛んだ…。
今…この国にウィリアム王子と、一番年齢と家格の合う令嬢がクレアだった…。
だから父は婚約者候補と先に告げて釘を刺したのだろうか…。
クレアはドケーシス公爵家の一人娘だから…ドケーシスの家督を継ぐのは彼女しかいない。
確か…侯爵位に一人、年齢の合う娘がいる…クレアが公爵家を継ぐ必要が有れば、その子…もしくは、他国の姫に打診する可能性も有る。
自分を慰める様に希望を持ってしまうのは仕方ない事だと思う…。
王妃殿下とドケーシス公爵夫人が学園時代からの親友だった事から、ウィリアムとクレアは生まれた時からの幼馴染として過ごしてきたそうだ…。
幼馴染と言う事も大きな要因になっているんだろう。
ドケーシス公爵夫人が俺の母と友達だったら、俺もクレアと産まれた時に出会えたのに…
(母と夫人は年が離れてるから難しいか…)
芽生えてはいけない恋だった…
俺はウィリアムの側近候補になり、二人の友人で幼馴染になった。
◇
クレアが王城に来るのは、大体…一週間に一度
ドケーシス公爵夫人と王妃様がお茶をする時に一緒来る。
対して俺は一週間の内、六日…ほぼ毎日
父と一緒に登城している。父が登城しない時でも…
ウィリアムの学友となったからだ。
授業が組まれ。一緒に学び…遊び…食事も共にし…意見が合わなければ、喧嘩もする。
仲直りして、また遊び…クレアが来れば、三人で遊び…
そうして過ごして一年と少し…噂話を聞いた。
「侯爵家の娘が馬車の事故に……一命は取り留めた……体に傷が……子が望めない……」
「とても美しい令嬢なのに…子が望めないと婚姻は難しいわね…」
国内でウィリアムの婚約者に足る人物がクレアだけになった……。
心の中に…ドス黒い靄がかかって行く…。
◇
「叔父様が婚姻したの 半年後に領地で結婚式が行われて 私、リング・ガールをするのよ」
クレアが誇らしげにそう言った。
ドケーシス公爵の年の離れた弟が、学園を卒業して婚約者と結婚する…。
そして、産まれた子がドケーシス公爵家の後継になる事が決まっていると…
(なんだ…初めから候補なんて無いも同然だったんだ…)
これでもし、クレアに従兄弟が産まれなくても…
ウィリアムとクレアの間に出来た第二子が公爵家を継げば良い…。
失恋が決まってた初恋…
やがて、クレアに従兄弟が産まれ…
ウィリアムとクレアの婚約が正式に結ばれた…。
年末で時間がない上に
ヘクターは主要人物の予定なので
話をまとめるのに悪戦苦闘しております_:(´ཀ`」 ∠):




