フラム侯爵家
エタンセルはお姉様と十五歳、お兄様と十二歳離れてます。
エタンセルが、ドケーシス公爵家から帰ったのは夕食間際。
「疲れて夕食を食べる元気が無いわ…先に入浴を済ませるから、軽く摘める物を部屋に用意して」
そう頼み、自室に入る。
ドレッサーの前に来れば、泣き腫らした目をした自分がこちらを見ていた
(こんな顔してたら…そりゃぁ驚くわよね…)
元々クレアに関する事以外淡白な性格のエタンセルが、外出先から泣き腫らした顔で。
しかも出かけた時とは違うドレスで帰って来るなんて
馬車から降りる時、手を差し出した侍従も出迎えた使用人達も、皆んな驚きを隠せないでいた。
『……あんなに謝ってくれたのに、あれは私なんです。……クレアは知らないって事を伝えておかないと、と……』
同行した侍女には、馬車の中で泣いてしまい酷く心配させてしまった
彼女には硬く口止めしてあるし、元より幼少期からエタンセルに仕える信頼する侍女なので、口が滑る心配は無い。
その侍女は自室まで同行して、ドレスを脱ぐのを手伝ってくれている。
アンダードレスの状態になったところで、肩にガウンを掛けてくれた
「入浴の準備をして参りますので、お寛ぎ下さいね。」
窮屈なドレスを脱いだ事で、不思議と気持ちも楽になる
『…一命を取り留めたケド…それからクレアは現れないの…』
(現れない…………私に謝罪のチャンスは来るかしら……)
ソファに深く腰掛けて天井を仰ぎ見る
両手で目を塞ぎ、大きく溜め息で鬱屈した気持ちを吐き出す。
「落ち込むのはお風呂に入るまでにする。」
エタンセルは声に出して自分に言い聞かせた。
◇
入浴を済ませたエタンセルは、ナイトウェアにショールを羽織り、自室のソファに座り軽食を摘みつつ温かいお茶を飲んでいた。
気分が落ち着いた所で、レイナからの提案を熟考する。
(レイナ様の提案通りになれば…勿論。第二王太子妃の役目はお受けする……でも、クレア様とウィリアム様の婚約解消の可能性も充分高い……その時、私はどうするべきかよね……………
もしも…お二人の婚約が解消されて、王家から私に王妃の役割が求められたら……私が立派な王妃をやり遂げたら……クレア様は『あなたが引き受けてくれて良かった。』って言ってくれるかしら……)
幼かったあの日、クレアの尊さに心を奪われた時から変わらない想い
(あの方の力になりたい…あの方の…クレア様の側で…クレア様を支えて生きて行きたい……)
胸の奥の熱は消えない。
自分の愚かさも忘れない。
自分の気恥ずかしさを優先して、クレアを遠巻きにしてしまった事を後悔している。
自分がもっと踏み込んで、クレアを親身に支えられる距離に入っていればと。
(クレア様の心を支えて生きて行きたい。)
エタンセルのやる事は決まった。
◇
翌日…月曜だったがエタンセルは学園を休み、父親の執務室を訪れた。
「失礼します……今、お時間よろしいですか?」
「エティ!。お前…具合は大丈夫かい?。昨日、酷い様子で帰って来たと聞いたよ?。夕食の席にも来なかったし……一体ドケーシス公爵家で何が…」
矢継ぎ早に話すフラム侯爵を、エタンセルは手の平を向けて制す。
「お父様…お話があります。」
「?…あ…あぁ…じゃぁ先ず、座ろうか。」
フラム侯爵は童顔で五十歳を過ぎているとは思えない程、若々しく甘く可愛らしい容姿をしている。
その容姿に合わせてなのか好みなのか、
執務机の形はシンプルだが白をベースに若草色と金の線で装飾塗装されている。
部屋全体は、その執務机に合わせた優しい印象の内装だ。
その執務室の三人掛けソファの端にエタンセルが座り、テーブルの角を挟む一人掛けソファにフラム侯爵が座ると、エタンセルが口を開いた
「ヘクター・ハーミット公爵令息との婚約を解消する事になるかもしれません。」
「…………ん?…」
フラム侯爵は思っても見なかった内容に固まってしまう。
コンコンコン…とノックがされて、侍女がお茶を運んで来る
昨日エタンセルに同行した侍女だ。
侍女は黙って侯爵とエタンセルの前に紅茶を置く
エタンセルが紅茶に口を付けるのを見て、思考が止まっている侯爵は模倣する様にカップを持ち上げる。
(え〜〜〜?…何で、ヘクター君との破婚なんて話題に?。昨日出掛けたのはドケーシス公爵家だよねぇ?。あ!ヘクター君とドケーシス家の令嬢は幼馴染だったよね…?何?。エティが何か粗相をしたのかな…いやでも、あんなにクレア様愛の強いエティが?…)
侯爵は味も香りも感じない紅茶を飲みながら、思考をぐるぐる巡らせ…眩暈を起こしそうだ。
「王家から第二王太子妃にと打診があるかも知れません。」
ブーーーーッ
侯爵が紅茶を噴き出すと分かっていたかの様に侍女が布巾を持って、侯爵の服とテーブルを拭く。
エタンセルは大体において、結論から話す。
後に理由やら経緯やらを説明してくれるのだが…最初のパンチがいつも突拍子なくて侯爵は面食らうのが常だった。
しかし今回はレベルが違う
「ゴホゴホゴホゴホ…な……」
「詳細はお伝え出来ません。…ですが、もしその様に打診があったならば、受けて頂きたいのです。」
エタンセルは強い眼差しでそう言った。
「…ゴホ…」
(……これは絶対にやるって時の目だね……しかし……かも…?…仮定が多いな……エティにしては珍しい……)
「んんっ……確率は?」
フラム侯爵は…まだ咽せ気味な声で、口元に手を当てて訊ねる
「わかりません。」
その返答にフラム侯爵は腕を組んで考える。
(………不確定要素が多過ぎるのかな?…どう進むのか予測がつかないのかな?…事情も話す気ないみたいだし…………なのに決意は固い………しかし……第二王太子妃?……)
「その話の否応はエティに決定権があるのかい?」
「はい。」
(エティの気持ちを慮った上での提案か……そして、その事案が遂行されればエティは受けたい。…と……)
「………分かった。もし、そうなったら……覚悟しておくよ。……」
フラム侯爵の前に新しい紅茶が出され、それに口を付ける。
「ありがとうございます。お父様。…大好きですわ 。」
エタンセルは満面の笑みでそう言うと
「僕も大好きだよ 。エティがどんな道を進んでも、ずっと僕の宝物だ。方向転換が激し過ぎて疲れるけどね 。ハハハッ」
最後は困った顔で笑うと、エタンセルも口に手を当ててクスクスと笑った。
◇
「う〜〜〜〜〜〜ん……ねぇ……早過ぎない?」
その日の夕方…王城からの召喚状を手に、フラム侯爵は唸っていた…
フラム侯爵は「出る杭は打たれる」から、目立たずに…あざと可愛く…のらりくらりを装って計算高く世の中を渡るタイプです。
若い頃は容姿から侮られる事が多々あったが、それを上手に利用出来る賢い子でした。
エタンセルはお父さん似ですね。(^^)




