プラセル
王妃が夫人を続き部屋へ連れて行くのを見送ったあと
クレアは不安な瞳で公爵を見上げる。
「…お母様は…大丈夫?」
「大丈夫だ…妃殿下が見ていて下さる……クレアは座って。聞きたい事と話したい事があるんだ……」
侍従と侍女が椅子を円を描く様に丸く並べる
クレアの両隣には公爵とセイン医師、クレアの正面に陛下が座り、陛下の両隣にリッター医師とハーミット公爵が座る。
セイン医師はクレアへの問診を始める。
「クレア様、ダンスをしている前……何を考えていたか思い出せますか?」
「何を考えて?………」
クレアは一瞬表情を曇らせて…チラリと陛下を見ると、すぐ表情を戻して考え始めた。
(その様子はその場の全員が気に留める。)
「ダンスをする前………う〜〜んと……ウィリアム様と参加したパーティで…ウィリアム様と踊る前に……誰かがヒソヒソと私の悪口を言って笑ってて……ダンスが始まったら…もっと堂々と楽しく踊らなきゃ……って想うんだけど……上手く笑えなくて……どうしようって思ってたら…急に気分が楽になって。目の前のウィリアム様とダンスに集中出来るようになって……楽しく踊れる様になったの 。それから気付いたらいつもダンスしてる気がする……」
「おいくつの頃かわかりますか?」
その質問にクレアは指を折りながら考える
「………ウィリアム様と婚約して……二年位経った頃だったかな?」
((十二〜十三歳位の精神年齢))
「なる程……。クレア様…私はリッター・メンテと申します。」
「初めまして。クレア・ドケーシスです。」
「やっぱり、私とは初めて会うのですね?」
「?はい。」
クレアはコテンと首を傾げて返す。
「先ずは、クレア様の症状について説明致します……」
そう言って、リッター医師は出来るだけ簡潔に……それでも取りこぼしのない様。
クレアの障害についてとこれまでの経緯を話した。
「………私は沢山の人格のうちの一人………ダンスの時だけ出てたの?…だからダンスしてる事しか覚えてないの?…」
クレアはしばらく考えこんだ後
「私がクレアの楽しいダンスの時間を取っちゃったのかしら……」
シュンと落ち込んで、目に涙を滲ませ…ポツリとそう言った。
クレアの自死未遂の責任が自分にある様な気になってしまったのだろう…
慌てて公爵が
「クレア?!違う違う!そんな事はない!!!」
「そうです!違いますよ!」
セイン医師も慌てて言う
リッター医師がクレアを宥める様な声音で、
「クレア様はウィリアム殿下とのダンスを楽しめなくて困っていた。それを貴女は助けてあげてたんですよ。」
「………そうなんですか?」
「そうですよ。だから貴女は何も気にしなくて大丈夫です。」
リッター医師の言葉に、クレアは滲んだ涙を引っ込めてコクリと頷く。
「其方にも名前が必要だな…私が付けても良いか?」
陛下がそう申し出ると、クレアは表情を明るくして
「本当ですか!嬉しい 」
陛下は目を細めて優しい笑顔で質問を始める
「ダンスは楽しかったか?」
「はい 。」
「他にやりたい事はあるのか?」
「ここは、王城ですよね?。図書室に行きたいです 。あっ!」
そこまで言ってクレアは公爵の方を向いて
「乗馬もしたいの お父様、今度教えて下さい!」
目を輝かせて詰め寄られた公爵は、驚いてタジタジと答える
「!?あぁ。分かった。今度教えてやろう。」
「乗馬なら私も教えてやれるぞ。いつか一緒に遠乗りに出よう。」
「本当ですか!わぁ 楽しみです。」
クレアは、パンッと手を叩いて大喜びで答える。
「………プラセルと名付けよう。この子は楽しい事を楽しみたい様だからな。」
「プラセル……わぁ 素敵なお名前をありがとうございます 」
プラセルは満面の笑顔でお礼を言った。
「ところで、先程…(何を考えていたか?)とお聞きした時…言い淀んでいましたが…何か気掛かりがありましたか?」
「?!……ぁ…えっと……」
プラセルは陛下におずおずと目を向ける。陛下はその様子に気付いて
「どうした?私に言いにくい事か?…大丈夫だ。何を言っても怒らないよ。」
プラセルに優しくそう言う
その言葉に少し安心したプラセルは口を開く
「…ダンスをする前じゃなくて…さっき…ここは王城?って気付く前なんだけど………頭の中に《ウィリアム様なんて大っ嫌い》って響いてたんです。」
その言葉に公爵は息を呑む
(そう言えば、一昨日…夜中に一瞬目を覚ました子も同じ事を呟いてたな…)
あれがレイナだったかレアだったかは確認出来ていない
