護衛騎士キャロル
昨日の昼過ぎに王妃は陛下に抱き上げられて居室に戻ってきた。
陛下の後ろには王城の専属医師のリッター・メンテが続く
「!?」
王妃の居室扉の前で見張り番に立っていたキャロルは驚いた。
慌てて居室の扉を開けると、陛下はスルリと入っていく
陛下の後から入室したキャロルは素早く陛下の前に進み、今度は王妃の寝室の扉を開けた。
陛下は寝室に入り、ベットに王妃をそっと下ろす。
王妃は、ウトウトと意識が途切れそうな状態だった。
「ヘルミナ…さっき飲んだ鎮静剤が効いてきてる。少しゆっくり休むと良い。」
陛下が王妃にそう言うと、王妃はこくりと頷いて
陛下の後ろに控えるキャロルに目をやった。
「……キャロル…明日からクレアに付いてあげて……」
ウトウトとした様子で王妃はキャロルに話しかけた。
「?…王妃殿下?」
「大丈夫。私がちゃんと説明しておくから。安心して寝ろ。」
キャロルが聞き返すより早く陛下が王妃を諭す。
その言葉に流される様に、王妃は寝息を立て始めた。
「…………ふぅ。……」
陛下が溜め息を吐いて立ち上がると、入れ替わる様にリッター医師が王妃の手を取って脈の確認をする。
「……大丈夫ですね。落ち着いてます。」
その言葉で、陛下は部屋付きの侍女に幾つか指示を出し、次いでキャロルに声を掛ける。
「キャロル、さっきヘルミナの言っていたのは、クレア・ドケーシス公爵令嬢の事だ。お前はこれからクレア嬢の専属護衛騎士になる。このままリッターに付いて行き、説明を受けるように。」
「御意に。」
キャロルは深く頭を下げて。了承した。
◇
王城内にある医務室に来てキャロルは資料を渡される。
リッター医師にクレアの症状の説明と対応の指導を受けていた。
キャロルは王妃付き護衛騎士の中で一番年若い二十七歳。赤みかかった金髪を高い位置に結んだポニーテールを三つ編みにしている見目の麗しい騎士だ。
(赤い瞳は珍しいから同じ色というキッカケでレア嬢が懐くかも知れないな…)
瞳の色を見てリッター医師はそんな事を考えていた。
「そこに座って読みなさい。今、お茶を淹れるからね。」
「はい。ありがとうございます。」
キャロルは資料を捲る。
クレア・ドケーシス公爵令嬢。十七歳
(最初の主人格、自死未遂以降出現無し。)
レイナ
(自我発現・十三歳、精神年齢・十七歳)
シェイム
(自我発現・十一歳、精神年齢・およそ十七歳)
レア
(自我発現・十一歳(侍女証言)、精神年齢・五〜六歳)
フュリアス
(自我発現・十三歳(侍女証言)、精神年齢・十三歳(仮定))
ネビュラ
(自我発現・十一歳(侍女証言)・出現確認無し)
プラセル
(自我発現・十二〜十三歳、精神年齢・十七歳に近いと思われるが不明)
(自我発現後の記憶の共有は無い(確証無し))
(トラウマ・ストレスによる幼児退行)
(人格の移動がある為、妊娠・出産は難しい…)
(人格交代直後の突飛な行動)
(主人格がクレアからレイナに移行していると見られる)
etc
「…この主人格の移行とはどういう事なんですか?」
そう尋ねたキャロルの前にティーカップが置かれる。
リッター医師は自分の分のカップを持ったまま、キャロルの向かいの席に座って答える。
「主人格とは、一日の内で一番長く現れている人格の事を指す。これまでは、クレア嬢だったが…自死未遂の後から現れなくなった。
今、一番長く現れているのはレイナ嬢だから、主人格が移行したとみていいだろう。」
「自我発現は分かるのですが…この精神年齢と言うのは、こんなにバラつく物なんですか?」
「あくまで目安だ。対応する為のな。
自我が発現する前の記憶は共有してるが、発現してからは自我が現れている時の記憶しか持てない。
レイナ嬢は自我の発現が一番遅かった上に現れている時間も長く、レイナ嬢としての記憶の蓄積が多い。この中で一番精神年齢が高いと思われる。
次いで精神年齢が高いと思われるのは、シェイム嬢だが…情報から考察すると、蓄積されてる記憶が人格を否定された物が多いと……と、解りづらいか…嫌な思い出が多いから、レイナ嬢より情緒が不安定と思われる。
その次はプラセル嬢だが…自我の発現以降、[ダンスをしていた記憶しか無い]と言っているので圧倒的に記憶の蓄積が少ない。彼女に置いては、一部、クレア嬢との記憶の共有があった可能性がある。