やはり自死しようとした原因がウィリアムにあると言う確信が強くなる
「……そうか…ウィリアムはよっぽど酷い事をしたのかもな…」
陛下はため息交じりにそう言った瞬間
ガターーーン
突然プラセルが勢いよく立ち上がり、椅子が倒れた。
その場の全員がビクリと体を揺らす。
そして倒れた椅子を押しやり、椅子の輪の外へ出て、応接室の出入り口扉へ走り出す。
「プラセル?!」
突然のプラセルの行動に慌ててその場にいた全員が立ち上がる
「行かせてはいかん!」
リッター医師が叫んだと同時に、扉近くに控えていた看護師や侍従達が扉の前に立ち塞がるが
「どいてよ!!」
プラセルは押し除ける勢いで突っ込んで行く
出入り口扉に一番近い席に座っていたハーミット公爵がプラセルを
後ろから左手を掴み、腰に腕を回して捕まえる。
セイン医師が右手を掴んで押さえた
「離してよ!ウィリアム様の所に行くんだから!!引っ叩いてやるんだからー!!!」
「フュリアス!?」
公爵が名前を呼ぶと同時に、続き部屋の扉が開く
「フュリアス!?落ち着いて!」
夫人がそう言いながら。走って入って来る
そのすぐ後に続いて入って来た王妃は、室内の様子に驚愕の顔をしていた。
「いや!いやっ!!離してー!!」
ハーミット公爵は、宰相よりも騎士の方が天職では?と言う程に文武両道で筋肉質な大柄、今は190を超えたヘクターと同じ身長だ。
国王の隣に立ち、臣下に睨みを利かせて国政を共に支えている。
そんな体格のハーミット公爵が捕まえればフュリアスは足が浮いてしまう
フュリアスはその浮いた足をジタバタさせて暴れる。その勢いが凄くて、ドケーシス公爵夫妻は近づけない
「令嬢!落ち着いて!そんなに暴れたら誰かが怪我してしまうぞ!」
ハーミット公爵がそう声をかけると、フュリアスの動きがピタリと止まる。
(……怪我…また怪我をさせちゃう……)
フュリアスは昨日暴れた事も一昨日暴れた事も覚えている。アニタに怪我をさせた事も薄ら記憶にある
フーッ!フーッ!フーッ!フーッ……
フュリアスは荒い呼吸で暴れるのを我慢するが、怒りが収まらない。
「…でも!だってウィリアム様が!!!ウィリアム様がいけないのに!!…私ばっかり!!……」
怒りを吐き出す様にフュリアスは叫んだ
ドケーシス公爵がハーミット公爵と挟む様に、フュリアスの頭を正面から抱きしめて落ち着かせようと撫でる
「そうだな。お前ばかりが辛くて苦しかったんだな。…父さん達が気付けなくって…ごめんよ。悪かった。」
「!!ちが…違う!!……ううーっ!!みん…な…みんな酷い事!言うッの!…うーーっ!!」
フュリアスの瞳から大粒の涙が溢れ、しゃくりあげながら叫ぶ
「そうだな…みんな酷かったんだな……もう大丈夫だ。誰にも何も言わせない。」
「ううーっ!!…だ…れも!ーぅーーー助けてくれ…ない!」
その言葉に、ドケーシス公爵は手に力が入るのを堪え…優しく撫でる。
「すまない…ごめんよ。ちゃんとお前の話を聞かなかった…ちゃんとお前を見ていなかった…」
「違う!違うーーー!お父様のせ…ぃじゃ…ないー!うぅーーーっわた…しが……うーーー…ウィリアム様が!ウィリアム様が!!………」
フーッフーッフーッフーッフーッフー……
フュリアスの腕の力が緩んだ……
鼻をずずっと吸った後、ため息を吐いて話し出す
「……はぁ…フュリアスの後は疲れます……」
ドケーシス公爵がそっと体を少し離して、娘の顔を見る
「レイナ?」
「はい。…もう離して頂いて大丈夫ですわ。」
レイナが苦笑して言うその言葉に、ハーミット公爵とセイン医師が手を緩めた
ドケーシス公爵はレイナの目元を指で拭う
近づけなかった夫人が駆け寄ってハンカチを出す。身だしなみを整えようとアニタもやって来る。
レイナを女性陣に任せて、ドケーシス公爵はハーミット公爵やセイン医師に礼を言おうと寄っていく
一連の様子を見ていた陛下の元に、青褪めた顔の王妃が寄る
足元は覚束無い。
王妃は陛下の袖をギュッと掴んで
「私の護衛騎士のキャロルをあの子に直ぐに付けます……」
「あぁ…他にも女性騎士を、準備させよう……」
そう言った陛下の顔も青褪めている
国王夫妻は改めて…クレアの苦悩と負担と状態の深刻さを知った。
自分達の息子の、罪深さも……
◇◇◇
フラム侯爵邸
「お父様…お話があります。」
エタンセル・フラムは、父親の執務室に訪れていた
ヘクターのお父様にも名前がいるかどうか…
…悩む所です(^^;;