ネビュラ嬢は情報のみで、まだ確認出来てないが…おそらく自我発現時の精神年齢だろう。
君が一番注意を払うのは、フュリアス嬢とレア嬢だ。」
「フュリアス嬢は暴れる性格なのですよね?それを取り押さえるのが私の役目と…レア嬢も要注意ですか?この方の性格は幼児なのですよね?」
「資料に(人格交代直後の突飛な行動)とあるだろう?。この二人は自我発現から現われた回数が数える程しか無いと思われる。レア嬢は幼な子だから、現れた時の状況にパニックを起こす可能性が高い。小さな子供がいきなり知らない場所で知らない人に囲まれたら…と想像して対応するといい。怯えて泣くならまだ良い…怖がってその場から逃げ出そうとするかも知れないから、怪我の心配などもあるな。」
「あぁ、そう言う方面で…」
「フュリアス嬢が一番大変だろう。今は君しか女性護衛騎士が充てられないが…交代要員も入れて最低でも五〜六人は必要だな。」
「そんなに?。」
「常に二人は付けたい。入浴時や就寝時以外は男の護衛騎士を付けても障り無いが……外敵から護るのでは無く、若い令嬢を取り押さえるのが仕事だからな。人手が無い時は仕方無いが……今、付き添いの看護師も手配している。それまでは、私とセイン医師とドケーシス公爵のいずれかが付いていられる様、努める。」
(そんなに徹底する必要があるのか……)
「現れる時間が増えれば、経験が積まれて情緒も安定すると思うんだがな………フュリアス嬢の相手は、体力も使うが…気持ちの方が削られる場合がある。……君には負担を掛けるが…頑張ってくれ。」
「はい。」
「それに、いずれクレア嬢が王太子妃になれば、その位の人数は必要になる」
(実際はその十倍は必要になるだろうな…)
リッター医師は近い未来の後宮に必要とされる人材について考えた
(看護師の人員も増やさなくては…)
◇
翌日の早朝
キャロルはリッター医師に連れられてドケーシス公爵家の玄関ホールに居た。
護衛騎士だが甲冑では無く、動きやすい様にパンツスタイルの女性用執事服を着用している。
玄関ホールでしばらく待っていると
「リッター先生。お待たせして、すいません。」
そう言いながらドケーシス公爵が階段を降りて来た。その後ろにはレイナがついて来ている。
「フルーク様。陛下が任命した護衛騎士を連れて来ました。」
リッター医師の紹介を受けてキャロルは一歩前に出て挨拶をする。
「キャロル・ユールがご挨拶申し上げます。」
「来てくれてありがとう、よろしく頼むよ。この子が君が仕えるレイナだ。」
公爵はレイナを前に出し、引き合わせる。
「今はレイナよ 。私の事情は理解してくれてるかしら?」
(王城で見かけた事はあるけど……話すのは初めてだな。しかも今は、中身が違う。)
「はい。」
「良かった 。大変だと思うけど…よろしくね 。」
「誠心誠意、仕えさせて頂きます。」
キャロルのその言葉に、レイナはニッコリと笑顔で返した。
◇
「前触れもなく訪問してしまい申し訳ありません…」
エタンセルはドケーシス公爵家の応接室で、レイナに頭を下げていた。
「お気になさらず。エタンセル様ならいつでも大歓迎です 。」
応接室のソファに向かい合って座る二人、
間にあるテーブルの上には色とりどりの菓子が並んでいる。
レイナの座るソファの後ろにはアニタが控え
扉の横にはキャロルが立っている。
「昨日の夕方…父に王城から召喚状が届きまして……早く、ク……レイナ様にお返事をしなければ。と焦ってしまって…」
エタンセルのその言葉を聞き、レイナは紅茶を一口飲んでから
「昨日…王城へ謁見に行ってきました。…陛下は可能な限り私の望む様にして下さると約束して下さったわ。今日は議会があるから。私達の事を話し合って下さるでしょうね………それで…エタンセル様のお返事を聞かせて頂けるのかしら?」
「はい。提案をお受けします。よろしくお願い致します。」
「! 良かった、とても嬉しいわ」
レイナは満面の笑顔でそう言った。
「父にも、お受けしたいと伝えてあるので。今日の召喚でお伝えしてると思います。」
エタンセルもニコニコしながら、そう言って
紅茶を一口飲んだ。
「……………お姫様みたい。」
レイナは頬を赤く染めて、ポツリと呟いた。




